130. 花祭り 後編
「そう言えば、テオバルト様って瞳がアウイナイトのようよね」
花祭りが開かれている王都中層の大通り沿いにあるカフェで、通りを眺められるテラス席に座ったミリュエルはメニューを眺めながらつぶやいた。
メニューには花祭りにふさわしい花をあしらった可愛らしいスイーツの名が並ぶ。それを見ながら宝石の名を出すミリュエルに、アナベルが首を傾げる。
「それは瞳の色かしら。淡い青色の」
「そう。思えば9つの侯爵家は様々な色味があるわよね。ラズライトは淡い紫がかった色や空色や緑青など様々あるけれど、侯爵様がたの瞳はそういう色だわ。それに髪は黄色や金やアナベルのような赤みがかった橙。まさにカルサイトね。それにパイライトは金色の鉱石」
ミリュエルが並べた石の名はどれも裕福な貴族なら手に入れられるような物だ。宝石ほど高価ではないが、装飾品として人気が高い。
それらを並べたミリュエルは楽しげな顔を見せた。
「それらって、ラピスラズリを構成する石なのよね。こじつけかもしれないけど面白いわ」
1年の始まりである花祭りの中で、高等部3年生も残り5ヶ月となった令嬢5人は顔を見合わせた。確かにそこに並ぶ侯爵家の令嬢ふたりには髪や瞳などにミリュエルが告げた色が含まれている。
ただブリジットは黒髪黒瞳であるため、それらの色はないがそういう者のほうが竜王国では珍しい。
そうして親友同士の色味を確認した後にミリュエルはアドリエンヌを見やった。
「アウイナイトもラピスラズリを構成する1つだけれど、とても希少な石なのよね。しかも不可視の光を当てると別の色に光るらしいから、テオバルト様みたいだわって思うのだけど」
「あら? いつも落ち着いているテオバルト様が別の色になることがあるの?」
「何を言ってるのよブリジット! どこかの紳士の手で別色に染められるってことよ!」
急にテンションをあげたミリュエルに、ブリジットも確かにと笑う。
事件捜査の為と王立学園に現れた当初のテオバルトは、生真面目そうな隙のない騎士だった。だがマティアスが復学した辺りから彼の態度が軟化を見せている。
このままなら己の価値を理解しない真面目な騎士も、いつかは変わるのかもしれない。そう思う反面でブリジットには、それができる人間は思い当たらなかった。
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白い上衣を着た上に淡い黄緑のストールを巻く。竜神殿の職員らしい服を脱いだ治癒師のシルヴァン・モルレは春らしい爽やかな服をまとった。
着替え終えた治癒師をマティアスとディートハルトが褒めるのを尻目に、テオバルトは陳列された装飾品のひとつを手に取る。
「店主、これは本物の石か?」
「ええ、こちらの店にあるのは本物の宝石になります。イミテーションはあちらに」
店主が本物と告げる店には様々な深みの青い宝石が並ぶ。店主は陳列されてある品物は基本的に、青玉ではなく藍玉や藍方石だと教えてくれる。中には灰簾石もあるが、こちらは紫が入るため祭りの日に贈るには好まれない。
それに藍方石は青玉ではないが、宝石の中では希少なもので青玉ほどに高価だ。だが多くの人々は青玉ではないから本物ではないと避けたがる。
「我々人間が本物の青色になれるわけもないのに」
面白い話だと小さく笑ったテオバルトは店に並ぶ淡い青色の首飾りを指さした。その首飾りの宝石部分は水滴のような形に切られている。
硬度の低い藍方石をこのように加工するのは困難だったろうに。生まれが平民ではないテオバルトは素直にその部分を感心するが、店主はさすがお目が高いと微笑んだ。
値札のない品物の数々の中でもっとも高価な品物を引き当てたからだ。
その場で治癒師の衣類を含めた支払いを済ませたテオバルトは踵を返して3人の元へ戻る。すると談笑していたらしい治癒師は笑いの余韻を残したままテオバルトに振り向いた。
「何を話していたんだ?」
