第2章:侵食の季節 第11話:引き裂かれた指先と、戻らぬ声
「カヤーーーッ!」
神殿を包む濃密な甘い匂いに意識が遠のきかける中、サムの破れかぶれの絶叫が神殿の天井を揺らした。
「引き剥がすぞ! サク、ツカ、カヤを掴め!」
正気を振り絞ったサムが石台の階段を駆け上がり、少年の膝元にいたカヤの腕を力任せに引っ張った。ツカも飛びつき、二人がかりでカヤの身体を引き寄せる。
「あ……っ!?」
接吻の寸前で強引に引き剥がされたカヤの口から、掠れた悲鳴が漏れた。
少年は冷ややかな瞳でその光景を見つめたまま、止める素振りも見せず、ただ楽しそうに口角を上げるだけだった。
「走れ! 村に戻るぞ!」
アキが叫び、マキがサクの背中を押す。
五人は倒れ伏す村人たちの隙間を縫うようにして、開け放たれた石扉を抜け、夜明け前の山道を夢中で駆け下りた。
村の広場まで戻ってきた頃、東の空がゆっくりと白み始めていた。
五人はサクの家に駆け込み、重い木戸を閉めて閂を下ろした。
「はぁ……はぁ……! 逃げ……切れたのか……?」
ツカが膝に手を当て、荒い息を吐き出す。
サムは入口に背を預けたまま、ぐったりとしたカヤを床へとそっと座らせた。
「カヤ! 大丈夫か!? カヤ!」
サクが前にしゃがみ込み、カヤの肩をゆすぶる。
カヤの瞳からうっとりとした光が消え、ゆっくりと焦点が結ばれていった。
「あ…ぁ…サク……? サム……?」
カヤの声に戻った。正気に戻ったのだ。
サクは胸をなでおろし、「よかった……!」とカヤの手を握ろうとした。
「!!!」
サクの手が触れる直前、カヤはびくっと身体を強張らせ、自ら素早く手を引き込めてしまった。
「え……?」
「あ……ごめ、なさい……僕……私……」
カヤは唇を震わせ、サクと目を合わせようとせず、小さく丸まって自分の膝を見つめた。
魅了された者には、通常その間の記憶は残らない。だが、サクたちが強引に引き剥がし、中途半端に意識を呼び戻してしまったことで——カヤの脳裏には、あの神殿での光景が鮮明に残ってしまっていた。
あの美しい少年に吸い寄せられ、自ら顔を近づけたこと。
そして何より——サクに好意を寄せていたからこそ、自分の心が簡単にあの少年に奪われ、サクの手を振り払ってしまったことへの強烈な屈辱と後ろましさ。
「カヤ……僕……」
「触らないで……っ!」
カヤの拒絶の声に、部屋の中が静まり返った。
カヤは自分の腕を固く抱きしめ、涙を零しながら肩を揺らしている。二人を繋いでいた温かい空気は、もう流れていなかった。




