第2章:侵食の季節 第15話:蜘蛛糸の領域と、忍び寄る甘香
突き飛ばされたダイは、地面を何回転も転がった。しかし痛みを感じる素振りすら見せず、関節を不自然な角度に折り曲げたまま、ぬらりと立ち上がった。
「ぐ……あ、ぁ……」
白く濁った目から涙のような体液を流しながら、ダイは爪の先まで半透明の鱗に覆われた手を伸ばし、再びサクたちへ襲いかかってくる。
「足を狙って動きを止めるんだ!」
サムが叫び、身を投げ出すようにダイの腰へ抱きついた。同時にマキがすばやくダイの足元へ滑り込み、縄でその両足を固く縛り上げる。
「ダイさん、ごめんな……っ!」
ツカが涙目になりながらダイの腕を抑え込み、五人は懸命にその巨体を地面へと押さえつけた。ダイは獣のような唸り声を上げ、暴れ回っていたが、やがて足を完全に拘束されると、地表に這いつくばったまま不気味に蠢くだけとなった。
「はぁ……はぁ……っ、行ったぞ……!」
サクたちはダイを後にし、再び山道を駆け上った。
だが、標高が上がるにつれ、異変はさらに色濃くなっていった。
木々の間を抜ける風がぴたりと止み、あたり一帯に「あの甘く重い匂い」が立ち込め始める。吸い込むたびに脳の奥が痺れ、呼吸が浅くなっていくような感覚に五人は顔を歪めた。
「待て……! 前を見るな、足元と木々をよく見ろ!」
先頭を行くアキが突然、手を広げて全員を制した。
アキの言葉にサクが目を凝らすと、山道を塞ぐように立ち並ぶ大木の間に、何か細いものが光を反射してキラリと揺れていた。
一見すれば、光の加減で見え隠れする繊細な糸細工のようにしか思えない。あるいは、朝露をまとったただの蜘蛛の巣に見えるかもしれない。
だが、それは樹木から樹木へと複雑に張り巡らされた、極細の「白い糸」の網だった。
「これ……あの少年が羽織っていたやつと同じだ……」
サクが息をのむ。
アキが拾い上げた木の枝を、そっとその糸へと伸ばした。
触れた瞬間——固い木の枝が、まるで熱したナイフで木綿豆腐を引いたかのように、一切の抵抗もなく滑らかに切り落とされた。
「ひっ……!」
ツカが短い悲鳴を上げて後ろへ跳ずさる。
「……目視できないほどの細さで、触れれば骨ごと肉を裁断する。あいつの領域だ」
マキが冷や汗を流しながら、刃物のようになった糸の群れを睨みつけた。
通り抜けることは容易ではない。少しでも目測を誤れば、身体のどこかが切断されるかもしれない。
緊張した5人は互いに目を合わせると頷き、ゆっくりと歩みを進めようとした。
その時、
網の向こう側から濃密になった甘い異臭とともに、歩み寄る人影を見つけた。




