131.《欄外》もうひとつの花祭り
再び腐女子思考注意です
晴天の中を白い花びらが舞う。これは王都の北にある海の風が南側にある山へ向けて上昇するために発生することだ。魔法でもなんでもなく、花びらをばらまけば勝手に上昇気流に乗って空に舞い上がる。
広場のベンチに座り、そのつまらない光景を眺めていたセシーはため息を吐き出した。
自分はゲームの世界に転生しているはずなのに、オープニング当初から何かが違ってきている。
その最たるは1年生の山場である闇竜イベントだ。あのイベントの中で主人公が討伐失敗した時点でベルナール・ローランは死ぬはずだった。なのに何者かの介入により死ぬことなく卒業している。
それならベルナールは王城で働いているだろうと探ってみたが、そのようなこともない。しかも以前は自由に王城の奥にも入り込めたが、最近は何かしらの警報装置により警備に知られてしまう。
そのせいで王城の奥にいるらしい竜王陛下とやらも始末できていない。
ゲーム内での王国は侯爵家がトップの国だった。王など一言も語られない背景のような存在なのに、この国では神に等しい扱いをされている。闇竜と同じようなモンスターごときが。
それでも前世と似たような象徴でしかないソレを無視したら、侯爵夫人として竜王国貴族の頂点に立つことに変わりない。
現状でオリヴィエたちはこちらに落ちているのだから、その中で最上位であるアンベール侯爵家を手に入れたらエンディングになる。その後はゆっくりと他の侯爵たちもこちら側に染めていけば良いだけだ。しかもそれは、侯爵夫人として茶会を開いて菓子を振る舞うだけで終わる。
だがそれだけのことなのにセシーの中に不安がつきまとう。それは今年度の1年生に入ったという、やたら目立つ男子生徒のせいだ。
顔も良く存在感があるその男子生徒は1年Sクラスにいる上に男女ともに人気が高い。そんな男子生徒が大勢の生徒の前で堂々とセシーの存在を否定した。
しかも人の腹から生まれた竜などと意味のわからない理屈をつけてきた。竜はモンスターなのだから、人の腹から生まれるわけがない。だがあの場の誰も、彼の発言を否定しなかった。
ならばそういうパターンもこの世界にはあるのかもしれない。
もしかしたらセシーの知らない続編にそういう設定があるのか。そうなった場合はセシーには真偽を確かめる方法がない。
となると、やはりあの男子生徒を消すしかない。そんな事を考えていたセシーの隣に知らない男が座る。この広場周辺は待ち合わせスポットにもなっているので、先程から様々な人が座っては人を待つことをしていた。ただそれら人物はやはりモブらしく冴えない見た目をしている。
平凡な色、平凡な衣服。それらはこの王都中層ならどこにでもいるありふれた外見だ。
そう思うままチラリと一瞥した直後、セシーはついその相手を二度見してしまった。しかもその二度目に見やったタイミングで、相手もセシーの視線に気づく。
しかも蒸菓子のような物を口に入れる瞬間に。
とたんに顔を赤らめた男は本当に美麗なのに、照れた様がとんでもなく甘く可愛らしい。しかもその可愛い照れ笑いのまま紙袋の口をセシーに向けてくれた。
「甘いものが好きならどうぞ」
「ありがとう」
紙袋からひとつ取り出したそれはヒヨコに似た形の黄色いものだった。ただどう見てもこの菓子より男のほうが甘く美味しそうではある。
「米粉を蒸した菓子でムムモというらしい。エーム大陸の菓子なんだけど、可愛いのに美味しいからすごいね」
「お兄さんのほうこそ可愛過ぎてヤバい。お兄さんモブじゃないよね?」
やはり続編が存在して、彼らはその攻略キャラなのだ。だからその他の人間たちと違って顔面偏差値が圧倒的に高い。
そんなことを真剣に考えるセシーの目の前で男は緩やかに微笑んだ。
「よくわからないけど、それは物語の世界かな。でもその前にオレはもう40過ぎてるからお兄さんですらないんだ」
「その顔で40過ぎ??? ありえなくない? そんなぱっちり二重で? 長いまつげで? 肌艶で? どれだけ男に愛されたらそんな美人になるの?」
「オレは男に愛された経験はないけど、元々こんなだよ。ああでも周りの人には恵まれてるから、君の言葉も間違ってないかもしれない」
