第3章:蝕まれた世界 第19話:破滅の狂想曲
巨大な地下空洞を支配していた静寂は霧散し、狂乱の旋律が水面を叩き狂っていた。
胸元から不気味な青い体液を撒き散らしながら、肉の塊の上で佇む少年、カワの咆哮に応じるように、周囲の壁面や天井を埋め尽くしていた無数の脈管が一斉に肥大化を始めた。ドクドクと鼓動する脈動音は地下水脈全体を震わせ、石造りの天井から亀裂が走り、巨大な石片が水面へと激しい飛沫を上げて落ちていく。
「あはははは! 見せてあげるよ、サク! 君たちが命を賭して抗うほどに、この街が、この世界がどれほど美しく崩壊していくかをね!」
カワが両腕を広げると、空洞の中央に吊り下げられた肉の塊が不気味な高音を発した。
それは悲鳴のようでもあり、赤子の産声のようでもある、人間の理性を直接削り取る不快な波長だった。水都全体へと繋がる地下水脈から、青く発光する激流が一気に噴き出し、空洞の底を満たす水面が瞬く間に嵩を増していく。
「水門が……や....破れるぞ!!」
サムが咆哮し、大剣を両手で握り直して前線を押し上げる。
水底から這い上がってきたのは、先ほどまでとは比較にならないほど肥大化した異形たちだった。騎士や街の住人たちの残骸が青い脈管によって不自然に接合され、二頭身、三頭身の巨大な肉塊となってサクたちへ襲いかかる。
「押し潰されるな! サクの道をこじ開けるぞ!」
サムの刃が、迫り来る肉塊の突進を真っ向から受け止めた。
重い金属音と肉音が響き渡り、サムの足元の石畳がバキバキと砕け散る。サムの腕の筋肉がはち切れんばかりに膨らみ、激しい摩擦で刃から火花が散った。
「ツカ、アキ、マキ! 行くぞッ!」
「任せろ!」
アキとマキがサムの影から弾丸のように飛び出した。
水面を滑るような身ごなしで異形の死角へと潜り込み、交差するように短剣を突き立てる。一筋の切創から溢れ出る青い粘液。そこへツカの放った矢が狂いなく突き刺さり、異形の核を内部から破砕した。
「ハァ……ハァ……!」
矢を撃ち尽くしかけたツカが荒い息を吐きながら、落ちていた異形の槍を拾い上げて足場を確保する。
四人の息の合った連携は、カワの手先である異形どもの群れを刻一刻と削り取っていた。彼らの胸にあるのは、恐怖ではない。カヤを奪われ、サクを追いつめるこの悪夢を、自分たちの手で完全に終わらせるという退けぬ意志だった。
「サク! 行けぇぇぇつっ!!」
サムが大剣をフルスイングで叩きつけ、カワへ続く中央の脈管の柱を強引にへし折った。
一瞬開かれた、肉の壁の向こう側への一本の道。
「……ああ!」
サクは血濡れた足で地を蹴った。
右腕の侵食はすでに鎖骨のあたりまで達し、皮膚の裏側で真珠色の結晶が不気味に蠢いている。視界の右半分を支配する絶望の光景。喉を焼き尽くす不快な渇き。だが、サクの左手に握られたナイフだけは、氷のように冷たく静かな殺意を宿していた。
サクの身体が水面を裂き、肉の塊の上で狂笑するカワへと一直線に肉薄する。
「来い……来いよサク! 君のその憎悪で、僕の胸を刺し貫いてくれ!!」
カワが無防備に胸を張り、両腕を広げてサクを迎え入れようとする。
その無垢な瞳の奥に蠢くのは、サクの刃によって自らが引き裂かれる瞬間すらも戯曲の最高潮として受け入れようとする、狂気の歓喜だった。
だが、サクの刃がカワの喉元へ届く寸前
肉の塊の深部から、青い体液とは異なる「黒い触手」が爆発的に噴き出し、サクとカワの間に立ち塞がった。
「……な……に……!?」
カワの狂信的な笑みが、初めて凍りついた。
その黒い触手は、カワの意思によって呼び出されたものではなかった。肉の塊の底、水都の地下水源の最深部に封印されていた「何か」が、サクとカワの激突によって解き放たれようとしていたのだ。




