第1章:少年の季節 第2話:灯火の前夜と、山渡りの風
翌日に控えた『灯火の祭り』を前に、村は早朝から独特の熱気に包まれていた。
灯火の祭りは、十五歳を迎えた若者が「大人」として認められ、村の輪に正式に加わるための大切な節目だ。広場の真ん中には大きな薪が組み上げられ、その周りを色鮮やかな野の花や、細かく削った木飾りで彩っていく。
「おいツカ! その丸太、もっと奥に押し込めって言っただろ! 崩れたらどうすんだ!」
「うるせえなサム! 俺の力強い押し込みに文句つけんのかよ! このくらいびくともしねえって!」
巨大な薪の櫓の横で、サムとツカが大声を張り合っていた。
普段は一匹狼気取りのツカも、今日ばかりは汗だくになりながら太い丸太を運んでいる。がっしりとしたサムがその横から手手を貸し、二人で「せーの!」と声を合わせて丸太を組み上げた。豪快に笑い合う二人の姿は、喧嘩ばかりしていても確かな信頼で結ばれていることがよくわかる。
「やれやれ、相変わらず暑苦しい二人だね」
広場の隅で、祭りに使う素焼きの燭台を点検していたアキが、呆れたように息を吐いた。アキの手元には、彼が独自に工夫を加えた道具が並んでいる。火が消えにくいように空気の通り道を計算して削られた燭台は、長老たちも感心する出来栄えだった。
「でも、あの二人のおかげで櫓は日暮れ前に完成しそうだよ。アキの作った燭台も綺麗だしね」
そう言ってアキの横に腰掛けたのは、干し肉と木の実を葉っぱで包む作業をしていたマキだった。マキは指先を器用に動かしながら、どこか遠くを見るような目で村の喧騒を眺めている。
「外の世界にも、こんな風に火を囲む祭りはあったのかい?」
アキが手元を動かしたまま尋ねると、マキは少しだけ毒のある笑みを浮かべた。
「さあね。向こうの連中はもっとギスギスしてて、誰が一番でかい獲物を獲ったかで殴り合いばかりだったよ。……この村みたいに、みんなで分けて笑い合うような余裕はなかったな。僕は、こっちの祭りの方が好きだよ」
淡々とした口調だったが、マキの言葉には嘘がなかった。外部から流れてきたマキにとって、この村の温かさは特別なものなのだろう。
その頃、サクは村外れの群生生地で、飾り付けに使う『灯火草』を摘んでいた。
燃やすとほんのり甘い匂いを香らせる黄色い小花だ。体が強くないサクは重労働こそ免除されていたが、こうしたこまごました準備でしっかりと自分の役目を果たしていた。
「あ、サク。やっぱりここにいた」
草むらを分けて現れたのは、カヤだった。
両手いっぱいに鮮やかな朱色の実を抱えている。
「カヤ。そっちの準備は終わったの?」
「うん。お母さんたちの料理の手伝いが一段落したから、サクを探しに来たの。……はいこれ、冷たい水」
カヤは竹筒に入った清水をサクに手渡してくれた。竹筒を受け取るとき、サクの指先がカヤの柔らかい手に触れる。サクは思わず胸が跳ね、慌てて竹筒を口に運んだ。
「ありがと……美味しいよ」
「ふふ、サクってば顔が急に真っ赤」
カヤがくすくすと笑い、サクの隣に腰を下ろした。二人の間に、やわらかな風が吹き抜ける。
「ねえ、サク。明日が終わったら、私たち本当に『大人』になるんだね」
「……そうだね。サムやツカみたいに狩りの遠出にも行かなきゃいけないし、アキみたいに村の仕事も本格的になる」
「私、なんだか少し怖いの。大人になるのって、何かが変わっちゃいそうでしょう? ずっとこのまま、みんなで悪ガキやっていられたらいいのにって、たまに思っちゃう」
カヤは抱えた膝にアゴを乗せ、少しだけ寂しそうに遠くの山並みを見つめた。
サクは自分の胸の奥がキュッと痛むのを感じた。サクも同じことを考えていたからだ。この平和で愛おしい日々が、ずっと続けばいいと。
「大丈夫だよ、カヤ」
サクは柄にもなく、力強い声で言った。
「大人になっても、僕たちは僕たちだ。サムも、ツカも、アキも、マキも……みんなずっとここにいる。僕が、みんなの壁打ち相手になって、ずっと話を聞くからさ」
カヤは驚いたようにサクを見つめ、それからパッと花が咲くような笑顔を見せた。
「うん! サクがそう言ってくれるなら、安心かな」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
そのとき——。
ひゅっと、山の上から冷たい風が吹き下りてきた。
真夏の温かい空気とは明らかに違う、肌の泡立つような、どこか湿り気を帯びた異質な風。草木がいっせいにざわめき、サクの首筋にツンと冷たいものが走る。
(なんだ……今の風は……?)
サクが首をかしげて山頂のほうを仰ぎ見た、まさにその瞬間。
ゴーーーーン……。
山頂の神殿から、一日の終わりを告げる鐘の音が響いた。
だが、サクはその音に小さな違和感を覚えた。いつもなら、太陽が西の山端に完全に沈み、影が伸びきった刻限に鳴るはずの鐘だ。
今日の鐘は——ほんのわずか、半刻ほど早い。
「あ、もう鐘が鳴っちゃった。戻らなきゃ、サク!」
カヤが立ち上がり、スカートの埃を払う。サクも「そうだね」と頷きながら立ち上がったが、山頂へ向かう目線だけはしばらく外せなかった。
山の奥深く、古の石が眠る神殿の影が、夕闇の中でいつもより少しだけ濃く見えた。




