132. 雑用係の次なる仕事
花祭り翌日、第二部隊長は早朝から王都下層にいた。通常なら見回りを終えて王城で書類の片付けを始める時刻だが、おそらく今朝も副団長が執務室を訪れていただろう。
街が活動を始め、職人たちも仕事を開始する。その時間帯に小さな子供たちの歓声を背に受けながら、第二部隊長テオバルト・ヴェルはモルレ孤児院の施設内を歩く。
「申し訳ありません。噂に名高い第二部隊長様が来てくださって子供たちもはしゃいでしまって」
「子供は皆そんなものです」
王都下層の子供たちは総じて騎士という存在に憧れを抱いている。そのため彼らは遊びの中でも青いマントを背にまとい騎士のマネをするらしい。
そのような事例に関する報告書をテオバルトは何度も目にしている。
そのためこの孤児院にいる子供たちが声を上げようが後ろをついて来ようが気にしない。青いマントに憧れ、将来的に治安維持をする側に立つ子が増えるならそれで良いからだ。
竜神殿から派遣された管理人の案内で施設の奥にある部屋に入る。そこは事務室になっていて様々な書類が山積みにされていた。管理人に聞けば人手不足で書類整理すらままならないらしい。
「原則、国から届いた書類は5年後には廃棄を許される。寄付に関する帳簿は10年」
「わたしはここで育ちましたが、子供の頃からこのような有様でしたよ」
管理人は成人した後に竜神殿へ就職し、正式に管理人としてモルレ孤児院へ戻っている。その事は彼女の名を聞いた時にわかっていた。
孤児院に籍を置く者は孤児院名を姓名に使う。そのため治癒師シルヴァン・モルレもこの孤児院に籍があるということになる。
さらに王城や竜神殿内では、彼らのような孤児院名を名乗る者への風当たりが強い。現に衛兵たちは、孤児院出身という理由で下級騎士にすらなれない。
「これは人員が必要だな」
事務室を囲む勢いで積まれた書類を目にしたテオバルトは踵を返す。そうして扉を開けると、予想した通り先ほどついてきていた孤児院の子供たちがいる。
「君たちの手を借りたい。もちろん任務に対する報酬は出す」
「「やりまーーーす!!!」」
ここにいる子供たちは全員が12歳以下の、下働きもしていない年齢だ。そのためまずは文字の読める者と読めない者にわけて仕事を与えた。
文字の読める者は、書類の年月を確認して十年前より古いものを部屋の外に運ぶ。そして文字の読めない者は部屋の外に置かれた書類をホールへ移動させる。
子供たちが片付け任務を遂行している横で、テオバルトは寄付金に関する帳簿を手にした。孤児院出身者が収入の一部を寄付するのは義務に近い。そのため治癒師も己の俸給がこの孤児院に自動的に寄付されていることは把握している。だが任意ではない寄付は収入の1割と決まっていた。
そして実際にテオバルトが見つけた寄付金の一覧にも治癒師の名は記されているが、その金額は1割程度だ。
「シルヴァン・モルレによる寄付はここに記されている金額だけだろうか」
「ええ、彼もまだ若いからこの程度だと笑っていたわ」
「本人もこちらに?」
「いいえ、彼には嫌な思い出の多い街でしょうし。何よりそこまでのヒマはないみたい。報告書を提出する時についでに竜神殿で会うこともあるけど、本当にいろいろとこき使われてるのよ」
「治癒師が、竜王国騎士団の中で治療の練習をすることがあるとは聞いている。だが他にもまだあるということだろうか」
「それは見習いの話でしょう? 竜神殿で最高の治癒師として認められて、『竜王陛下の治癒師』なんて賛辞を貰う人に練習はいらないじゃない。でも彼は孤児院出身で、しかも若いから。その辺りでいろいろあるみたい。そもそも修練でついた傷を治癒するのって、貴族出身はやらないみたいよ」
30前後だろう管理人のその言葉にテオバルトはわずかに眉をひそめた。
「そういうこともわかるのか」
「街の人々が竜神殿へ治癒を求めて行った時に対応するのはいつも同じだから。平民出身の治癒師だけが対応するから、街の人々もその人たちを評価するの。だからシルヴァンも多くの人に支持されて賛辞を貰うわけよね」
「そうなると、貴族出身の治癒師は仕事をしないということになる」
「そもそも貴族様って、魔力を持たないと結婚できないのでしょう? でも治癒師をしていますって言えば言い訳も立つのよね」
「それは説得力があるな……」
魔力至上主義のこの国の貴族において、魔力を持たないあるいは持っていても弱い子供に価値はない。だから貴族の子女は王立学園で学び、己の魔力を高めてより良い嫁ぎ先を探そうとする。
