第1章:少年の季節 第3話:灯火の夜と、遠ざかる火影
すっかり日が落ちると、広場の中央に組み上げられた巨大な櫓に、赤々と火が灯された。
パチパチと薪が爆ぜる音とともに、橙色の火光が夜の暗闇を力強く押し返していく。村中の人々が集まり、太鼓の打弾と笛の旋律に合わせて歌い、踊っていた。昼間の冷たい風など誰もが忘れ去ったかのように、広場は熱気と熱情に包まれている。
「さあ、十五を迎えた悪ガキども、前へ出な」
村の長老が、白髪の混じる髭を揺らしながら、素焼きの深盃を五つ並べた。
盃に注がれたのは、山ぶどうと木の実を木樽で熟成させた、濃厚な香りの発酵酒だ。これが、この村で大人として認められた者だけが口にできる『契りの酒』だった。
「お前たちが生まれた日のことを、今でも覚えている。これからは村を支え、命を繋ぐ男となるのだ。……飲み干しな」
「へへっ、待ちくたびれたぜ!」
一番手に進み出たツカが、盃を勢いよく煽った。
直後、「ぐはっ!?」と激しくむせ返り、涙目になって酒を吹き出しかける。
「っで、でえベぇなこれ! 喉が焼けるみたいだぞ!」
「ダサいなぁツカは。酒ってのはこうやって飲むんだよ」
サムが豪快に笑い、自分の盃を一気に飲み干した。だが、飲み干した直後にカーッと顔を真っ赤にし、喉を押さえて「かーっ! 効くぜ!」と目を白黒させている。
「強がるからそうなるんだよ、二人とも」
アキは落ち着いた手つきで盃を傾け、味わうようにゆっくりと喉を通した。マキに至っては、まるでただの水を飲むように平然と飲み干し、「うん、甘みが強くて悪くないね」と不敵に微笑んでいる。
「サク、無理しなくていいからね」
心配そうに見守るカヤの視線を感じながら、サクも盃に口をつけた。
とろりとした液体が口の中に広がり、カッと胸の奥が熱くなる。サクは思わず目を細めたが、喉へ流し込むと、腹の底からじわじわと温かい血が巡っていくような感覚がした。
「……ん、飲めたよ」
サクが盃を干してみせると、周りの大人たちから「おおーっ!」と歓声と拍手が上がった。カヤも嬉しそうに手を叩いている。サクの隣で、サムがサクの肩をガシガシと叩いた。
「よし! これで俺たちは全員、正真正銘の『大人』だ!」
祭りは最高潮を迎えていた。
火の周りでは村人たちが手を取り合って踊り、美味しい干し肉や熟した果実が振る舞われる。サクたち五人は広場の少し小高い場所に腰掛け、酒の酔いに少しほろ酔いになりながら、自分たちが育った村の明かりを見下ろしていた。
「なあ……俺たち、大人になってもずっと一緒だよな」
サムが薪の火を見つめたまま、ポツリと呟いた。普段の威勢の良さとは違う、少し照れくさそうな声だった。
「当たり前だろ。俺がどこかに行くとでも思ってんのか?」
ツカが横になりながら笑う。
「僕はどこから来ようと、もうこの村の人間さ。君たちみたいなうるさい連中を捨てていく気はないよ」
マキがクスリと笑い、アキも短く「僕も同意見だ」と頷いた。
「サクはどうだ?」
サムに振られ、サクは膝を抱えながら、遠くでカヤたちが踊っている輪を見つめた。
「うん。……僕たちの家も、この山も、川も、みんなが作る器も、全部大好きだ。僕はずっとここで、みんなと一緒に生きていきたいよ」
サクの言葉に、五人は静かに頷き合った。夜空には満天の星が広がり、薪の爆ぜる音が心地よく響いていた。この温かい空間と時間こそが、自分たちの世界のすべてだと誰もが思っていた。
その時だった。
サクの視界の端で、ふと異様な動きがあった。
大きな焚き火のすぐ近くで踊っていたはずの、村の男——たしか隣の集落の若い漁師だったはずだ——が、急に体を硬直させた。
男は、まるで燃え盛る炎を「恐ろしい化け物」でも見るかのような、見開いた恐怖の目で火を見つめていた。ポタポタと額から異常な量の汗を流し、呼吸を荒くしている。
(どうしたんだろう……?)
サクが首をかしげた瞬間、男は弾かれたように後ずさり、焚き火の光が届かない闇の中へ逃げるように走り去ってしまった。
周りの村人たちは酒と踊りに夢中で、誰一人としてその男の異変に気づいていない。
「……サク? どうかしたか?」
顔色を変えたサクに、サムが気づいて声をかけてきた。
「あ……ううん、なんでもない。ちょっと立ちくらみがしただけ」
「なんだ、やっぱり酒が効いてきたか。無理すんなよ」
サムは笑ってサクの頭を撫でた。
サクは「うん」と答えながらも、男が消えていった暗闇のほうを、もう一度だけ振り返った。
焚き火の温かい煙が風に乗って漂う中、闇の奥へ消えた男の残像だけが、サクの胸に冷たい棘のように引っかかっていた。




