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カイルとエミリア

 イザベラの計らいにより、赤ちゃんの母国に引き渡すまではブラウン伯爵邸で捕虜という名で責任を持ち、面倒を見ることになった。


 そして、イザベラやレオンと別れてすぐ、離れで話し合うことにしたカイルはこんなことを言い始めた。


「エミリアの荷物、本邸に移そう」

「えっ?でも、本邸に私が移ったら次期婚約者のアリッサ様が嫌だと思うよ。そこまでしてもらわなくても…」


 エミリアの言葉に、カイルは疑問符が思い浮かんだ。

 

「何でそこでアリッサが出てくるんだよ?」

「何でって…アリッサ様はカイルの次期婚約者でしょ?」


 小さく首を傾げると、絶句の表情を浮かべたカイルが口をぽかんと開けている。



「は?次って何だよ?

俺の婚約者はエミリアだろうが」


「今は契約上そうだけど…だって、毎月会食してるじゃない」

「あれは、ブラッティ侯爵夫人が母上亡き後、家政を担っているから…俺達の暮らしを確認しにきてくれているんだよ。

アリッサは侯爵夫人について来ているだけだ」

「でも。私、確かにもう直ぐ婚約破棄をするって言われているわ」


 きょとんとしているエミリアに、カイルの目元に影が落ち、鋭い目つきをして問いかける。


「…誰がーーそんなことを?」


(あれ?カイルが何だかとっても怒っているような…

「だれって…それは、毎日食材を運んでくれる侍女もそうだし…」


 カイルから圧を感じて、エミリアは言い淀んだ。


「ーー食材?

そんなもの、侍女がエミリアに渡してどうするんだ」


「そりゃ、食材で自分のご飯を作るに決まってるじゃない」


(あたりまえの事をなぜ確認するのかしら?)


 不思議に思っているエミリアとは対照的に、目を見開いて絶句し、驚愕の表情を浮かべたカイルは、片手で目を覆う。


 その額からは、一筋の汗がつたっていた。

 

「カイル?どうしたの?」

「…そう言えば、家具は?エミリアの母が居た時の、如何して此処には簡素なものしかないんだ?」


「……売ったの」


「は?」


「家具。

食材を買うために」


カイルの目が、わずかに揺れた。


「もう、残ってないの」


 その言葉は、あまりに軽かった。

 息を呑んで固まったカイルに、エミリアは慌てて両手を振り、言い募る。

 

「あのね。

自分でお金を何とか稼げないか考えてみたんだけれど。私が出来ることなんか絵を描くことしか出来なくて。

でもあの、イザベラ様に聞いたでしょ?

継続雇用してもらえるみたいだし、だから…」


 しかし、エミリアが言い募るほどに、カイルの表情の雲行きが芳しくなく、焦りを抱いていた。


(何が良くないんだろう。私、何か変なこと言っちゃってる?)


 エミリアの内心で汗が吹き出しているとき、扉が激しく叩かれた。


ーードンドン!



「あ!食材がきたわ!ちょっと待っててね!!」


 慌てて玄関に向かい、扉を開くと、そこにはマーサが立っていた。

 どさりと食材の入った袋を地面に落として、その顔には嫌悪の表情を浮かべている。


「聞きましたよ、あなた居候の身でありながら、若い男を連れ込んでらっしゃるようですね?」


「若い男?」


(あ、レオンのことだわ)


「これまで過分な温情を伯爵家から受けておきながら、嘆かわしい…今も中に居るんじゃ無いの?」


「いると言えば、若い男は居ますけれど…」


「まぁ!いるですって!?その間男をカイル様の元へお連れしなければ!!」


「あ!?ちょっと、勝手に入らないでください!!」


(まずい!赤ちゃんとフェレ助が見つかっちゃうかも!!!…あれ?それはもう良いのか。捕虜として正式に我が家にいるのだし)


 エミリアがマーサを止めていた力が抜けると、観念したと勘違いして、ずんずんと奥に進んで行った。

 

 内心では(これで婚約破棄な口実をつくれる。手柄を立てられるわ!)と意気込んで扉をバンっと勢い良く開けるとーー


 そこには、冷徹な眼差しでマーサを見据えるカイルがいた。


「カ、カイル…様」


「ーーこれはどう言うことだ?」


「違うのです!これには深い訳が…っ」


「どの様な訳があって、俺の婚約者をここまでコケに出来ると言ってるんだ?」



 リビングで起きている修羅場などつゆ知らず、食材が傷まない様にと、袋を抱えて後からひょっこりと現れたエミリアは、魔石冷蔵庫に食材を入れ始めた。



 視界の端に映るエミリアが持つ食材に、カイルは目を見開く。


 人参を入れようとしたその腕を、突如背後から止められた。


「…?」

「…これは、なんだ?」

「早く魔石冷蔵庫に入れないと痛んじゃうの」

「まさか、これを食べる気か?」


「まだ食べられるの」


「……」


「黒いところを取れば、問題ないわ」


 掴まれている腕から、震えが伝わってくる。エミリアは人参を置いて、カイルを顔を覗き込んだ。


「体調が悪いの?大丈夫?」

「……っ」


 言葉を詰まらせているカイルの様子を、部屋の隅でおどおどしながら見ていたマーサに、鋭い声で指示がとんできた。


「至急で、本邸にいる医者をここへ連れてこい!!はやく!!!」


「は、はい!」




 気圧されたマーサは、肩をびくりと跳ねさせて、本邸へと走っていった。

 

「ここに連れてこないで、本邸で休んだ方がーー」


 しゃがみ込んでしまったカイルの背中をそっとさすりながら、問いかけた。


「そんなに具合が悪いの?少し横になる?」

「ーーどうして」

「え?」

「どうして、こんな扱いを甘んじて受け入れてるんだよ?どうして、俺に言わないんだ!!」


「え?どうしてって…。だって、今は戦争中で物資が滞っているのを、私だって知ってるもの。そんな中で、屋根があって、食材を恵んでもらえるだけでもありがたいことだし…」


 言い募るほどに、カイルの眼差しに、苦しみが浮かんでゆく。その目尻には、涙が溜まっているのがわかった。

 エミリアが言葉を止めると、頭の後ろに手を回されて、抱きしめられる。


 耳元では、震える声で「ごめん、ごめんエミリア」と呟きにも近い謝罪を繰り返していた。



 


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