第1章:少年の季節 第9話:登拝の道と、甘き仄暗さ
夜明け前の深く濃い闇の中、五人は静かに村をあとにした。
手に松明を掲げ、山頂の神殿へと続く急勾配の山道を登っていく。いつもなら山鳥の羽ばたきや木々のざわめきが聞こえる山は、不気味なほど静まり返っていた。
「……おい、前を見ろよ。冗談だろ……?」
先頭を行くツカが、松明の火を前にかざしながら掠れた声で呟いた。
ツカの視線の先——つづら折りの山道には、松明も持たない村人たちが、まるで長い蛇のように連なって黙々と山を登っていた。
「お袋……! 親父……!」
サムが我慢できずに駆け寄り、行列の中にいた自分の両親の肩を強く掴んだ。だが、二人の目は暗闇の中で白く濁り、サムの顔を見ようともしない。
「無駄だよサム、今は引き剥がせない。……サク、足元気をつけろ」
後ろから追いついたアキが、サムの腕を優しく制しながら、隣を歩くサクへ静かに声をかけた。
「……あ、カヤ……!」
行列の少し先、ふらつく足取りで歩く小さな後ろ姿を見つけ、サクは息をのんだ。野の花の髪飾りが、夜風もないのに寂しげに揺れている。
「待ってカヤ! 一緒に行こう、僕が手をつなぐから!」
サクが駆け寄り、カヤの冷たくなった手をそっと握りしめた。カヤは拒みはしなかったが、握り返してくることもなく、うっとりと山頂を見つめたまま歩みを止めない。サクは胸を締め付けられながらも、その細い手を離さずに一緒に歩いた。
神殿へ近づくにつれ、山道の空気が急激に変質し始めた。
「……なんだこの匂い」
サムが不快そうに顔を歪め、鼻を覆った。
「甘いね。……完熟して腐りかけた果実と、濃い花の蜜を混ぜ合わせたような……匂い」
マキが呟く。
「……あの夜と同じだ」
サクが握りしめたカヤの手に力を込めながら、ぽつりと漏らした。
「え? サク、何か知ってるのか?」
アキが振り返り、鋭い目でサクを見つめる。
「海へ行く途中の夜……僕、見たんだ。野営地の闇の中に、恐ろしいくらい綺麗な男の子が立ってた。そのときも……この胸が苦しくなるような甘い匂いがしたんだよ」
「な……なんでそれをすぐ言わねえんだよサク!」
ツカが驚いて声を張り上げる。
「夢だと思ってたんだ……! でも、違った。あの匂いが、山の上から流れてきてる……!」
狼狽しながらサクはつぶやいた。
「責めるなよツカ。サクだって確信がなかったんだろ」
サムがツカの肩を叩いて宥めると、前方の闇を睨みつけた。
「理由はどうあれ、その匂いの元がこの上にあるのは間違いねえ。……行くぞ」
山頂に近づくにつれ、甘い異臭はますます濃くなり、吸い込むたびに脳の奥が痺れるような感覚が五人を襲う。
やがて、一行は山頂の開けた境内へと辿り着いた。
古くから「決して立ち入ってはならない」とされてきた神殿の巨大な石扉は、無惨にも内側から押し破られるように大きく開け放たれていた。
扉の奥の暗がりから、妖しい微光と、脳を刺すような甘い匂いが一気に溢れ出してくる。
「……ここが、神殿……」
アキが松明を掲げ、息を呑んだ。
村人たちは吸い寄せられるように、ひたひたと開かれた石扉の中へと吸い込まれていく。
「……行くしかないよな…」
マキの呟きに、五人は互いに視線を交わした。
サクはカヤの手を強く握り直し、仲間たちとともに、未知の闇が潜む神殿の内部へ足を踏み入れた。




