第3章:蝕まれた世界 第7話:地下大水路
湿り気を含んだ重苦しい空気が、鉄扉の先から溢れ出していた。
ガルバに手渡された松明の橙色の光が、アーチ状の天井と途方もなく続く石造りの水路をかすかに照らし出す。足元には水都全体から集まった汚水がゆったりと流れ、壁面を撫でる水音が、不気味な反響音となって闇の奥へと消えていく。
「気をつけて進め。この大水路は都市の隅々まで繋がっているが……奥へ行くほど、浸食の影が濃くなっている」
ガルバは鉄扉の脇に立ち、松明を掲げるサクたちの背中を見つめた。
「水脈の澱みに、異形が集まり始めている噂もある。無事を祈るよ」
「……ああ、ありがとう」
サクが短く応じ、先頭を切って足を踏み出す。サム、ツカ、アキ、マキの四人がそれに続き、重厚な鉄扉が背後でギギギと不吉な音を立てて閉ざされた。
暗闇と静寂が、瞬く間に五人を包み込む。
水路の脇に設けられた狭い石道を一列になって進むにつれ、地下独特の泥臭さは次第に薄れていった。代わりに立ち上ってきたのは、あの記憶に焼きついた甘い香調——完熟した果実が腐敗していくような、カワの蜜の匂いだった。
「……匂いが強くなってきてる」
ツカが弓を抱え直し、周囲の闇を警戒するように視線を走らせた。
「地上じゃ『渇き病』なんて誤魔化されてるけど、地下はもう完全にあの村と同じ状態じゃないか……」
「都市の水源がやられれば、地上も時間の問題だな」
サムが腰の剣の柄に手を置いたまま、低く呟く。
ふと、歩を進めていたサクが足を止めた。
松明の光が照らし出した水面に、異様な変化が起きていたからだ。
流れる水が、かすかに青い光を帯びて明滅している。それだけではない。石壁の隙間から、まるで生き物の毛細血管のように青い糸状の水脈が這い伸び、水路全体を侵食し始めていた。
「サク、手……大丈夫か?」
隣に並んだアキが、心配そうにサクの右手を見つめる。
サクは黒い手袋の上から右手を強く握りしめた。
青い光に反応するように、手甲の「鱗」が皮膚の裏側で蠢き、チクチクとした鋭い痛みを走らせていた。水へ飛び込みたくなるような、不気味な「渇き」が喉の奥を焼く。
「……問題ない。行こう」
サクは痛みを噛み殺し、再び前を見据えた。
その時。
ペタ、ペタと、濡れた肉が石畳を叩くような音が、水路の奥から響いてきた。一つではない。十、二十と、闇の中から急速に接近してくる。
「……来るぞ!」
サムの叫びと同時に、松明の光の届かぬ闇から、青い光を撒き散らす「影」たちが躍り出てきた。