しかし高める魔力もない者は、その道からはずれて金を積んででも治癒師の肩書を手にするのだろう。そうすれば清らかな印象を保ちながら、異国の嫁ぎ先を探すこともできる。
「ちなみにそういう治癒師の令嬢様方は、シルヴァンも孤児院出身じゃなかったら良かったのに〜って高らかに陰口をおっしゃってますよ」
「それは大変だな」
そんな令嬢たちは、あの治癒師の首飾りを見てどんな反応を見せるだろうか。場合によっては今回の調べ物の邪魔になる可能性がある。
「治癒師として働かない者に俸給を流すことほど無駄なことはないな」
「確かに、そのお金がこちらに回れば子供たちのベッドも増やせそうですよね」
テオバルトのつぶやきに、隣にいる管理人もぼやく。だがその発言が流せなかったテオバルトは書類を確認する手を止めて、目を見開き隣を見た。
「君は何を言っている?」
「ですから、子供たちのベッドが増やせますねって」
「足りないのか? その場合はどこで寝ている?」
「小さい子なら、ひとつのベッドを横向きに使って4人ほど寝られますから」
「寝室を見ても構わないか?」
「もっと汚い場所ですが、隊長様が構わないのであれば」
「構わない。これでも元傭兵だ」
「わーお」
だから強いのですねと楽しげに告げた管理人は書類を置くと、子供たちの間をすり抜け事務室を出る。そのためテオバルトも後をついていけば、自然と小さな子供たちがついてきた。
そうして案内された子供たちの部屋は、孤児院の奥まった場所にある。施設の入口から遠ざかれば安全性は高くなるが、外に出る入口がないからか物が溜まりやすい。
けっして広くない寝室の両脇にはベッド2つ置かれ、真ん中に小さな窓があった。たったそれだけの部屋だが、管理人は6人がここで寝起きしているという。
「難民でもないのにこんな住環境になるのか」
「なりますよ〜。寝心地の良し悪しより子供たちのご飯のほうが大事ですから」
「そうだな。そして俺は、王都下層に何年もいるのに、こんなことも知らなかった自分に愕然としてる」
「隊長様は治安を守るのが役目であって、ここの平和を守るものじゃありませんよ。それにこの4年で周辺の環境が良くなったので、子供たちも外に出られるようになったんです」
そこは感謝していますよと告げた管理人は寝室を出ていく。そのためテオバルトはまた後を歩きながら、窓の外を見た。
4年前まで王都下層には子供の誘拐がビジネスとして存在した。彼らは子供を拉致してはどこかへ売っていくらしい。なぜならこの王都下層には、貴族が捨てた小綺麗な子供が多数いたからだ。
そんな子供たちが連れ去られどこで売られたのかはわからない。
ただおそらく拉致され数が減ることで、孤児院は定められた予算内でやってこられたのだろう。だが人身売買をする組織は軒並みテオバルトが駆逐している。
その結果として拉致される子はいなくなったが、反面で世話する数が減らないから孤児院の予算が足りなくなった。
「帳簿を見る限り、4年前までここも予算内でやりくりできていた。犯罪組織は潰すべきだが、問題はなくならないものだな」
「わたしの姉は悪い人に連れ去られました。顔が良いから高値がつく、と悪い人は言っておりました」
独りごちるように告げたテオバルトの前で、管理人が振り返りにこやかな顔を見せた。
「だからこの街の人間はみな隊長様に感謝しているんですよ。それまでの方々は何もしてくれませんでしたので」
「人には限度があるから手が回らなかったのだと思う」
「では隊長様はその限度がないお方だと言うことですね」
「元傭兵だからできる範囲が違ったんだろう」
「それは頼もしいことです」
自分は頼られるような人間ではない。浮かんだ言葉を踏み潰したテオバルトは、後ろをついてくる子供たちに声をかけた。
「ところで俺は料理が得意ではないんだが、食材を買うことならできる。ここで荷物を運ぶ任務を誰かに任せたいと思う」
「やりまーーす!」
10歳ほどの子供たちが手を上げるので、テオバルトは先にこちらの用を片付けてくると管理人に告げて歩き出した。
ひとまずは数日分の食材の確保が必要になる。その上で治癒師がここ数ヶ月間に寄付した証拠をまとめたら、一度王城へ戻り竜神殿に行くべきかもしれない。
仕事をしない治癒師たちが、シルヴァン・モルレの首飾りに目をつけ奪いでもしては困る。
そんな事を考えていたテオバルトは、孤児院を離れて港地区に向かった。
