第2章:侵食の季節 第14話:決意の山道と、拒絶の刃
サクたちは手早く弓やナイフ、数日分の水と干し肉を袋に詰めた。
水瓶の前から動こうとしないカヤの背中に、サクはもう一度だけ視線を送った。首筋に浮かぶ薄い鱗が、湿った部屋の光の中で静かに怪しく光っている。
「……カヤ、行ってくるよ」
返事はなかった。ただ、ゴクンと水を飲み干す音だけが虚しく響く。サクは唇を固く結び、重い木戸を押し開けた。
村の広場から川辺にかけての光景は、正視するのも痛々しいものだった。
村人たちは農具も武器も放り出し、浅瀬に膝まで浸かったまま、すくい上げた水を無一心で飲み続けている。かつて笑顔でサクたちに声をかけてくれたおじさんも、親切だった隣のおばさんも、そこにはいなかった。ただ「水」という刺激にのみ反応する、異質な生態へと作り替えられた塊が蠢いているだけだった。
「ひでぇ……なんなんだよこれ……」
ツカが弓を握る手を震わせ、憤りに声を詰まらせた。
「立ち止まるな。あの神殿へ行くぞ」
サムが先頭に立ち、低く鋭い声で仲間を促す。
五人は村を抜け、山頂の神殿へと続く山道へ足を踏み入れた。
昼間であるにもかかわらず、木々に覆われた山道は暗く冷え込んでいた。そして標高を上げるにつれ、あの完熟した果実と濃密な花蜜が混ざり合ったような、脳を痺れさせる甘い匂いが風に乗って漂ってくる。
「気をつけて。風上の匂いが濃くなっている……何かが近くにいるよ」
アキが足音を殺し、耳を澄ませながら呟いた。
その時だった。
前方の草むらがガサリと揺れ、ひとりの影がふらりと山道へ躍り出た。
「……! 誰だ!」
サムが瞬時にナイフを構える。
木漏れ日の下に現れたのは、村の若い猟師だった男だった。皆は、その姿は絶句する。
全身の皮膚には隙間なく半透明の鱗が張り付き、光を浴びて真珠色にヌメりと光っている。両目は白く濁り、口元からはダラダラと透明な液体を垂らしながら、サクたちに向かってひたひたと歩み寄ってきた。
「猟師の……ダイさん……?」
サクが息を呑む。
男はサクたちの声など届いていないかのように、ただ匂いに引き寄せられるように手を伸ばしてきた。その指先にも、滑らかな鱗が爪の根元までびっしりと覆い尽くしている。
「くそっ……どけよダイさん! 俺たちだろ!」
ツカが叫ぶが、男は容赦なく距離を詰めてくる。その動きには、以前のような人間らしい俊敏さや躊躇いはなく、ただ獲物を捕らえようとする昆虫や蛇のような冷徹さしかなかった。
「駄目だツカ、話が通じる状態じゃない!」
アキが警告を発する。
「元通りにするために……ここを通るしかないんだ!」
サムが意を決して前に踏み出し、男の胸元を強く突き飛ばした。
かつての仲間、見知った村人に武器を向けるという重い罪悪感が、五人の胸を強く締め付ける。
引き返せない戦いが、いま確実に始まっていた。




