第2章:侵食の季節 第13話:変貌する生態
「サク!!」
サムとツカが息を切らせて駆け込んできた時には、御神木の陰にいた少年の姿はすでに消えていた。
サクは地面に膝をついたまま、虚ろな目で土を見つめていた。胸の奥に突き刺さった少年の言葉が、サクの思考を完全に止めていた。
「サク、しっかりしろ! 何があったんだ!?」
サムが肩を強く揺さぶるが、サクは何も答えることができなかった。カヤが背負わされた屈辱と罪悪感を、仲間たちに打ち明けることなどできるはずもなかった。
「……とにかく、家に戻ろう」
後ろから追いついたアキが静かに言い、五人は重い足取りでサクの家へと引き返した。
だが、部屋の戸を開けた五人を待っていたのは、さらなる異変だった。
「……これを見てくれ」
マキが低い声で指をさした。
土間に置かれた大きな水瓶の前に、カヤがしゃがみ込んでいた。
カヤはサクたちが用意した干し魚や木の実には一切目を向けず、水瓶に蓄えられた冷たい水を、まるで乾ききった砂が水を吸い込むように、無心で口へ運び続けていた。
「カヤ……? お腹が空いたんじゃないのか? 干し魚があるよ」
サムが戸惑いながら声をかけるが、カヤは振り向きもしない。ただゴクゴクと水を飲み干し、喉を鳴らしている。
よく見ると、カヤの首筋や手の甲——斜めに差し込む光を受けた皮膚の表面に、朝には消えていたはずの薄く滑らかな「半透明の鱗」が、湿り気を帯びてしっとりと浮かび上がっていた。
「……食物を受け付けず、ひたすら水を欲しがる。村の人たちも同じだ」
アキが青ざめた顔で窓の外を覗き込んだ。
「広場にいた村人たちが、みんな川辺に集まり始めてる。畑の作物を放り出して、ただ水に浸かり、水を飲んでいるんだ」
部屋の中に、冷たい沈黙が流れた。
「魅了は……心や記憶を狂わせるだけじゃない」
アキの声が不気味に震えていた。
「僕ら『生き物としての生態』そのものを書き換えているんだ……!」
サクの息が止まりかけた。
正気に戻ったからこそ記憶に苦しむカヤ。そして、肉体までもが「別の生き物」へと変質させられていく恐怖。
あの少年が言った通り、時間が経てば経つほど、カヤは心を削られ、肉体ごと壊れていく。
(僕たちが……立ち止まっている間にも……)
サクは震える拳を強く握りしめた。爪が掌に食い込み、痛みが走る。
絶望に押し潰されそうになりながらも、その奥底から、暗く静かな炎が煮煮え立ち上ってくるのを感じていた。
「……行くぞ」
サクはゆっくりと立ち上がった。
「あの少年を……を叩く。カヤが、みんなが……元通りになるように」
サクの言葉に、サム、ツカ、アキ、マキの4人が力強く頷いた。
水瓶の前で静かに水を飲み続けるカヤの後ろ姿を残し、五人は愛する日常の残骸を背に、過酷な戦いへと足を踏み出すのだった。




