第2章:侵食の季節 第17話:網目の間隙と、死線の跳躍
「……呼吸を合わせろ。あいつの足元から視線を外すな」
サクは痺れる頭を激しく振り、掠れた声で囁いた。
少年の滑らかな身体がわずかに動くたび、「糸の張られていないわずかな隙間」が一瞬だけ浮かび上がる。
「サク、正気かよ……! あんな糸の隙間、一歩でも踏み外したら……!」
ツカが刃物のような糸を睨みつけ、冷や汗を流しながら喉を鳴らす。
「やるしかない。僕たちがここで引き返せば、カヤも村も……本当に終わる」
サクの瞳に宿る暗い火を踏み消すことは、誰にもできなかった。
サムが短く息を吐き出し、深く頷く。アキとマキも無言で武器を握り直した。五人の呼吸が、死線の上でひとつに重なる。
「おや、まだ諦めないのかい? その歪んだ執着……実に僕好みだ」
少年は楽しそうに目を細めると、羽織った白レースの糸の端をすっと指先で摘んだ。
直後、静寂を切り裂いて空間が鳴った。
少年が糸を引いた瞬間、木々の間に張られた網全体が微細に震え、見えない刃の檻となって五人へ向かって狭まっていく。
「跳べっ!!」
サクの叫びと同時に、五人は弾けたように地を蹴った。
視界を狂わせる甘い匂いの中、サクの目には少年の足元を凝視し、たった一筋残された「影の境界」を鮮明に捉えていた。
頭上を、耳元を、見えぬ刃が空気を切り裂く鋭い音がすり抜けていく。髪の毛が数本、抵抗なくハラハラと舞い散った。
「うおあぁぁぁっ!」
サムが極限の身体能力で糸の隙間をすり抜け、少年の側頭部めがけてナイフを振り下ろす。
しかし、少年は驚くほどの素早さで身体を撓せ、紙一重でその刃をかわした。
「惜しいね。でも...甘いよ」
少年が冷ややかに囁き、交差したサムの腹部へ掌を押し当てようとしたその時。
「サムから離れろ!」
低く地を這うような声とともに、横合いからマキとツカが飛び出した。
ツカが放った至近距離からの矢が少年の頬を掠め、鮮血が一筋、浅い地黒の肌に走る。
「……ッ!?」
少年の顔から、それまでの余裕な笑みが消えた。
自分の肌が傷つけられたという事実。そして、死の網に囲まれた狭窄な空間で、虫ケラのように絶望するはずだった人間たちが、完璧な連携で自分の領域を侵してきたという狂い。
「……あは、あははっ! 素晴らしい! 君たちは本当に……期待を裏切らないね!」
少年は頬の血を指で拭い、それを舐めとると、恍惚と怒りが入り混じった狂気の瞳で五人を圧倒した。
だが、その一瞬の隙を見逃さず、サクとアキは少年の背後
神殿へと続く本道への抜け道へと着地していた。
「突破するぞ! 神殿の中枢へ!」
サクの叫びが、山道に重く響き渡った。




