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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
135/165

127. 盗賊の頭は今回も2人でピクニック

 風の月23日。ホワイトパレスでの話し合いを終えた9人の侯爵が帰宅しようとしている頃、生徒会長のアドリエンヌは馬車の停留所で父から事の真相を聞いていた。

 音楽室で起こった爆発事故は、ディートハルトがマティアスを救うために起こしたことだった。それは知ってたが、それから先が恐ろしい。



 現アンベール侯爵が起こしていた過去の事件。それらは食堂で初めてテオバルト・ヴェルと出会った時に聞いた話と繋がる。弟を殺害し、さらに別の弟を追放している。

 さらに今回は息子オリヴィエの起こした事件をもみ消すためにテオバルトに刺客を送り込み殺害しようとした。その状況で生き残れたのはテオバルトが優秀であることに他ならない。

 かくして数々の犯罪行為が発覚したアンベール侯マルセルは爵位剥奪の上に投獄が決まる。


 だがそれら情報は今年度の卒業式まで秘匿とされなければならない。


 それはすべて偽のラピスラズリと彼女にはべる3人の侯爵子息を刺激しないためだ。特にオリヴィエは、父が投獄され己の地位も失うとわかれば何をしでかすかわからない。もしかしたら今度こそマティアス・ローランを殺害する可能性もある。


