第3章:蝕まれた世界 第10話:影の伝道者
さらに深く地下へと進むにつれ、水路の景観は静かに歪みを増していった。
かつて都市の職人たちが築いた整然たる石造りの壁面は、いまや苔のように這い回る青い脈管によって埋め尽くされ、天井からは完熟した果実の腐敗臭、カワの蜜の匂いが、雫となってぽたり、ぽたりと水面に落ちていた。
「……静かすぎるな」
サムが低く呟き、壁際の影に警戒の視線を走らせる。
先ほどのような感染者たちの呻き声や足音は、ぱったりと途絶えていた。だが、その静寂こそが、かえって水路の不気味さを引き立てていた。
「サク、足元に気をつけろ」
アキがサクの背中に声をかける。
サクは右腕の強い痺れに耐えながら、無言で頷いた。黒い手袋の破れ目からは、手首を覆う真珠色の鱗が冷たい光を放っている。サクはそれを隠すように服の袖を強く引っ張り、前を見据えた。
やがて、水路の先が大きく開け、円形の広い地下遊水池へと躍り出た。
天井の格子窓からかすかに差し込む地上からの月光が、青く発光する水面を不気味に照らし出している。
その中央、水面に浮かぶ石造りの壇上に、一人の人物が佇んでいた。
感染者のようなボロ切れではなく、水都の聖職者が纏うような漆黒の長袍を着た男だった。男は水面に膝をつき、両腕を天にかかげて、熱病にうかされたような低い声で祈りを捧げていた。
「……おお、美しき水よ。我らが神の賜りし、新たなる命の器よ……」
「な……んだ、あいつ……?」
ツカが弓を構え、困惑気味に眉をひそめる。
男はゆっくりと振り向いた。
その顔の半分は真珠色の鱗で覆われていたが、瞳には感染者たちのような濁った狂気ではなく、明晰で圧倒的な「歓喜」の光が宿っていた。
「ほう……歓迎するよ、山から来た演者たち」
男はうっとりと目を細め、胸元に手を当てて優雅にお辞儀をした。
「私はあのお方の言葉を預かる者。
伝道者だ。あのお方は君たちの到着を、心から楽しみにされていたよ」
「伝道者……?」
サクが前に一歩踏み出し、ナイフを順手に握り直した。
「あいつの……カワの手先か。街に渇き病を広めていたのは、お前たちだな」
「広める? クスクス……人聞きの悪いことを言わないでおくれ」
伝道者は悲しそうな素振りを見せ、狂信的な笑みを深めた。
「我々はただ、この醜い世界に救いを与えているだけさ。この街の人間たちが、渇きと絶望の果てに『神の水』を受け入れ、美しい姿へと変わっていく……。サク、君だって理解できるだろう? その手に宿る、美しき神の刻印の素晴らしさが」
伝道者の視線が、サクの右手に注がれる。
サクの胸の底から、黒くドロドロとした怒りが一気に沸き上がった。




