第3章:蝕まれた世界 第5話:死を待つ街画
「首を長くして……待っていた……?」
サクの問い詰めるような低音に、商人風の男は追及をかわすように身を翻した。
「詳しい話はここではできん。……ついて来なさい」
男は周囲の目を警戒しながら、運河沿いの華やかな大通りを外れ、建物の影が色濃く落とし込まれた路地裏へと歩を進めた。五人は互いに視線を交わし、警戒を最大限に高めながらその背中を追う。
石畳の路地を奥へ進むにつれ、街の賑わいは嘘のように遠のいていった。
水路の湿気と汚水が混ざり合った不快な臭気。だが、その底に確かに潜んでいる、あの胸を悪くするような蜜の甘香。
「ここだ」
男が足を止めたのは、運河の最も下流、陽の光すら届かない水門の脇に建つ打ち捨てられた石造りの倉庫だった。
木製の重い扉がギギギと嫌な音を立てて開く。
薄暗い倉庫の中に一歩踏み込んだ瞬間、アキが息を飲んだ。
「これ……全部……」
倉庫の床には、汚れた布を被せられた無数の人間が横たわっていた。
みな痩せこけ、肌は土のように乾ききっている。彼らは桶に溜められた汚い運河の水に這いつくばり、狂ったように喉を鳴らして水を貪り飲んでいた。
その皮膚には薄っすらと、しかし確実に真珠色の鱗の芽が浮かび上がっている。
「これが『渇き病』の末路だ」
商人の男は暗い影を顔に落とし、横たわる人々を見下ろした。
「水都の地下水脈から侵食は始まっている。感染した者は激しい渇きに襲われ、水を求め、やがて正気を失う。領主もギルドも、原因が分からず隔離するだけで手遅れだ」
「……あんたは、誰なんだ」
サムが前に出で、男を牽制するように問う。男は深くため息を吐き、胸元から一つの古びた紋章を取り出した。それは、イサナの手記にも描かれていた「双頭の水鳥」の刻印だった。
「私はかつてこの地で水脈を監視していた古き社家の末裔だ。……山の封印が解け、寄生の源流がこの都市へ流れてきたのを感じ取った。
そして、あのお方、200年前に怪異を鎮めた巫女イサナ様の血を引く者が、ここへ向かっているという伝承に従い、君たちを待っていたのだ」
男の言葉に、サクの息が止まる。
カワが待っていたのではない。200年前のイサナの遺志を知る者が、自分たちの到着を待っていたのだ。
「サク……」
ツカが震える声でサクを見つめる。
自分たちが何者なのか、そして何を背負わされているのか。その残酷な現実の輪郭が、絶望の満ちる倉庫の中で静かに立ち現れようとしていた。