 だからいま知ったことは誰にも言うなと命じられたアドリエンヌは、恐怖心を抱えたまま生徒会室へ逃げた。

 第二校舎2階の奥にある生徒会室の扉を開けて中へ飛び込む。そうして誰もいない室内で、震える足を眺めながら大きくため息を吐き出した。


 マティアスはまだ生きていたから良かった。だが既に誰かが死んでいて、何も知らない自分が殺人犯のそばにいたなど恐怖しかない。


「なにやってんだ?」

「ひゃあ!!! あ、………え」


 誰もいないはずの部屋に聞こえた低い声に悲鳴を上げたアドリエンヌは、視線を前に向けて硬直した。

 恐ろしいほど大柄で粗暴そうな雰囲気のその殿方は、昨年度もこの部屋に現れて生徒たちにエクレアを食べさせてくれている。


「イリアンデ、さま……? なぜこちらに?」

「この部屋にいれば誰か来るだろ。エクレア好きなうるせぇガキとか、本に詳しいアイツとか」

「ええ、そうですね。もう少ししたら、来るやもしれません」


 相手は知り合いだと認識した途端に安堵感が胸に満ちる。そうしてふとアドリエンヌは昨年度の戦闘実習のことを思い出した。


「イリアンデ様、昨年度の戦闘実習におかれまして帝国騎士団へ救援要請をしてくださり誠にありがとうございました。おかげで多くの命が救われました」

「そんなことしてねえ」


 礼を言ったそばから否定されたアドリエンヌはきょとんとした顔を見せる。


「されましたよね? ローティス・フィレント様から聞いておりますよ?」

「してねぇ」

「ですが」

「おれは盗賊の頭だぞ。貴族のガキを助けるために頭を下げるなんてやるわけねぇだろ」


 全力で否定するイリアンデに、アドリエンヌは自然と笑ってしまった。口元に手を当てコロコロと笑っていると背後で扉が開く。


「まぁ、アドリエンヌが声を上げて笑っ…」

「あらあら! イリアンデ様ではないの!」


 アドリエンヌの親友たちが現れると急速に室内が華やかになる。大柄な部外者を恐れない彼女たちは生徒会長の執務机に座る男性の元へ駆け寄った。

 特にミリュエルはイリアンデの手を取り美しい笑顔で軽やかに礼を言う。


「戦闘実習ではありがとうございました。おかげで本当に助かったのですよ」

「だから、それはおれじゃねぇって」

「あらあら、照れておられるの? イリアンデ様が本当はお優しいのに感謝を向けられることを苦手としているのは知っているけれど」

「おまえはマジで手加減しろ。そのついでにでかい皿を出して机の上のやつを食えよ」

「またお土産を持ってきてくださったのね? さすがイリアンデ様は優しくてあられるわ」


 イリアンデの言葉を聞いたリゼットが、棚から大皿を出してくれる。その様子を眺めつつアドリエンヌはイリアンデの元へ近づいた。


「それで、今回はどのようなご用件でしょうか? 新たなお土産の本をブリジットに?」

「いや……アイツには前ので感謝されたからいい。むしろ今回は竜王国に行ってるってバレるほうがヤバい」


 イリアンデの言葉にアドリエンヌは首を傾げた。品行方正であれと育てられたアドリエンヌは腹芸が苦手だ。そのためここでも相手の言葉の裏を読み取ることができない。

 そこでミリュエルがなるほどと笑った。


「あのロイス様、本当にお可愛らしい方でしたものね。騎士に見えるはずもないその洗練された所作を隠すこともしない。だからアンベールを殺しにきた最強の殺し屋さんだとしても、本当に独りでは来られない。ローティス様がピクニックの同行をお願いしたのね?」

「おまえはマジでオンナ宰相かよ。けどだいたい当たりだ。単独行動したいアイツを宰相が説得しておれらを付けた。だから十将軍はこのピクニックを知らない」

「イリアンデ様の想い人は十将軍の方なのね」

「そんなんじゃねぇ。命の恩人ってだけだ」

「次の戦闘実習でお会いできるかしら?」

「無理だろうな。ガキの実習ごときのために騎士団長と副団長の両方が国を離れることはねぇから。で、ディートハルトが学校ぶっ壊したから次は騎士団長が来る」


 イリアンデの憶測に、ミリュエルは大きな瞳をぱちくりとしばたかせた。そのそばでブリジットがリゼットの出した皿にエクレアを大量に積んでいる。さらにこれはリリを呼ぶべきねと笑った。


「ディートハルト君のお母様は来られないの?」

「ハーティが来たらディートハルトが死ぬだろ。躾で窓の外にぶっ飛ばすヤツだぞ。それに……」


 ふと言葉を途切らせたイリアンデは顔をしかめる。


「おまえら、宰相が一晩で国を消した話を知ってるか?」

「それならリリやアニエス君から聞いているわ。ローティス様と初めてお会いした頃に」

「それ、おれが宰相にピクニック行くとか言われて連れて行かれたんだよ。10年前の話だ。ああ、そのエクレア食って良い。おまえたちも適当に座れ」


 この話は長くなるから告げたイリアンデは、アドリエンヌにも座るよう勧めた。そうして令嬢5人が座るとイリアンデはため息をひとつ吐き出す。


「消した先はカマラ王国とかいう。当時はグレイロードの敵対国だった。そいつら、グレイロードを攻撃する用の兵器を開発して難民を標的に試し打ちしたんだよ」

「お菓子を食べながら聞く話ではないみたいね」

「残酷な話はこれだけだ。食っていい。おれは周りを索敵して、宰相は派手に魔法をぶっ放しやがる。最終的にはカマラ王国の城に山みたいなのを落として終わりだ。まぁそこは、投石用の兵器で試し打ちしたヤツに意趣返ししたかったんだろ。そこらへんはどうでもいい」

「国を消すことがどうでも良いと言えるほど、難民の方々は悲惨だったのね?」

「100人以上が虐殺されたからな。しかも難民どもは、なけなしの金を集めて傭兵団の護衛も雇ってた。グレイロードに逃れて生き延びるためにな。けどその難民も傭兵団も全員が死んだ。翌朝になって帝国騎士使っていろいろ片付けてたら、ソイツが見つかった」

「怖いものです? わたし、今からエクレア2個目を食べるところなのだけど」

「何個でも食えよ。見つかったのは16のガキだ。背中に矢が刺さった傭兵どもの死体の山に埋もれてた。つまり傭兵どもは、そのガキを守るために覆いかぶさった状態で背中を射られてる。まぁ……あの傭兵のオッサンはそういうヤツだからいい」

「亡くなられた方はイリアンデ様のお知り合いで?」

「闇王と戦うのを手伝うのにブラマ行った時にな。傭兵の中では有名人らしいが、本人は気さくなオッサンだ。けど元傭兵のハーティが一番親しかった。ガキの頃に何度か一緒に仕事したとか聞いた。そんなヤツが、バカみたいな虐殺で死ぬなんてないだろ。ハーティは大泣きだよ。それで、保護された16歳のガキのことも、ガンスが命懸けで守ったから自分の養子にするって聞かねぇ。まじで。ロイスが本人の意思が大事だって言っても聞かねぇ。ガンスは兄貴みたいなものだからって泣いて手に負えない。でもそもそもその16のガキも、その時はしゃべれなかったから意思も何もない」