忖度も下心もないのに、セシーの言葉を否定しない。それはまさに大人の余裕からくるものだろう。そんな男は語尾とともに変な名前のお菓子を勧めてきた。
米粉を蒸したというもちふわのこのお菓子はたしかに美味しい。セシーも前世はこういう蒸しパンのような物を食べてきたので、どこか懐かしくも思う。だがこんなものよりも目の前にいる甘く美味しそうな獲物のほうが気になって仕方ない。
「お兄さんって、ここで誰か待ってるんだよね? 恋人とか奥さんとか?」
「幼馴染みだよ。オレはグレイロードからこっちに仕事で来てるんだけど、今日はここで待ち合わせ」
「花祭りに会う幼馴染みって女しかいなくない? なのに恋人でもないの?」
「偶然この日に重なっただけで、花祭りは関係ないよ。それにきっと幼馴染みはオレに大量の書類を持って来るだろうから、徹夜でそれを片付けるんだと思う」
「ウザそう。幼馴染みとの再会じゃなくて仕事じゃん。しかも祝日に単身赴任先に仕事持ってくるとかありえない。ブラック企業も真っ青だよ。お兄さん逃げたほうが良くない?」
「うーん、でも書類の片付けでも何でも、アイツが頼ってくれるのは嬉しいものだから」
「なるほどね。お兄さんは聖母系受けだ」
属性を理解したセシーはすんなり納得した。前作の舞台であるグレイロード帝国なら、この手の属性くらいいくらでもいそうだ。なんなら続編だってあの国が舞台ならいくらでも作り上げられるだろう。なにせあそこは同性愛の歴史という土台があるのだから。
「ところでお兄さん、名前なんていうの? 幼馴染みさんちっとも来ないしこのままお話してようよ」
「オレはフィーリス・レイランドだよ。君は? そう言えば君の待ち合わせ相手も遅いね」
「あたしはキララだよ。待ち合わせのヤツは…まぁ、そのうち来るよ」
あえて前世の名前を出したのは、フィーリスと名乗る男の声の良さからきている。聞き心地の良い落ち着いた声色に本名を呼ばれれば、ここがゲームの中だと確信もできるだろう。
「キララ、良い名前だね」
彼に名前を呼ばれた瞬間、白い花びらが散る退屈な街すら輝いて見えた。こんな顔も声も性格も甘く柔らかな人間なら、どんな男でも口説き落とせるし寵愛を欲しいままにできる。なんならその幼馴染みも、ここに来るのは仕事のためではないに違いない。
書類の片付けのために夜を徹するなんて嘘で、本当は別の意味で朝まで彼を離さないつもりなのだろう。
素早くそこまで考えたセシーは緩んだ顔のまま男の手を取った。
「フィーリスさん、その幼馴染みってカッコいい?」
セシーが問いかけた先で、相手は驚い顔を見せた後になぜか周りを素早く見回した。そうしておそらくその幼馴染みがいないことを確認したのだろう彼は、今までにないほど甘くとろけたような顔を見せる。
「格好良い男だよ。誰よりも強くて頼りになる」
「え、もう結婚するしかなくない? お兄さんいまどんな顔してるか知ってる? 食われる寸前の獲物の顔だよ」
「キララ君のその例えはどうなんだろうな?」
「えー、その幼馴染みが肉食系男子なら今すぐベッドインってことだよ。でもさ、それだとお兄さんが仕事でひとりここにいるのって心配になるよね。帝国から船で10日以上かかるし。滅多に会えないから」
「向こうは忙しいから、そうとも限らないよ。でもオレは寂しいかな。アイツは強いから心配はないけど」
「なるほどねぇ。距離は恋を育てるってやつだね。今夜は優しくしてもらえると良いね」
「キララ君は年頃の女の子なのだから、もう少し言葉のアレコレを抑えようか。ところでキララ君の待ち合わせの相手は、つまりはデートの相手なのかな」
話題を変えるように問われたセシーは素直に首を横に振った。そもそもあの3人とデートなんてしたこともないし、したいとも思わない。
「待ってる相手はテオドールって言うんだけど、あたしが花祭りに行くって言ったらついて行くって言ったんだよ。だからまぁ、朝のうちにまいてきたんだよね。でもなんかそれはそれで後から面倒になりそうだから、ここで待っててあげてるの。もしかしたらオリヴィエとかも来るかもしれないし」
「男の子たちは、キララ君のことを心配してくれているんだね」
「ちょっと過保護なんだと思う。3人とも侯爵家の人で、ようはお貴族様だからね。この街の下層にも行ったことないし。庶民育ちのあたしの感覚とかなり違うんだよ」
