第1章:少年の季節 第10話:神殿の闇と、少年の季節の終わり
神殿の内部は、外の静けさが嘘のように異様な熱気と、脳を麻痺させる甘い匂いで満ちていた。
石造りの太い柱が並ぶ大広間。そこに吸い込まれた村人たちは、ひざまずき、祈るように両手を捧げていた。誰一人として声を出さず、ただ一つの場所を見つめている。
打ち砕かれた古の石台の上。そこに、そいつは座していた。
月明かりのように青白く光る肌。繊細で整いすぎた顔立ち。夜空の闇を切り取ったような漆黒の髪と、吸い込まれそうな瞳。
サクが闇の中で見た「美しき少年」だった。
「!!!」
少年は、胸元を大きく肌蹴させたボロボロの布を纏い、まるで世界のすべてを見下すような冷たい微笑を浮かべている。
「……なんだ、あいつ……」
サムが掠れた声で呟いた。拳を強く握りしめているが、その身体は蛇に睨まれた蛙のように微かに震えていた。
「美しい……なんてレベルじゃないよ…一体何なんだ」
マキが息を詰まらせ、歪んだ表情で吐き捨てる。アキもツカも、その圧倒的な存在感と部屋中に満ちる甘い匂いに言葉を失っていた。
「カヤ……ダメだ、見ちゃダメだ……!」
サクは必死でカヤの手を強く握りしめた
...握りしめたはずだった。
...カヤの手はするりと指先から滑り落ちた。
「あ……」
カヤはサクの呼びかけに一切振り向くことなく、引き寄せられるように石台へと歩みを進めていた。
その瞳はうっとりと上気し、夢見るような笑みを浮かべたままだ。
「カヤ! 戻れ! 行くな!」
ツカが叫び、飛び出そうとしたが、隣のアキがその服を強く掴んで止めた。
「待てツカ! 動きがおかしい……迂闊に近づくな!」
村人たちが道を開ける中、カヤは吸い寄せられるように石台の階段を登り、座している少年の膝元まで辿り着いた。
カヤはひざまずくと、両手を少年の細い肩に回し、その顔を自分の顔へと寄せていく。
「やめろ……! やめてくれ、カヤ……!」
サクの叫びが虚しく神殿に響く。
カヤの唇が、少年の薄い唇へ、あと数ミリというところまで迫った。
吐息が重なり合うような、接吻しそうで決して触れ合わない、狂おしいほどの距離。少年は避けることもせず、カヤの濡れた瞳を冷ややかに見下ろしている。
少年が、ゆっくりと細い指先を立て、カヤの顎を優しく撫で上げた。
そして、カヤの耳元で何かを囁くように微笑むと、視線をゆっくりとサクたち五人へと向けた。
少年の漆黒の瞳が、サクの目とまっすぐに交差する。
(あ……)
サクの頭の中で、パチンと何かが弾ける音がした。
胸が焼けるように熱く、そして冷たく冷えていく。
あの優しかった朝の鐘の音も、二人で飲んだ清水の冷たさも、仲間たちと笑い合った海辺の風も——すべてが、遠い過去の幻影へと変わっていく感覚。
少年は、サクたちに向かって嘲笑うように、静かにその細い唇を開いた。
「——いらっしゃい、僕のニンゲンたち」
その声が響いた瞬間、神殿を包んでいた甘い匂いが一気に濃くなり、五人の視界が暗転しかけた。
温かく、優しく、愛おしかった少年の季節は、いま、終わりを告げたのだ。




