第3章:蝕まれた世界 第21話:破滅の鼓動
黒い泥と青い濁流が交錯する地下空洞は、すでに崩壊の極限を迎えていた。
天井の石灰岩は大きく亀裂を広げ、拳大の落石が雨のように水面を叩く。水都全体の地下水脈を支配していた「肉の塊」は、内部から溢れ出す黒い泥によって無惨に引き裂かれ、ドクドクと悍ましい死の鼓動を上げて歪んでいた。
「サク! 左だッ!」
サムの怒号が響く。
水面を割って飛び出してきた太い黒触手が、サクの真横から襲いかかった。だが、その軌道を読んでいたサムが跳躍し、大剣の腹で強引に触手を撃ち払う。強烈な衝撃がサムの腕を痺れさせたが、踏みとどまり、そのまま刃を翻して触手の根元を叩き斬った。
「止まるな! 前だけ見ろ、サク!」
「ツカ、矢の援護を頼む! アキ、マキ、足元の泥を払え!」
サムは体勢を崩しながら叫ぶ
ツカは拾い上げた異形の槍を水面に突き立て、身体を固定しながら残り少ない矢を番えた。黒い泥が集結しようとする結節点へ向けて放たれた矢は、狙い過たず泥の脈動を激しく乱す。
アキとマキは、サクの左右を鋭く駆け抜けていた。
短剣の刃に己の血を擦り付け、必死の覚悟で黒い粘液の渦を切り裂いていく。二人の迅速な連携が、サクの足元に僅かな走破路を切り開き続けていた。
「ハァ……ハァ……ッ!」
サクの視界は、もはや正常なものではなかった。
右目は真珠色と漆黒が複雑に混ざり合った異様な光芒を放ち、水脈の深部に蠢く「核」の存在をはっきりと捉えていた。右腕の侵食はすでに首から胸元へと広がり、心臓の鼓動と重なるように冷たい激痛を打ち込んでいる。
(……見えた。あそこだ)
肉の塊の中央、カワの華奢な足元に蠢く、黒と青が禍々しく交差する高密度の「核」。
そこがすべての元凶であり、この街を、そして世界を狂わせる脈動の源泉だった。
「サクぅぅぅぅつッ!!」
黒い泥に身体を半分沈められながら、カワが狂気と悔執の混ざり合った叫びを上げた。
その顔はかつての無垢さを失い、サクという「演者」が自らの思い通りにならなかったことへの、激しい歪んだ情念に塗れていた。
「君の手で……僕を、僕のレコードを……完成させてくれるんじゃなかったのか!!」
「僕たちの人生は……お前のレコードなんかじゃない!!」
サクは叫び、血塗られた足で水面を大きく踏み切った。
足元の石畳が爆ぜ、サクの身体は黒い泥の渦を飛び越えて、空中高くへと躍り出る。
右手に握りしめたナイフに、自らの命を削り出すような真珠色の輝きと、右腕の侵食のエネルギーを限界まで注ぎ込む。刃が激しい光を放ち、濁った空洞の闇を真っ二つに切り裂いた。
「カヤ……僕たちに、力を……!」
サクの咆哮とともに、一閃の極光が、カワの目の前に居座る「核」へと一直線に振り下ろされた。




