第3章:蝕まれた世界 第9話:水脈の狂宴
サクのナイフが異形の青い核を穿ち、最後の一体が水音とともに石畳へ崩れ落ちた。
地下水路に、再び重苦しい静寂が戻る。
荒い息を吐きながら、サムとアキ、マキが武器を収め、ツカが残りの矢の本数を確かめながら安堵の溜息をついた。
「ふぅ……なんとか倒せたな。だが、街の地下でこんな数の感染者が徘徊してるなんて……地上に溢れ出るのも時間の問題だぞ」
サムが額の汗を拭いながら、水路の先を見据える。
だが、サクだけはナイフを握りしめたまま、その場から動けずにいた。
「サク……? 大丈夫か?」
マキが心配そうに覗き込む。
サクは肩を大きく上下させ、荒い息を繰り返していた。倒した異形から溢れ出た青い体液が、サクの右手にべっとりと付着している。その体液を吸い上げるように、手袋の布地越しに真珠色の光芒が強く明滅していた。
「……はぁ、……ッ、う……」
喉の奥が、焦げ付くように熱い。
強烈な「渇き」がサクの全身を駆け巡り、目の前を流れる青く汚れた水を飲みたいという異常な衝動が脳を押し潰そうとする。サクは左手で右腕を激しく掴み、その場に膝をついた。
「サク! おい、しっかりしろ!」
サムが慌てて駆け寄り、サクの肩を抱き起こす。
アキがサクの右手に目をやると、黒い手袋の縫い目が内側から押し弾け、手首のあたりまで真珠色の鱗がびっしりと広がり始めていた。
「嘘だろ……侵食が、さっきより進んでる……!?」
「あいつらの体液に触れて、反応したんだ……!」
ツカが蒼白な顔で叫ぶ。
「……触るな……ッ!」
サクは掠れた声でサムの手を振り払おうとした。
視界の端が、青く不気味に明滅している。頭の中で、カワの声が波紋のように広がり続けていた。
『苦しいかい、サク? でもね、抗うほどに君の体は僕に近づいていくんだ。君の絶望が濃くなればなるほど、このレコードは最高の音を奏でる……』
「黙れ……! あいつの言いなりになんて……絶対にならない……!」
サクは血が滲むほど唇を噛み切り、激痛で強引に意識を繋ぎ止めた。
グラつく足で立ち上がり、仲間たちを強く見据える。その瞳には、侵食の青い光をねじ伏せるような、狂気すら孕んだ漆黒の意志が宿っていた。
「……進むぞ。僕の体が完全に化け物になる前に……あいつの首を討ち取る」
サクの悲壮な横顔に、仲間たちは息を呑み、静かに武器を握り直した。
五人は暗く深く続く地下水脈の奥、狂気の宴が待つ最深部へと、再び足を踏み出していった。




