第3章:蝕まれた世界 第15話:胎盤の底で(後編)
サクの振り下ろした真珠色のナイフが、空間を引き裂くようにカワの胸元へと肉薄する。
だが、カワは怯えるどころか、陶酔しきった笑みを崩さぬまま、指先をわずかに動かした。
「..... 遅いよ、....サク」
瞬間、空洞全体を巡る青い脈管が激しく逆巻いた。
肉の塊から噴き出した濃密な青い羊水が巨大な壁となり、サクの進路を完全に塞ぐ。サクは咄嗟にナイフでそれを断ち切ろうとしたが、粘りつく水圧が全身を絡め取り、その勢いを強引に押し戻された。
「ぐっ……!?」
「サク!」
後方から駆け出したサムが大剣を両手で振り抜き、青い水壁を力任せに両断する。吹き飛ぶ飛沫の向こうで、ツカが弓を引き絞り、カワの眉間めがけて鋭い矢を放った。
しかし、矢はカワの数センチ手前で、まるで目に見えない障壁に弾かれるようにストンと水面へ落ちた。
「無駄だよ。ここは僕の領域、僕が紡ぐ戯曲のステージだもの」
カワがふわりと羊水から浮かび上がる。
その足元には、肉の塊から繋がる無数の脈管がうねり、まるで生き物のような巨大な蛇の如く形を変えていた。
「君たちが選んだすべての足掻きが、この世界を美しく彩るための音符になる。……ねえ、もっと絶望的な顔を見せてよ。カヤを失ったあの夜のようにさ」
「……っざけんな……!」
サクは水面を蹴り飛ばし、再び体勢を立て直して突進する。
右腕の真珠色の鱗が狂ったように激しく明滅し、侵食の痛みが脳を焼くが、サクはその苦痛をすべて殺意へと変えて刃を突き立てた。
サム、ツカ、アキ、マキの四人も同時に踏み込み、それぞれの武器でカワを取り巻く脈管の壁へと襲いかかる。
地下水脈の中枢、狂気の胎盤の底で、少年と少年たちの最後の戦いが幕を開けた。




