第3章:蝕まれた世界 第2話:山を下りて
山を下りる道すがら、立ち込める霧の向こうに人里の気配が見え始めていた。
かつては村の者が薪や作物を売るために行き来していた街道だったが、いまや人通りは絶え、雑草が不気味に伸び放題になっている。サクを先頭に静かな歩調を進める五人の足音だけが、硬い土を叩いていた。
「……なぁ、サク」
沈黙を破ったのはツカだった。背負った弓の弦を不機嫌そうに指で弾きながら、伏し目がちに言葉をこぼす。
「僕たちのしてきたことって、正しかったのかな」
サムが足を止め、ツカを振り返る。ツカの瞳には、怒りとも後悔ともつかない複雑な揺らぎが浮かんでいた。
「カヤを救うために必死になって、神殿まで行って……。でも結局、僕たちが母胎を打ち砕いたから、カヤも村のみんなも死んだ。僕たちの手であいつらを……殺したようなもんじゃないか」
「ツカ、やめろ」
サムが低い声で制したが、ツカは叫ぶように言葉を続けた。
「あいつの言った通りだったんだよ! 『壊せば死ぬ』って言われて、それでもサクが跳んだから……!」
「じゃあ、どうすればよかったのよ!」
静観していたアキが声を荒らげた。
「あのまま指をくわえて、カヤが化け物になっていくのを見届ければ満足だったの!? サクだって……サクだって一番苦しかったはずでしょ!」
「アキ、ツカも責めたくて言ってるんじゃない」
マキが静かにアキの肩に手を置き、間に入った。アキは悔しそうに唇を噛み締め、プイと顔を背ける。
誰もが、胸の奥に同じ泥のような罪悪感を抱えていた。
カヤを死なせたのはカワの残酷な仕掛けだ。頭では分かっていても、「自分たちの選択が引き金を引いた」という事実は、鋭い刃のように5人の心を内側から削り続けている。
「……ツカの言う通りかもしれない」
サクが立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
その声には一切の感情が籠もっておらず、まるで凍りついた水面のように静かだった。
「僕たちがしたことは、誰も救えなかった。……でも」
サクは右手の手袋を外し、手のひらを見つめた。
カワの肉体に刃を突き立てた際、跳ね返った青い体液を浴びた右手の甲。そこには、光の加減で微かに真珠色の光沢を放つ、ごく小さな「鱗」のような斑点が浮かび上がっていた。
サクはすぐに手袋をはめ直し、仲間たちをまっすぐに見据えた。
「立ち止まったら、カヤの死も、村の終わりも、ただの無駄になる。……あいつを討つことでしか、僕たちの選択の答えは出せない」
サクの瞳に宿る暗い炎に圧され、ツカはそれ以上何も言えず、深く息を吐いて視線を落とした。
わだかまりを抱えたまま、五人は再び歩き出す。
山裾を抜けた先、地平線の彼方に、巨大な石造りの城壁と、水脈を抱きかかえる大都市「水都」の無機質な影が姿を現し始めていた。




