第2章:侵食の季節 第25話:侵食の果てに(第2章・完結)
水柱とともに池へと倒れ込んだ少年の胸元から、濃密な青い体液が溢れ出した。
「あは……あははっ! 見事だよ、サク……僕にここまで刃を届かせたニンゲンは、君が初めてだ……」
少年は胸の傷口を押さえながら恍惚とした笑みを浮かべ、ゆらりと立ち上がった。
だが、その姿は徐々に透明度を増し、まるで水に溶け出す絵の具のように輪郭がぼやけ始めていた。
「でも、覚えているかい? 母胎と繋がった命の運命を……。君が選んだ決断の答えを、しっかりとその目に焼き付けるといい」
少年は優雅にお辞儀をすると、蜘蛛糸のレースとともに影のように水面へと沈み、姿を消した。
直後、天井を突く巨大な母胎が狂ったように蠢き、断末魔のような重低音を響かせてドロドロとした黒い体液へと崩壊し始めた。
神殿全体が激しく揺れ、大木の根のような脈管が次々と千切れ飛ぶ。
「サク! 崩れるぞ、走れ!!」
サムがサクの腕を強引に引き上げ、五人は崩落する石塊と体液の雨をくぐり抜け神殿を飛び出した。
……
山を下り、たどり着いた村は、不気味なほど静まり返っていた。
川辺に群がっていた村人たちはみな力尽きたように浅瀬に伏し、動かなくなっていた。
サクたちは弾かれたようにサクの家へと駆け込み、重い木戸を押し開けた。
「カヤ……! カヤ!!」
部屋の奥、土間の水瓶の前に、カヤは静かに横たわっていた。
サクが駆け寄り、その身体を抱き起こす。
カヤの首筋や手の甲にあった「半透明の鱗」は綺麗に消え去り、元の滑らかな肌に戻っていた。だが——その肌は凍りつくように冷たく、胸の鼓動も、呼吸の気配も、完全に途絶えていた。
「そんな……嘘だろ……? 鱗は消えたじゃないか……! 元に戻ったんだろ!? 目を開けてくれよ、カヤ!!」
ツカが崩れ落ち、声を上げて泣き叫んだ。
サムは拳を握りしめたまま天を仰ぎ、アキとマキは言葉を失って下を向いた。
母胎の破壊は、変質を止めた。だがそれは、少年が言った通り「繋がれた生命そのものの停止」を意味していた。
取り戻したかった日常の残骸の中で、サクは冷たくなったカヤを強く抱きしめ、ただ無言で爪が食い込むほど拳を握りしめた。
首筋に一滴落ちた自分の血と、あたたかな涙。
少年の嘲笑と、胸を苛む漆黒の悔恨を抱えたまま、サクの瞳に静かで凶暴な殺意の火が灯る。
少女の息の根は止まり、村は沈黙した。
だが、この悪夢のような「侵食」の記録は、まだ終わってはいなかった。