「隊長様が比較的庶民的なお店を選択してくださってありがたいというお話をしていたのですよ。これでお貴族様の行かれるような店を選ばれたら、衣服の代金を返しきれなくなります」
「君の身体なら十二分に返せると思うが⋯」
彼ほど優れた治癒師はあまりいない。治癒師だと言うだけで貴重なのに、彼は医学知識も豊富なのだ。その点はやはり神聖魔法を扱う神官との育ちの違いもあるのだろう。なにせ彼は正式に神聖魔法を学んでいないと聞いている。
テオバルトはそんな治癒師の首に腕を回して首飾りをつけてやった。思わぬ接近に治癒師は顔を赤らめるが、彼のそういう反応は以前からよくあった。
おそらく孤児院出身だから、他人に接近される機会も少なかったのだろう。少なくともテオバルトの知る孤児院出身の傭兵はそういう人だった。
そしてその人は傭兵だから分け隔てなく誰とでも触れ合えると、仲間と肩を組んで歩くことが多かった。大陸で最も優れた傭兵とギルドからも周囲からも認められ、時に国からも依頼を受けるような傭兵だったとしても。その人は無力な子供にすら優しかった。
「隊長様にひとつお聞きしたいのですが」
首飾りを着けたところで真っ赤な顔の治癒師が胸元とテオバルトとを交互に見る。そのそばでなぜかマティアスまで赤い顔で驚きに目を見開いていた。
「この青い石は青玉、ですか」
「いや、藍方石だ。青玉では求婚になってしまう」
「いやいやいやいや隊長様。本当にあなたは世の中をわかっておられない」
青玉だけが求婚の意味なら富裕層しかそれができなくなるでしょうが。唐突に説教を始める治癒師だが、店内でのそれは迷惑となるのでディートハルトに頼んで店の外に連れ出した。
「シルヴァンさん美人だから似合うけど、この水みたいな形ってなんか意味とかある? 露店にも似たような形のやつが売られてたよ」
賑やかな大通りに出たとたんにディートハルトが外国人らしい質問を向ける。そしてマティアスが「学者が好むんだよ」と短く教えていた。
彼の喉はもうかなり治っているが、それでも長い言葉を話すと合間で喉が詰まるらしい。その辺りはまだ完璧ではないということだろう。
「その若さで医学を習得した優秀な治癒師にふさわしい装飾品だ。それより琥珀色の彼女と合流しよう」
そう言いながら視線を認識したテオバルトは大通りで素早く視線を上げる。すると王都の高低差を利用したカフェのテラス席にいた鮮やかな金髪の少女が楽しげに手を振っていた。
それに軽く振り返したテオバルトは3人に次の目的地が決まったと告げる。そこには琥珀色の彼女の機嫌を安定させる力を持つ5人の少女たちが待ち構えていた。
アニエスが選んだという淡い黄色のワンピースをまとった彼女は、人によっては花の妖精にも見えるだろう。
そんな彼女はカフェにいてくれた5人の『お姉様』を前にすると、文字通り花の顔を輝かせた。
「お姉様がたもいらしていたのですね! 今年こそわたくしから花を贈るチャンスだわ!」
「あらあらそれは甘いわよ。だってわたしたちも愛すべき砂糖菓子に花を贈りたくてムズムズしているのだもの!」
駆け込むリリを楽しげなミリュエルが立ち上がり抱きとめてくれる。その光景は可愛らしいが、テラス席でなければ許されなかった賑やかさではある。
テオバルトは店員の女性に謝罪しつつ、隣のテーブルを席を用意してもらった。
テラス席の円卓は6人なら優に座れる大きさがある。そちらの席に案内されるそばで、いつもと変わらないアニエスが笑顔で問いかけた。
「あれはアウイナイトですね。テオバルト殿はアレで何を釣ろうとしておられるのですか?」
「さすがに君は鋭いな」
「腹芸の得意な帝国貴族の出身ですので」
「それは頼もしい話だが、今回も単純な証拠集めで片付くだろう」
「なるほど。前回も単純な証拠集めで片付いたんですね」
「前回は既に証拠が集められていた。ローラン侯とロイス殿のおかげでな」
権威主義者であったアンベール侯爵を倒せるのは社会的地位がそれより上の人間だけだ。その点でローラン侯が味方側に着いたのは何よりだった。そう考えるが口にすることなく席についたテオバルトはメニューを隣のアニエスへ渡す。