「そうか。それはキララ君が窮屈に思うのは仕方ないかもしれない。でもきっと彼らも、恋する相手が心配でたまらないんだ。君は可愛いから」
「過保護とかじゃなくて?」
「いまこの瞬間に君が他の男に奪われないかと心配する。それは過保護より独占欲かな」
あの3人は魔女の妙薬で支配されたただの駒だ。それでも親密度をあげすぎたせいで、余計なものを抱かせた可能性はある。彼の優しい声色のせいか、すんなり納得したセシーはうなずいて返した。
「お兄さんの幼馴染みと同じなんだね」
「違う違う。本当に違うよ」
「そこで照れちゃうフィーリスさん可愛い。でもそんなだから過保護になるのわかるよ。あたしが男なら今頃フィーリスさんのこと宿屋に連れ込んでると思う」
そうして好きなだけ抱いてあげるのに。そう思うが言葉にしないまま、セシーは隣にいる彼のシロップに漬け込んだような甘く柔らかな顔を眺めた。
だがそんな楽しい時間は、テオドールが駆け込んできたことで終わりを告げる。
「よかった。広場にいたんだな。この男は?」
息を切らせてやってきたテオドールたち3人は、17歳ならではの若さと未熟さが見て取れる。そこはやはり40過ぎを自称するフィーリスとは大きく違っていた。
顔の良さだけでなく、言葉遣いも所作も声色も何もかもが甘く心地良い。そんなフィーリスと比べれば彼らはただの子供だ。
「フィーリスさんは、いまここでお友達になった可愛いお兄さんだよ」
「は? こんなオッサンが?」
セシーが褒めたことが気に入らなかったのか、テオドールは眉をひそめた。同時にオリヴィエが進み出てきて強引にフィーリスを押しのけた。そのためフィーリスは驚きながらも抵抗せずに立ち上がる。
そうしてオリヴィエはセシーと彼の間に立つと、騎士のような態度で声をあげた。
「平民風情が不用意に令嬢に近づくとはどういうつも―――」
だがオリヴィエの言葉は最後まで続かない。なぜなら途中でやってきた大男に蹴り倒されたからだ。
蹴られたオリヴィエは無様にもベンチの前に倒れるが、セシーはそちらに目を向けない。
そこにいた大男に強い既視感を得ていたからだ。
黒髪黒瞳という地味な色なのに、際立った体躯は大陸最強と謳われるにふさわしい威圧感を持つ。さらに肉食獣のような鋭い眼光は、それだけで相手の抵抗心すら殺しに来る。
そんな攻略キャラの姿を、かつてのセシーは毎日のように目にしてきた。
「グレイドル、今のはおまえが良くない。彼らはただ彼女を心配しただけなんだ」
「は? 同じベンチに座ってただけで何を心配することがあるんだよ。そこまでお姫様扱いしたいなら最初からはぐれんじゃねぇよ。ボンクラが」
この場で誰よりも紳士的で優しいフィーリスがなだめようとしても、その『幼馴染み』は引っ込まない。しかもその声も、かつてゲームで流れたものとまったく同じだった。
前作はBLゲームで予算も少なかったから、演技力はあるが若手の声優たちを起用した。その声はワイルド強気攻めとして最高の声だ。
「キララ君、すまない。幼馴染みが来たからオレは行くよ。君も花祭りを楽しんで」
「うん、フィーリスさんも。あたしとの会話に付き合ってくれてありがとね。幼馴染みと楽しい夜を過ごしてね!」
「そういう夜は過ごさないからな!」
いちいち反応が初心な彼は最後まで新鮮な反応を見せる。だが幼馴染みからどんな夜だと問われた途端に真っ赤な顔で背中を押し歩き出した。
「はーーーー、最高過ぎる。本物の前作カプじゃん。つまりこの世界は繋がってて、前作キャラもその後のシナリオを生きてるってことかぁ」
だとしたらきっと彼は今夜のうちに人の欲を受け止めて、明日の朝にはHPが減っているに違いない。それも見てみたいと思いながらもセシーはシェルマンの手を借り立ち上がるオリヴィエを眺めた。
そうしてやはり自分は腐女子で、女の身で男を攻略するより男と男の絡みが見たい人間なのだと思う。
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「それで?」
広場から緩やかな坂を下り王都下層へ向かいながら、幼馴染みが相変わらず短すぎる質問を向ける。そして幼馴染み独特の問いかけに、フィーリス・レイランドは小さく笑った。