 エクレアを食べていたミリュエルが眉を寄せて食べるのを辞めた。


「そっちの話のほうが食べにくいわ。それで、その子供はどうなったの? 10年前に16歳なら今は26歳よね?」

「帝国一番の魔法騎士が、引きずって鍛え直して2年かけて人間に戻した」


 イリアンデのその言葉に今度はアナベルが目を見開く。


「それはもしや白の騎士カイゼスト・ラスウェル様なのではありませんか? ビタン王国時代は狂気の白い刃と呼ばれていたという…」

「そういうのも詳しいのか。すげぇな。まあけど、そうなんだよ。ラスウェルに騎士として鍛えられたそいつはその後で帝国を離れた。自分のような弱い人間には帝国から向けられる地位はふさわしくないらしい。けどまぁ、人間は絶望し過ぎると頭がおかしくなるからな。しばらく自由に旅でもさせればいいと思ってたらこの国で騎士やってた」

「白の騎士から教えを受けるほどの方が竜王国騎士団に…? もはや騎士団長にもなれそうですね?」

「本人は雑用係させられてた。しかも身体がなまってるからって、アニエスに戦闘実習に行くとか言ってるらしい。なら戦闘実習にハーティは出せねぇだろ。あのガキを見たら泣く」

「それは……そうだわ」


 最初の部分に戻ったことでミリュエルは納得する。


「テオバルト様、お顔は良いのに自己評価が無駄に低いのはそのせいなのね。女子生徒たちがどれだけ騒いでも、それをご自身の魅力と認識しないのだもの」

「頭おかしいからな。まぁそういうわけだから、おまえらは適当に食ってりゃいい」


 自分は帰るからと立ち上がったイリアンデは、本当に大きく見える。そんなイリアンデは眉を寄せたまま、ソファに座っているアドリエンヌを見やった。


「怖いもんはもういねぇんだし、甘いもん食ってなんとかしろ」


 その言葉を受けたアドリエンヌは、この部屋に入った直後のことだと自覚した。とたんに顔を朱に染めたアドリエンヌは立ち上がり、窓枠に足をかけるイリアンデを見送る。


「話してくださってありがとうございました」

「おまえらが質問しまくるからいけねぇんだよ。むしろ盗賊の頭に礼なんて言うな」


 そう告げたイリアンデは窓の外に飛び出していった。それを見送り窓を閉めたアドリエンヌは自然と笑みをこぼす。世の中には本当に不器用な人が多いものだと思ったのだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 仕事を終えて王都下層を歩いていたテオバルトは、背後に現れた気配へ刃を向ける。


「ちょっとちょっとテオ君!」


 無数の刃が闇夜の下に浮かんで相手を囲む。その中で影から現れた長身の男は苦笑いを浮かべていた。髪の色を隠すように頭に布を巻きつけたその男を目視したテオバルトは浮いていた刃を戻す。刃たちは連結されて一箇所に収まると剣の形となった。


「ブレグストさん?」

「そうだよ。君の優しいお兄ちゃんだよ」

「俺の兄だったことはありませんが」

「君のその受け答えの冷淡さは、もはやラスウェル君の息子を名乗っても許されるレベルだね」

「そんなおこがましいことはできません。それよりなぜ……ああ、音声証拠を集めたのはブレグストさんですね。黒狼団を始末する場でイリアンデさんにすべてを任せて悠長に話していた」

「テオ君、君がイリアンデ君になついていたのは知ってるよ。でもその認識はどうかな。お兄ちゃん今回もしっかり働いたからね」

「港湾商業区の賭博場で起きた殺人事件はおふたりの犯行でしょうが、あれも『労働』ですか?」


 テオバルトが真顔のまま問いかけた先で、ブレグストは笑いながら両手をあげた。


「あれは裏で人身売買をやってたからね」

「ブレグストさんは、事件翌日、バルニエ伯爵を王都中層にある娼館へ売ったと認識していますが」

「テオ君が有能過ぎて怖い。でもアレは仕方ないことではあるよ。そうしないとあの男は娘ちゃんたちを売りさばいたからね」

「そうでしょうね。俺もそれがわかったから報告することを辞めました。賭博場の件に関してはイリアンデさんの独断ですね。あの人は人を不幸にする行いを許さない悪党の方なので」

