第2章:侵食の季節 第18話:深淵の神殿と、軋む爪痕
サクの叫びとともに、五人は死の網の隙間をなだれ込むように駆け抜けた。
背後で少年が低く狂おしい笑い声を上げていたが、追ってくる気配はない。自分たちの領域に足を踏み入れさせたことすら、新たな贄として楽しんでいるかのように。
山頂に佇む神殿の石扉は、不気味に開け放たれたままだった。
一歩踏み込むと、外の光は届かず、ねっとりと湿った闇が五人を包み込む。
鼻をつくのは、山道で漂っていたものを遥かに凌ぐ濃度の甘い異臭。
そしてひた、ひた、と静かに水が跳ねる音だった。
「……なんだ、これ……」
ツカが息を呑み、足元を照らす。
神殿の石畳は浅く水に沈んでいた。
ただの水ではない。粘り気を帯び、微かに青白く発光する液体が、奥へ向かって幾筋も流れている。その水脈の先、闇の奥底からは、無数の「何か」が水を啜る、不気味な咀嚼音が響いていた。
「村の……人たちだけじゃない……」
アキが震える手で壁の明かりに火を灯した。
壁沿いには、異変に呑まれた村人たちだけではなく、かつてこの山周辺で姿を消したと思われる見知らぬ者たちが、幾重にも重なり合って伏していた。
彼らの皮膚は完全に半透明の鱗で覆われ、もはや人間の輪郭すら曖昧になっている。彼らは互いの体を寄せ合い、石畳を流れる青い液体に顔を押し当てて、貪るようにそれを飲み干していた。
「……カヤも、時間が経てば……ああなっちまうのかよ……!」
サムが拳を壁に叩きつける。鈍い音が響き、拳の皮膚が裂けて血が滲んだ。
「……探すぞ。……この異臭の元を」
サクは血の味のする唾を呑み込み、ナイフの柄を強く握り直した。
カヤの苦しみ、村人たちの変貌、そして自分たちの胸に刻まれた絶望。それらすべてを終わらせるための核が、この神殿の最も深い闇の中に眠っている。
五人が静かに足を踏み出したその時、神殿の天井から、ポタリと重い一滴がサクの頬に落ちた。
拭うと、それは冷たく、ぬらりと光る真珠色の粘液だった。