「なぜ彼女に近づいたのか、と聞きたいのか?」
「わざと近づいてたろ。人見知りの分際で、無自覚天然で他人を籠絡するソレ、マジでやめろ」
「グレイドルの言葉が良くない。オレは親しく会話をしていただけだよ」
「それで? あのオンナは何なんだ?」
「近代の『魔女』と呼ばれているセシアナ・オリヴェタンだよ」
「ふぅん」
花祭りの中心地である王都中層から下へ向かえば向かうほどに、祭り独特の華やかさや喧騒から遠ざかる。
だがその代わりに日常的な生活音がふたりを包んできた。王都中層の商業地区と違い、王都下層は職人街や港地区などがある。そのためやはり街の音も他と違っているらしい。
「ところでおまえはいつ帰ってくんの?」
「彼女の問題があるから夏以降になると思ってる」
「今すぐ海に沈めりゃ帰れるってことか」
沈めるという時点でフィーリスは笑顔を消す。
「グレイドル?」
「いや、やらないからマジで。睨むのやめろ」
「下手なことはしないな?」
「しない。けど戦闘実習にはまた来る」
「いまここにいるのに2ヶ月後も来られるのか?」
往復で1ヶ月かかる距離なのだから、2ヶ月後にまた竜王国へ来る暇はないだろう。そう考えるフィーリスに幼馴染みのグレイドルは余裕だろと吐き捨てた。
「そもそも今回は陛下の迎えだからな。別件」
「なるほど」
帝国では別件扱いになっているのかと納得していたフィーリスの肩へ無造作に幼馴染みの腕が乗せられる。
「ところでおまえ、今夜は寝かせねーから」
「書類を溜め込んでしまっているってことだな」
「そう。すっげー溜まってる。マジでおまえがいないと無理過ぎる」
本当は子供の頃には古代語も習得した秀才なのに、絶対にそれを見せない。そんな幼馴染みは書類仕事は苦手だと言い、常にフィーリスに頼ろうとする。
そしてそんな幼馴染みのおかげで、竜のいない帝国内でも人間関係を築けたフィーリスは自然と笑ってしまった。とたんに周囲で仕事をしている屈強の男たちが彼の笑顔に見惚れているが、本人はそれに気づかない。
「おまえが夜食を作ってくれるなら良いよ」
「じゃあ交渉成立な」
竜は餌付け意識を持つため人の手料理は食べられない。だが6歳の時に餌付けが完了しているフィーリスは、竜でありながら例外的に人の手料理も食べられる。
けれど何を食べても、この幼馴染みの手料理に勝るものは他にない。そしてそれが餌付け意識なのだと自覚もある。だがそんなことはどうでもいいことだ。
港にあるだろう帝国軍艦船に向かうべく賑やかな港地区へ向かいながら、フィーリスは魚が良いと注文をつける。
「魚のクリーム煮込みが良い」
「昼前に市場でデカい海老見つけたから主役はそれ。ついでに魚も見つけたから入れるけど」
「そうか。グレイドルの料理は絶対だから、海老も美味しそうだな」
広場へ来たのが遅れたのは市場で食材を探してくれていたからか。そんなことを思いつつも問いかけることなく、フィーリスは幼馴染みと共に港に入りその奥に停泊する巨大な軍艦船を見た。
もちろん港で働く男たちもフィーリスのその甘い見た目に見惚れている。だが彼はそれら視線に気づくことがない。なぜならさりげなく肩を組んでいるグレイドルが視界を狭めているからだ。
その上さらにグレイドルは、フィーリスへ不躾な視線を向ける男の意思を全員視線だけで殺している。
だからこそフィーリスはどんな場にいても己が周りからどのように見られているか知らなかった。
前世で魔女ルートを遊び尽くしたあの人の名前は鈴木キララです。雲母と書いてキララと読みます。
20後半腐女子。仕事や趣味に頑張り過ぎて亡くなりました。この人の死因は過労死ではなく栄養失調です。
現在は主人公セシーとして生きていますが、この人は頭が悪いのではなく性格が悪く、正常性バイアスが優秀なだけです。
ちなみに聖女ルートを進んだあの子の名前は佐伯舞香です。
共働きのご両親は娘よりも仕事を重視しており、子供の頃から家にひとりで過ごしていました。昔の鍵っ子と言うより家政婦という肩書の他人がいる環境です。
高校時代にゲームと出会い、大学時代に闘病の末に亡くなるまでベルナール・ローラン一筋でした。
単独にて闇竜討伐ルートを発見してネットで世界発信した立役者です。
その魂は保管された後に現在はアルノー君の中にあります。