「テオ君、お兄ちゃんは?」

「ブレグストさんは由緒正しい悪党です」

「なかなかな褒め言葉をありがとう」

「それで、ブレグストさんはなぜここに?」

「テオ君がここを歩いていたからだよ」


 ブレグストのその言葉にテオバルトは真顔のまま首を傾けた。そんなテオバルトの動きに合わせるようにブレグストも首を傾げる。


「俺がここを歩いていたら、何か問題が?」

「え? 今夜の君って、ローラン侯爵のところに行くんだよね? ほら、小さなお友達が」

「ああっ!!!!」


 本気でそのことを忘れていたテオバルトは、ブレグストの言葉に声をあげた。


「忘れてました」

「そうだよね。わかるよ。そこが君の可愛いところだ。でも早くしないと小さなお友達が寝ちゃうよね」

「そうですね。ここから王都上層まで飛んでいてたとして…」


 風属性魔術で飛べば王都上空まで一気に行ける。だが夜間にそれをやったとして、暗い夜空でローラン侯爵家を探して着地するのに時間がかかるか。そんなことを考えるテオバルトは、唐突にブレグストから抱きしめられた。


「ブレグストさん?」

「ちょっと飛ぶよ」


 戸惑うテオバルトの視界へ緞帳にも似た闇が降りて閉ざされる。だがその闇色の幕は一瞬で降ろされて視界が切り替わった。

 視界に広がるのは王都上層ならではの閑静な住宅地と、そこに鎮座する巨大なローラン侯爵家だ。それを見ながらテオバルトは思わず「すごい」とつぶやいた。

 そしてそんなテオバルトから離れたブレグストは笑う。


「テオ君のそういうところは変わらないね。魔法武具やらなんやら知らないものを見る時だけ目をキラキラさせて」

「知らないものを見聞きするのは好きなので」

「そうだね。君は知識欲が旺盛で、遠くを旅した人の話を聞くのが大好きで、さらに冒険譚なんて大好物だった。君と同じくらいの年の子供が下級騎士を名乗って治安の悪い歓楽街に飛び込み、盗賊の頭ふたりと堂々と渡り歩く話とかね。君は覚えてるか知らないけど、その話を聞いた翌日に君、歓楽街で迷子になったからね」


 お兄ちゃんは君の捜索に走らされたんだよ。と苦労話のように語るブレグストに、テオバルトは目を見開いたまま首を横に振った。


「覚えてないです」

「そうだよね。あの時の君はそういう状態だったから知らなくて仕方ない。でも、我らが陛下はきちんと覚えてるよ。アンベールだの黒狼団だのどうでも良いけど、君のことは大切に思ってる。だから君も少しは思い出してあげなよ」

「そう……ですね。申し訳ない、ので」

「ちなみに壊れた時の君が最初に話した言葉はなんでしょーう」


 遠い過去にあったきらめく思い出を罪悪感で潰そうとしたテオバルトに、ブレグストがふざけたような口調で問いかけてきた。そのためテオバルトはキョトンとした顔で首を横に振る。


「それも記憶にないです」

「当時の君にとってあの大陸の人間みんな敵だったじゃない? まあそれは仕方ないんだけど。だけど君というか、この国の貴族には馴染みの色があるよね。例えば鮮やかな金色の髪とアクアマリンのような瞳だったり」

「確かに、それは竜王国貴族の中でも上位の家でしか出ない色彩です」

「そうだね。そして16歳で心が壊れていた君は、その懐かしい色を見るまで誰の声も聞けない状態だったんだ。でもそんな君の前に現れたんだよ。むしろあの方は、君のためにその姿を晒してくれたとも言うね。で、君に言ったわけ。『はじめまして。僕はマルク・ローランだよ。君は?』って」


