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クズの証明

翌日、相馬はシワだらけのワイシャツを着て、スーツの肩を落としながら歩いていた。いかにもうだつの上がらないダメ社員、それが今の彼の風貌だった。


いつも通りのルート営業の外回り。得意先に顔を出し何かないかを聞いて回るだけの仕事。


受付で担当者につないでもらい、フロアの隅にある商談スペースで10分程度の会話をこなす。最近は取引先の担当者も年下が増えてきた。何で俺がこんな社会人2、3年目の素人を相手に営業しなければならないんだ。


「お世話になってます。相馬です。消耗品で追加発注が必要なものや、何かご入用のものなどありますか。」とマニュアルに載っている文書を一言一句完璧に復唱している。

だが、取引先の担当者の答えは大体決まっている。

「現状は大丈夫です。また何かあればご連絡しますよ。」


またいつもの決まり文句だ。これで商談は終わりだ。

なんで、同期や後輩は、こんなことで大きな契約をとってこれるのか全く理解できない。


商談は1時間ほど予定していたが、10分程度で終わってしまった。

次のアポイントまでにはかなり時間があり、喫茶店で時間を潰そうか悩みながら、相馬は品川のガード下で、手持ち無沙汰にスマートフォンの画面を覗き込んでいた。


「……あれ? もしかして、相馬か?」


聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには少し髪の薄くなった、だが確かな面影を残す男が立っていた。高校時代の友人、阿部だった。


「やっぱり相馬だ! 久しぶりだな、何年ぶりだ?」

「えっ。阿部……阿部か! 嘘だろ、お前、今こっちにいるのか?」


実に25年ぶりの再会だった。地元の集まりには、過去の不義理へのバツの悪さから一切顔を出していなかった。相馬にとって、地元の人間と話すのは本当に久しぶりのことだった。


「相馬、お前全然連絡取れないからさ、みんな心配してたんだぞ。今は何しているんだ?」

「まあな、営業だよ。相変わらずだよ。お前は?」

「俺は地元で親の仕事を継いだよ。今日は出張でさ。いやあ、それにしても懐かしいな。高校の時、よくお前の家でみんなで集まってゲームしたよな」


阿部は懐かしそうに目を細めた。

「懐かしいな。そういえば、いつまでこっちにいる予定なんだ?良かったら飲みにでも行くか?」

「悪い。できればそうしたいが、客先と懇親会があるんだよ。」

そう言って阿部は腕時計をチラリと見た。


「おっと、そろそろ移動しなきゃ。……あ、そうだ。今年もお墓参りには行くんだろ?」

「え? 墓参り?」

「いや、ほら。三浦のお墓参りだよ。ちょうど命日近いだろ? 毎年行っているだろ?」


心臓が、ドクンと嫌な音を立てた。

三浦――三浦紬つむぎ

生まれてからずっと仲の良かった幼馴染。長い黒髪を後ろで緩く結んだ、おっとりとした性格の、とても奇麗な人だった。紬と最後にあったのは俺が上京する時に地元の最寄り駅まで見送りに来てくれた時だ。


「え? 紬が、なんだって……?」


相馬の口から、掠れた声が出た。


「……は?」

阿部の顔から、懐かしそうな笑みがスッと消えた。

「なんだって、って……お前、何言ってんの?大丈夫か?」

「いや、だから、紬のお墓参りって……あいつ、どうしたんだよ」

「相馬?、誰と勘違いしているんだ?」

「勘違いなんてしてない。紬のお墓って?あいつ死んだの?」


相馬の問いに、阿部は信じられないものを見るような、急激に冷め切った目を向けた。


「お前……本気で言ってんのか? 三浦が23歳の時に、地元の交差点で事故に遭って死んだこと、知らないわけないだろ。お前、あいつと幼馴染だろ!?」


オフィス街の喧騒が、一瞬で遠のいた。

ガード下を吹き抜けるビル風が、やけに冷たく相馬の肌をなでる。阿部の口から放たれた「事故」「死んだ」という単語が、どうしても脳内で意味のある言葉として結びつかない。


「悪い冗談だよな。何、言って……」


23歳――。

相馬の脳裏に、記憶の底に沈めていたあの最悪な時期の光景が、濁流のように蘇ってきた。18歳で東京の大学に入学し、サークルと合コンに溺れ、大学3年の時に1回留年していた。ようやく大学4年になり、あと一年、気楽に過ごせると思っていたが、親や地元の友人からは「勉強はちゃんとしてるのか」「就職はどうするんだ」とごちゃごちゃ言われるのが嫌で、実家や地元からの着信をすべて拒否にしていた、まさにあの時期だ。


「嘘、だろ……。紬が、死んでいた……?」


喉の奥から絞り出した声は、自分のものとは思えないほど震えていた。

あの頃、一時的に深夜だろうが講義中だろうが、毎日のようにスマートフォンが鳴り止まない時期があった。

「しつこいな。ちゃんと進学したし、もういいだろう!正論ばっかりの説教は、もううんざりだ。」と舌打ちして無視し続けた。

あれは、説教の電話なんかじゃなかった。幼馴染の紬の事故の知らせだったんだ。

やっと電話がなくなり、せいせいしていたが、すべてが終わっていたんだ。


ひどく動揺した相馬の姿を見て、阿部はあからさまに戸惑い、そして気まずそうに一歩後退りした。


「嘘だろ。知らなかったのか。何も。……お前本当か?」

「悪いけど、俺、もう次の約束あるから行くわ。じゃあな」

「おい、阿部! 待てよ!」という相馬の声も聞かず、阿部は何か触れてはいけないものから逃げるように、早足で人混みの向こうへと去っていった。


相馬はしばらくそこから動けなかった。


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