第3章:蝕まれた世界 第1話:墓標の村
風が吹き抜けるたび、ガラガラと崩れた土壁が乾いた音を立てた。
かつて水と緑に恵まれていた村は、いまや生命の息吹を完全に失っていた。
川は干上がり、黒くひび割れた川底が痛々しく晒されている。青く蠢いていた怪異の水脈は綺麗に消え去っていたが、そこに残されたのは青々とした山村ではなく、すべてが死に絶えた廃墟だった。
村はずれの小高い丘に、いくつもの小さな土盛りが並んでいる。
その中央、もっとも新しい墓標の前に、サクは一人で佇んでいた。
木を削って立てただけの不揃いな墓標。その下に、冷たくなったカヤが眠っている。
「……行くよ、カヤ」
サクは低く呟き、墓標の根本にそっと手を触れた。
指先から伝わる土の冷たさが、あの夜抱き起こしたカヤの肌の感触と嫌でも重なる。胸の奥が焼き切れるように痛み、視界が滲みかけたが、サクは強く歯を食いしばってそれを押し殺した。
涙は、あの夜にすべて流し切った。
いまサクの胸の中でくすぶっているのは、冷たく静かな、しかし決して消えることのない復讐の火だけだった。
「サク、準備できたぞ」
坂道を登ってきたサムが、静かな声で声をかけてきた。
その背には最小限の荷物が括り付けられ、腰には使い古された剣が打たれている。後ろからは、弓を背負ったツカ、そして旅の備えを整えたアキとマキが続いていた。
五人の顔から、かつての少年らしい柔らかさは消えていた。
頬や手に残る浅い傷痕と、鋭さを増した瞳。カヤを失い、取り戻せない日常を突きつけられた者たちの顔だった。
「神殿の跡地から下りる水脈の跡を辿った」
アキが古びた地図を広げながら言った。
「あの青い体液の痕跡は、山を降りて東へ向かっている。……その先にあるのは、この地方で一番大きな城塞都市『水都』だ」
「都市……。あいつは、あんな人が大勢いる場所へ向かったのか」
ツカが弓の弦をかたく握りしめ、悔しそうに唇を噛む。
「あいつの目的が『人の絶望』なら、大勢の人間が集まる場所ほど都合がいいはずだ」
サクは立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
ナイフの柄を握る手に、ぎりぎりと力がこもる。
「行こう。これ以上、あいつの好きにはさせない」
カヤの墓標に一度だけ背を向け、五人は崩れかけた村の入口へと歩き出した。
200年前の因果も、解き放たれてしまった災厄の重みも、いまの彼らはまだ知らない。ただ一つ、あの嘲笑う少年、カワの息の根を止めるためだけに、5人は広大な外の世界へと一歩を踏み出した。