 その名を耳にしたテオバルトは素直に驚いた。そしてそんなテオバルトの反応にブレグストもうなずいて返す。


「あの時の君も驚いてたよ。だから答えは、きっと君がいま思い浮かべた事と同じだよ」

「竜王国の神童は、幼い頃に憧れた人でした。もし会えたら魔法の話や天啓の謎や、様々なことを聞きたかった」

「確かに君はベラベラしゃべってた。そして僕はそのひとつも理解できなかった。でも君の憧れはその質問にすべて答えてくれた。そこから思い出しても良いかもしれないね」

「それは思い出さなければ申し訳なさ過ぎますね。あのマルク・ローランとの会話を忘れてしまうなんて」

「でも……なんだっけ? あの時、あの方は君に本をくれるって言ってたよね。書斎の奥にある青い棚に隠してあるとかなんとか。まずは小さなお友達とそこを探してみたら良いよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 たくさんのヒントをくれたブレグストに礼を告げたテオバルトは、足の向きを変えるとローラン侯爵家の門を抜けて玄関に駆け込み扉を叩く。




 遠い視界の中で、青いマントの騎士が扉を開けた執事に迎え入れられるところまで見守ったブレグストは、闇の中にその身を消した。


 一瞬の移動の後に港地区にある酒場の前に出ると、何事もないように酒場に入り仲間のいるテーブルに向かう。


「やあお疲れ、イリアンデ君は何を食べてるの?」

「魚」

「料理名を聞いてるんだけどなぁ」


 テーブルの上に置かれているのは焼かれた魚が2種類と、木の器に入れられたスープ状の何かだ。

 壁を背にして座るイリアンデは、つまらなさそうにスプーンとフォークの先端で骨を取り除いていく。


「イリアンデ君、もしその作業が好きなら僕の魚もやってほしいなぁ。僕はそれちょっと無理かも」

「なら骨ごと食えよ」


 イリアンデは店員を呼んで同じ物を注文する。すると間もなくイリアンデが飲んでいるのと同じ酒が運ばれてきた。

 そのためジョッキを傾け少しずつ飲みながらも、やたら魚から骨が除去されていくのを眺める。するとそこでつまらなさそうな顔のままイリアンデから問われた。


「それで?」

「ん?」

「テオバルトと会ったんだろ。少しでも人間に戻ってたか?」

「うーん、6年前に帝国を離れた時より悪化してたかなぁ。まあけどそこは仕方ないよね。アンベールとかいう実の兄から毎晩のようにゴミを送られてきてたわけだから」

「昔の記憶に触れりゃあ戻るのは仕方ねぇか…」

「だから僕たちしか知らないキラキラなほうの悪魔様のことを話したよ。そうしたら一気に昔のあの子に戻ったから、そこはさすがだね」


 キラキラなほうの悪魔とは、帝国宰相の本当の姿である。

 あの男はなぜか子供の頃からずっと魔法武具で髪や目の色彩を黒く染めていた。それこそ「ビタン王国の神童」と呼ばれていた少年時代からだ。しかもその頃から一貫して魔法など使わずにいたから、ビタン王国の神童は聡明だの博識だのと言う褒め言葉しか存在しなかった。

 だというのに、あの男は10年前にピクニックへ出かけたカマラ王国で、その本性を余すことなく出したという。


「あの悪魔は、10年前の時点で件の傭兵団の中にテオ君が入っていたことでも知ってたのかな? 僕たちでも知らない……まぁテオ君のことを知らないんだから手にする事もない情報ではあるけど」

