↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時が終わる春に、約束の指輪を  作者: アルファベット・あき蔵


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/23

仮説

数日後。

外回りの途中、相馬はある場所に足を止めていた。

品川のガード下。俺のもう一つの記憶では20年前、地元から東京へ出てきて、阿部から「紬が死んだ」と告げられた、あのすべての因果が始まった場所だった。


「探しましたよ。」


振り返ると、コートの襟を立てた神田が立っていた。

二人は近くの、平日の昼下がりで閑散とした純喫茶に入り、奥のボックス席に向かい合った。


「……あなたの言う通りだった」

相馬は、ブレンドコーヒーのカップを見つめたまま、静かに口を開いた。

「自覚はなかった。ただの夢だと思っていた。でも、繋がったよ。ある日、高校生の頃の夢を見た。放課後、まだ、幼馴染だった紬との何気ないやり取りの最中だった。あの時、高校生の頃の自分と紬を失って絶望した俺の意識と心が重なって、彼女の運命を変えたんだ。……それが真実だと思う。」


神田は何も言わず、ただ相馬の言葉を待った。相馬は顔を上げ、苦渋に満ちた目で記者を見つめる。


「世界を、戻すべきなのかもしれない。一人の女の子を死なせておいて、自分たちだけ幸せになるなんて間違っている。……だけど、戻し方がわからないんだ。あの時、自分の意識がどうやって過去に戻ったのか。その方法がまったく分からない。」


「分からなくて当然です。現代の最先端科学をもってしても、過去への時間跳躍は不可能ですから」


神田は鞄から、ビニールカバーに包まれた、ひどく古びた一冊の書籍を取り出した。大学の紀要か、自費出版の論文集のような粗末な装丁だ。表紙には『量子もつれによる時間局所性の崩壊と、意識の同期』とある。


「この数日間、本社の科学部のコネと、データベースをひっくり返して探しました。……すでに80年前に亡くなっている、ある異端の量子物理学者の遺稿集です」


神田は、その薄い本をテーブルの真ん中へと滑らせた。


「生前、彼の学説は『オカルトの領域だ』『実証不可能な妄想』と、学会からは完全に無視され、相手にされていませんでした。ただ、彼だけが、あなたに起きた現象を理論化していた」


神田はある文章を指さした。


「――人間の脳が、死に直面したレベルの『強烈な後悔と絶望』を感知した瞬間、脳内の微小管で例外的な量子もつれが発生する。それが、過去の『全く同じDNAと波長を持つ自分』の脳へ、電気信号として同期する可能性がある――」

「――タイムリープには5つの制限があるようだ。

第1原則:情報(意識)の単独転送

質量を持つ「肉体」の時間逆行は不可能。転送できるのは量子化された「意識」のみである。


第2原則:始点回帰の束縛(トリガーの固定)

タイムリープは、起動した「その瞬間」の時間軸からしか行えない。過去に留まったまま、さらに別の過去へ連続して跳躍(二重リープ)することは不可能である。


第3原則:終点指定の局所性ピンポイント・リープ

時間軸の自由移動は認められない。意識の着地先は、起動時の因果律と対になる「過去の特定の1点」のみへと強制収束する。


第4原則:因果律による記憶の「強制上書き」

過去を改変した瞬間、世界線の再構成に伴い、脳内の記憶情報は強制的に書き換えられる。


第5原則:情報漏洩バグの発生

ただし、上書きは完全ではない。旧世界線の記憶が「デジャブ」「悪夢」「思い出補正」といったエラーシグナルとして、脳へ漏れ出すケースが確認されている。――」


相馬はその本を手に取り、恐る恐るページをめくった。難解な数式の並びの向こうに、自分たちが迷い込んでしまった底なしの迷宮の入り口が見えた気がした。


「故人の遺したデータです。解読には時間がかかります。ですが、これが元の世界へ戻るための、唯一の鍵になるかもしれない」


神田の言葉が、静かに喫茶店に響く。

世界を元に戻す方法が見えてきた。それは同時に、二人の男にとって、最愛の女性のどちらかを切り捨てるカウントダウンが始まったことを意味していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。