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竜はあらゆる魔力をかき消し浄化する力を持つ。そのため竜にはどのような魔法も届かない。それは誰もが知る世界の真理だ。
だからこそ人の身で竜と戦うことは不可能に近い。どれほど能力の高い魔法武具を持っていたとしても、動力源である魔力を浄化されれば使えないからだ。
そしてそれは、思想の根源から「竜と対峙する」という意識ない竜王国ですら知っていた。むしろ竜王国民は、治癒できないからこそ竜王陛下は尊く大切だと思っている。
そんな竜王国民でも、称賛の言葉として竜王陛下の名を使うことがある。
そのひとつに『竜王陛下の治癒師』という称号のようなものがある。竜王国内で最も優れた治癒師に向けられる二つ名で、実際に竜王陛下の侍医などをしているわけではない。
ただ民たちが「竜王陛下すら癒せるほど素晴らしい能力だ」と称賛するだけだ。
もちろん勝手に称賛するだけなので、その名を与えられるメリットはない。そしてその呼び名を使い始めるのはいつの時代も国内の多数派である平民たちだった。
治療費を賄えず医療施設に行くことができないとしても、竜神殿に行けば治癒を受けられる。それが平民たちの常識で、竜神殿にとっても当たり前の奉仕のひとつだからだ。
ただその奉仕をすべての治癒師が行うわけではない。
竜神殿に所属する治癒師には実力に応じた序列のようなものがあり、奉仕は主に序列の低い者や見習いが行うことになっている。
そして15歳から治癒師として働いているシルヴァン・モルレは、正しくそれを実力ではなく年功序列だと思っていた。
平民出身の治癒師でも、長く竜神殿に仕える者は上と顔見知りになれる。そしてその上の者に気に入られれば序列も上がり奉仕が免除された。
けれどそうまでして奉仕から逃れる理由はわからない。魔力を持たないにも関わらず治癒魔法を扱える奇跡を得られたなら、それで人を救うのは当然の事だと思っているからだ。
「シルヴァンくん、その首のなあに?」
3日前に腕の骨折で竜神殿にやってきた少年の問いかけに、シルヴァン・モルレは治癒魔法を続けながら目を向けた。子供の骨は柔らかく、治癒するにも集中を必要とする。けれど子供という生き物は不安や恐怖を誤魔化すように治癒師へ話しかけてくることが多い。
「貰い物なのですが、保管場所がないのでつけてるんですよ」
「けっこん?」
「いいえ」
青い石だからそう思うのだろう子供の素直過ぎる言葉を否定しながら、シルヴァンは患者である少年の腕に目を落とす。
シルヴァン・モルレは色彩だけなら貴族のそれに近いらしい。暖かなクリーム色の髪や緑に近い瞳も平民にはない色だと。だがその言葉は、孤児院出身のシルヴァンにとっては無意味なものだった。
その色でご飯は食べられないからだ。むしろ子供の頃は、この色のせいで何度も街の悪漢に捕らわれかけているので厄介としか思っていなかった。
ただ治癒師として働くようになると、人に覚えられやすいという利点は得た。おかげで治癒に関する話もしやすい。
「はい、終わりましたよ。これで治癒は完了です。もうここに来なくても大丈夫ですが、ケガには気をつけてくださいね」
治癒を終えて少年にいつもと変わらない言葉を向ける。そうして相手から礼を言われると、後ろに並んでいた男性が椅子に座った。聞けば仕事中に腕を切ったらしい。傷の具合を見たシルヴァンは消毒をした後に治癒魔法を向ける。
竜神殿の聖堂横には、治癒を求める民のための建物がある。そこには連日多くの人がやってきては少しの寄進を払って治癒を受けていた。もちろん持ち合わせのない者から寄進を取ることはないし、人によっては農作物を置いていく者もいる。
白亜の壁に囲まれた施設の中は衝立で3箇所に区切られ、中に入った民はそのどれかに並ぶ。そうして3人いる治癒師から治癒を受けて帰っていく。
そうして治癒を受けた民たちは施設の外に出ると、日当たりの良いその場所で自分のケガや治癒について雑談をしていた。ただその日は、竜王陛下の治癒師の首に下げられた青玉に関する話題に支配される。
ついに婿入り先が決まったのかと喜ぶ声や、あれは求婚というより恋人からの贈り物だと言う声もある。水滴に似たあの形は『竜の涙』と呼ばれるもので主に学者がつけるらしい。なのでまだそこまでの関係ではないだろうがめでたいことに違いない。
そんなことを語り合う人々の輪は、新たに治癒を終えた者も加わりさらに広がっていく。
そうしていつの間にかその噂は竜神殿内で働く者たちの耳にも届き静かに広がっていく。




