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イザベラの支援


「はじめまして、わたくしイザベラ・カレンシアと申し上げます」


 

 エミリアが馬車から降りた後、続いてイザベラが降りて来た。

 

「ーー。失礼致しました。カレンシア公女様の馬車とは知らず、無礼を働いてしまいました」


 すかさずカイルが謝罪を述べると、イザベラは扇子を口元で広げて、優雅に笑みを浮かべた。


「かまいません。

紛らわしい馬車で来たわたくしの落ち度ですから。

まさかこの様なところでブラウン小伯爵を見かけるなど、思いもよりませんでした」


 イザベラはカイルの顔を頭のてっぺんからつま先まで観察する様に眺める。


 そして、エミリアの方をちらりと見て、その腕の中にいる仔犬に視線をやる。


 後から追いついた来たレオンは、イザベラの登場に驚きの表情を浮かべた。



「どうしてイザベラ様がこちらへ?」

「あら?一刻も早くエミリア様に対面したいとお伝えしたでしょう?何もおかしいことはありませんわ」


 イザベラの言葉に、カイルが呟いた。


「公女様が、エミリアに?」


「左様ですわ。

絵師として継続雇用をする、と言うお話なのだけれどーー色々と、込み入っているところに、わたくしが登場したようね」

 

「継続雇用…」


 カイルはイザベラの言葉を復唱しながら、口の中で繰り返した。


「ええ。


そして、そこの赤ん坊のことも、大方聞いたわ」



 カイルが頬を強張らせた様子に、イザベラは目を細めた。


「貴方。

この仔犬が、皇帝の赤ん坊であるところまで理解が及んでいるわね?」


 それを聞いて驚きの声を上げたのはレオンだった。


「え!?皇帝!!?敵国の赤ん坊ってだけじゃないのか?」


「…俺には、鑑定能力があるので。知っていました」



  空気が、ぴたりと止まった。

 


 それを口にし、あまつさえ知っていながら容認していたと言う口ぶりに、イザベラは扇子で隠した口元に弧を描く。


「それはつまり、当主不在の邸宅で、代理権のある立場のあなたが、秘密裏に捕虜ーーしかも敵国皇帝の赤子を容認していた、と言うことで良いかしら?」



 イザベラの口調に、レオンは息を飲み、エミリアはおかしな方向に話が行っていると気がついた。


(まるで、カイルが全ての責任をとれと言われているみたい…)


 エミリアは、胸の奥が冷えていくのを感じた。



「ち、ちがうんです!イザベラ様、カイルは何も知らなか「俺は、はじめから知っていました」


 カイルが強い口調でエミリアの言葉を遮ると、もう一度念を押すように口を開いた。


「当主代理の俺が許可したことです。エミリアには貴族教育をしておらず、彼女はこれがどう言うことか何も知りません」


「いや、え!?待ってください。 


ラファエルは私が勝手にーー」


 「ぷふっ」

  

 吹き出したのを隠す様に、扇子で顔全体を遮ったイザベラは肩を振るわせていた。


 わたわたしているエミリアをよそに、顔だけ後ろに向けてぷるぷるしている。




「イザベラ…様?」


 エミリアが話しかけると、イザベラは「ぷくくく、あら、ごめんないね」と笑い声をもらした。


 暫くして、ひとしきり笑い終わったのか、相変わらず口元を隠したまま話始める。


「いえね、貴方達の反応がいちいち初心をくすぐると申しますか、可愛いと申しますか…


少々、悪戯が過ぎましたわね。お許しあそばせ」


 音もなく後ろに控えていたイザベラの従者は、主人が楽しそうな様子を呆れた顔でじっと見つめている。




「そうですわねーーここでわたくしが手助けし過ぎても、これでは宜しくないと考えました。


カイル・ブラウン小伯爵様?

あなたの様子から言って、エミリア様の把握している実態と乖離があると思うのだけれど、違うかしら?」


「?」


 エミリアが小さく首を傾げて、話を振られたカイルの方を見るとーー蒼い瞳と、目があった。


 こんなに近くで、真っ直ぐ目を見たのはいつ以来だっただろうか。


 カイルは物憂げにまつ毛を伏せて、一度目を閉じた。

 そして、意を決したように瞼を開く。


「…左様でございます」


「……きっと、貴方だけの落ち度ではないわね。

貴女達子供にこの様な環境を敷いたのは、わたくし達大人というところかしらーーそれでも。


その理不尽がこの世界であるのなら、貴女達はそれと戦って生きていかなくてはならないわね?」



 小首を傾げて、問いかけるイザベラが、何を言っているのかエミリアには検討もつかなかったが、カイルは神妙な顔をして「はい」と答えた。



 風が縫うように吹き抜けたあと、イザベラは扇子をぱちん!と閉じる。


「わたくしが過保護に彼女を匿うことはいつでも出来るけれど…


可愛い子には旅をさせよ、と申しますから、〝今回は〟雇用の打診だけにとどめますわ。

それと、その仔犬…皇帝の赤ん坊についてだけれど…」


 エミリアは肩を震わせて、腕の中の赤ちゃんの温もりに集中した。ここで、イザベラに引き渡した方が良いだろうと思っていたからだ。


(たった数日の間だったけど、ラファエルと離れるの、寂しいものね…でも、イザベラ様なら不自由も理不尽もなく、国元へ返してもらえるはず)


 覚悟を決めたそのとき、イザベラは予想外のことを言った。


「王太子の婚約者である、カレンシア公爵令嬢が命じます。

赤ん坊を捕虜として、ブラウン伯爵家で面倒を見なさい」


「え?」


「捨てられていたペットを安易に拾い、面倒を見切れなくなったから、それを大人に押し付けるなど、わたくしの教育方針にはございませんの。


最後まできちんとーー拾った者が責任を持ち、世話をしなさい」


 カイルが、驚きながらも疑問を口にする。


「そのような決定、公女様の独断でされても良いのですか?」



「あら。わたくしは独断を美徳としてここまでやってきたのよ?



今更ですわ。


わたくしの為すことに文句がお有りなら、他国へ亡命して科学者をしても宜しいのですもの。 


そう申せば皆黙りますのよ」


 不適な表情で小首を傾げるイザベラを見て、この時、よくやくエミリアは理解した。



(…神童なのに、漫画作りに集中させてもらえるのはそう言うことなのね…)

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