第2章:侵食の季節 第23話:混迷の刃
「ふざけるな……ふざけるなよッ!」
静寂を破ったのはツカの叫びだった。
極限の混乱の中、引き絞られた矢が手元を離れる。放たれた一矢は真っ直ぐに少年の喉元を目指したが、少年はまばたき一つせず、ただ羽織った蜘蛛糸の端をわずかに揺らした。
空中で矢が綺麗に二つに切断され、床へと虚しく転がる。
「言ったはずだよ。感情に任せて動いても、何も解決しないとね」
少年が小さく息を吐いた瞬間、背後の巨大な肉塊がゴボリと大きく泡立った。
肉塊の裾野、根のように同化していた「元・村人たち」の身体が、青い粘液を吐き出しながらズズ……と引き剥がれ始めたのだ。
真珠色の鱗に全身を覆われ、完全にニンゲンの形を失った肉の塊たちが、不気味な関節の音を立てて立ち上がる。かつてサクたちに優しかった村人たちの残骸が、意志なき生体兵器として五人を囲むように這い寄ってきた。
「ぐ、あ……ぁ……」
「村の人たちが……アレを守るために動かされてる……!?」
アキが声を裏返らせる。
「サク! どうするんだよサク! 斬るのか!? これ以上、村の人たちを……カヤの心臓を守ってるこいつらを殺すのか!?」
サムがサクの肩を強く掴み、揺さぶった。
サムの瞳にも、どうしようもない困惑と恐怖が滲んでいる。
襲い来る村人たちの残骸。
刃を振るえば、彼らの命を直接奪う罪悪感に苛まれる。かといって手を拱けば、自分たちがここで肉塊の餌食となる。
そして何より——この肉塊を破壊しても、残しても、カヤの未来は閉ざされているという絶望。
「あはは! 素晴らしいよ、本当に素晴らしい!」
少年は手を叩き、狂喜に目を輝かせた。
「味方を守るために仲間を斬るかい? それとも正義のために全員を殺すかい? 君たちのその美しい葛藤こそが、僕を満たす極上の蜜なんだ!」
這い寄る変質者たちの爪が、サクの足元へと迫る。
サクは握りしめたナイフを構えることすらできず、ただ血走った目で、嘲笑う少年と脈打つ肉塊を見つめることしかできなかった。