琥珀色の彼女はマティアスの隣に座り、彼からメニューを受け取っていた。その和やかな雰囲気は、つい先程の、令嬢が噴水で落ちるというアクシデントを感じさせない。
ただその完璧にも見える琥珀色の彼女の微笑みがたまに引きつり、一瞬だが不自然さを見せる。そこに疑問を抱いたテオバルトはアニエスに目を向けた。
「まだ少しおかしいな」
「愛の告白を受ければ誰でもそうなりますよ」
「ああ……若いからな」
「すべて聞こえているわよ!」
琥珀色の彼女が帝国の公女であっても、まだ15歳だ。そんな彼女が大切な相手から思いを向けられたなら動揺くらいするのだろう。しかもその話題すらするなと照れ隠しに文句をぶつけてくる始末だ。
「若いで思ったんだけど、テオバルトさんも若い時代はあったわけじゃないか。いや今も若いけど、そういう色恋とかないの?」
そこでディートハルトが、話題の矛先を琥珀色の彼女から変えるようにテオバルトに問いかける。だがその問いかけにはテオバルトも「無い」としか返せなかった。
「昔の俺にとって面識ある女性はディートハルト君の母親だけなんだ」
「それは女の人に対する偏見が生まれそうだな」
「そんなことはないよ」
なぜか深刻な顔を見せるディートハルトにテオバルトも軽く返した。
「彼女は良い人だったから」
「息子を窓の外にぶっ飛ばす母親だけどね。じゃあ恋愛とかやってないのに、シルヴァンさんにさらっと贈れちゃうんだ? それは凄い気がしてるけど」
「人に物を贈るのに恋愛云々は必要ないだろう。感謝や別の意図で贈ることもある」
「じゃあ、シルヴァンさんは感謝の気持ちで?」
ディートハルトが治癒師の胸元を指さす。そのためテオバルトが目を向けると、隣りにいる治癒師は真っ赤な顔でメニューを睨みつけていた。
「治癒を行える人間は貴重だ。存在するだけで感謝の対象となるよ」
「うーん、それはそうかも」
「人を傷つける者は吐いて捨てるほどいるが、癒すことのできる者は希少で大切だ。そういう点でこの治癒師は何よりも大切にされて然るべき存在だろう?」
「そこで青い石を贈っちゃうレベルかどうかは、帝国出身のオレにはわからないけど」
首を傾げるディートハルトに、テオバルトは向かい側にいるマティアスへ手を向ける。
「俺のラピスラズリを救ってくれた治癒師に最高の謝意を示した。こう言えば納得できるか?」
「なるほどな! むしろそれはオレがやりたい。大人の余裕でやりたい。次はオレがシルヴァンさんに青い石とか贈る」
不意にラピスラズリ論を出してきたテオバルトに、ディートハルトが理解と納得を見せる。あげく次は自分がと言い出したので、治癒師は真っ赤な顔のまま「もういらない」と返すしか無くなった。
そうして恨みのこもった目で隣にいるテオバルトをにらむが、相手の涼やかな顔は崩せない。
しかも相手は治癒師の羞恥心を知ってか知らずか、真面目な顔で手を伸ばし触れてきた。そっと耳元の髪をずらすと、淡い青の目を細めて微笑む。
「次は耳飾りでも良いかもしれないな」
「隊長様は、御自分がどれだけおキレイなお顔であられるか自覚はございますか。そしてその言動がどれほど相手の心を戸惑わせているのかを」
赤らんだ顔をどこまでも苦々しく歪めた治癒師のその言葉に、テオバルトも首を傾ける。
「感謝を示され戸惑うのは、君がこれまでその功績に見合った扱いをされてこなかったからだろう。君は侯爵子息の命を救い、侯爵自身からも謝意を向けられる治癒師だ。そんな君がこのくらいの扱いを受けるのは当然の事で、俺の顔は関係ない」
「それがわたしの仕事なので謝意もいらないのですが、とりあえず隊長様はそれを他人様に向けることは辞めてくださいね。罪作り過ぎていつか背中を刺されますよ」
「それは面白いな。俺の背後を狙えるものに会えるなら会ってみたい」
「隊長様は、お顔こそおキレイで女性相手なら百戦錬磨にもなれそうですが、騎士としてもお強いんですか?」
テオバルトの珍しく自信ありげなその言葉も、おそらく彼の中では事実としてとらえられた事なのだろう。そう考えるアニエスのそばで、治癒師が騎士としての実力について問いかけた。
するとテオバルトは「あまり強くない」と返す。
「この王都には魔物も出ないからな。平和な土地にいる騎士が治安維持をしているだけだから実力も何もない。むしろそれを言い出したら帝国騎士であるふたりに笑われるだろう」
テオバルトのその言葉に治癒師は自然とディートハルトを見やる。するとディートハルトは同意するようにうなずいた。
「グレイロード帝国だと魔物とも普通に戦うし、アルマート公国に遠征してまで砂竜退治もやる。騎士の実力云々ってそういう戦場で評価されるものなんだよな。実務能力と戦闘技能は分けられるから」
帝国騎士団の評価だと、と語尾に付け加えつつもディートハルトが語れば治癒師もなるほどとうなずいた。
「しかしそうなると、隊長様の背中を狙える者がいないのは…この王都の治安が良いからということになりますかね?」
「王都下層の治安維持は正しく機能しているからな。有能な衛兵たちと第二部隊の騎士たちによって常に守られている」
治癒師は王都下層で育っているが、治癒師となってからは行かなくなった。毎日が忙しいため、王都上層の竜神殿から王都下層まで行く暇がないためだ。もちろん休日はあるのだが、そんな時こそ図書館にこもって医療に関する勉強をしたい。
そのためシルヴァン・モルレは、13歳で下働きとして竜神殿に入ってから育った孤児院にすら帰っていなかった。だからいま現在の王都下層がどんな状態なのかを彼は知らない。
「わたしが知る王都下層は、かなり治安が悪かったような気がしていますけれども。いつの間にか治安が改善されたということですかね」
「単純な犯罪件数でいうなら、5年前と比べて現在は半数に減っている。その犯罪に関しても酒によった男が乱闘をする程度のものだ」
「わたしが子供の頃は、子供だけで外を出歩く事すらできませんでしたが現在はできるという…」
「さすがにそれは困る」
「ええ…治安が良くなったなら、出歩いても問題なさそうですけどねぇ」
ちょっとした冒険になりそうで楽しそうなのに。そうつぶやいた治癒師に、テオバルトは笑いながら子供だけでは駄目だと首を横に振った。
そうして花祭りを楽しんだ数日後。治癒師であるシルヴァン・モルレは、竜神殿に訪れた王都の民から花祭りで治癒師を見かけたよという話をされる。
しかも目撃者たちはこぞって言うのだ。
「地獄の第二部隊長から、あんな優しい顔を向けられるなんてどうなってるんだ」
その言葉に治癒師シルヴァン・モルレこそが困惑する。あの第二部隊長は顔が良い事を理由に、雑用係である第二部隊の隊長となったはずだ。地獄などと呼ばれる意味が分からないと。
そうしてひとりひとりに返していき、彼は王都下層における第二部隊長の評判を知った。
謎の魔法武具を持つ第二部隊長は、単独で数十人を戦意喪失させる力がある。さらに恐ろしいのは、あの第二部隊長が就任して半年で王都下層に存在した犯罪組織が消えたことだ。
どんな方法を使ったのかは誰もわからない。だが王都下層にたむろしていた悪漢たちが日に日に減っていき、そのうちいなくなった。
そしてそれから4年が経ち、路地裏に行っても恐喝や強盗をする者がおらず治安はかなり改善されている。
だがそれは犯罪組織が消えたこともそうだが、衛兵の数が増やされ、必要な場所に詰め所も建てられた事も大きい。さらに第二部隊の騎士たちが巡回という名目で目を光らせるようになったこともある。
だがそれらはすべてあの第二部隊長が就任してからの話だ。つまりあの地獄の第二部隊長がいなくてはありえないことでもある。
だから感謝してやまないと語る民の話を聞きながら、治癒師は顔を赤らめながら胸に手を当てていた。藍色の神殿服の下には今も青い首飾りが下げられている。