「宰相だから知ってたんだろ。山みたいなもん空から降らせて王城をぶっ潰すなんてわけわかんねぇ魔法をやってまで」

「ちなみにイリアンデ君、その時の悪魔様ってそれで魔力なくならなかったの?」

「宰相はあの杖に何年も魔力を溜め込んでるから、そこから出せば無限に魔法が撃てるらしい」

「うーわ、えげつない。ビタン王国時代に敵に回してたら歓楽街なんて確実に死んでたね」

「そもそもアイツは、歓楽街の敵にならねぇだろ」


 つまらなさそうな顔でも会話を続けてくれるイリアンデは、料理が運ばれてきたことで視線を動かした。そこで会話が中断して、店員がやって来て料理が置かれるのを眺める。

 魚をそのまま塩焼きにしたものと魚介のシチュー、さらに魚と香草の塩蒸しが出された。どれも魚ばかりで食べるのに手間が掛かりそうな一品ばかりだ。


「イリアンデ君、この街ってお肉がないの?」

「そんなもの普通にあるだろ」

「なのにそんな小骨の多いものを頼んじゃうんだ」


 小骨を除去する時間を加味すれば、それだけこの場所に長居できる。そうすると必然的にふたりは周囲に満ちた噂や情報をより多く入手できるだろう。

 イリアンデもそこを考慮しているのだろうがと考えるブレグストの目の前で、ふたりの料理が交換された。

 ブレグストの前には小骨が除去された魚が置かれ、イリアンデは再び魚をバラして小骨を取る仕事を始める。


「イリアンデ君って小骨を取る仕事好きなの?」

「そんなわけねぇだろ」

「それもそうか。じゃあこれは善良な3代目イリアンデ君からの優しさってことだね」

「目の前にいるクソ面倒な野郎と絡むようになって16年も経つ。どれだけ信用してなくても、そろそろおまえがおれより年下で、そこそこ甘やかされた世界で育ってきたくらいはわかる」

「えー? 僕って正統派な悪党扱いされる人だよ。平和な世界なんて知らないデンジャラス人生だよ」

「それは前のブレグスト・ガイヤールが死んでからだろ。つまり両親かなんかが死ぬまではそこそこ平和に生きてた。だからワガママでいられる」

「それは褒めてるのかなぁ」


 小骨を除去された丸焼きの魚は、海の魚だけあって脂が乗っていて美味しい。大陸内陸部で生まれ育ったブレグストにとって人生何度目かの海の魚だ。

 だからと魚を食べながら少しずつ酒を飲む。そんなブレグストの目の前で、イリアンデはつまらなさそうな顔のまま小骨をコツコツと除去していた。


「イリアンデ君って、副団長君以外にも優しくできるんだね」

「おれがリシャルに優しくしたことはねぇよ」

「子供の頃の命の恩人だった幼い女の子が、実は男の子で今は副団長様だもんね。それはもう大好きになっちゃうよね。今回のお土産見つかった?」

「ロイスを連れ出したってバレたらクソ怒られる」

「あーーーー、確かに融通がきかないからーー」


 確実に怒られると笑ったブレグストは、大好きの部分は否定しないのかと内心で思う。だが目の前のこの男は昔からそうなのだ。


 数十年前、ビタン王国が豊かだった頃の時代の歓楽街は2大勢力が争っていた。だがその次の代になる頃にはビタン王国が戦を繰り返すようになり王都も疲弊し、争う余裕が無くなった。


 けれど重税などで疲弊したのは平民だけで、租税されない貴族は別だった。彼らは毎日のように歓楽街にやってきては貧民や平民を拉致し、暴行し、時には土地を奪って居場所をなくさせる。そのためそれぞれの盗賊の頭は貴族を相手にしなければならなくなった。

 そんな時代に歓楽街を守るべく2代目のイリアンデが当時のディラン公爵と交渉したらしい。その結果、ディラン公爵は歓楽街全域の土地を正式に買い占めた。そうすることで歓楽街はディラン公爵家の私有地となり、貴族の横暴は激減する。


 けれども激減したとは言え無くなることはない。そんな貴族の暴挙で両親を殺され4代目ブレグスト・ガイヤールを継承した彼は、人を信じない若者だった。

 貧民は貧しさを理由に人を傷つけることもある。さらにそれで傷つけられた人間は、歓楽街の人間であることを理由に医療施設の利用を断られる。

 貴族の横暴は何があろうと変わらず、さらに国家はそんな貴族たちによって構成された人間が動かしている。だから世界は理不尽なまま変わらない。

 それなら自分が悪の頂点に立ち、歓楽街も無法地帯の状態であるほうが良い。国家の介入しない街で貧民は己たちの力のみで生きていく。もちろん生き抜く力のない者は死ぬが、横暴な国に殺されるよりは良いだろう。


 そうして発展していく歓楽街だが、ビタン王国がなくなり新たな国が建った直後に変化が訪れた。そのきっかけとなったのは当時15歳の少年だ。

 下級騎士のロイスを名乗る少年が単身で歓楽街にやってきて、当時は敵対していた盗賊の頭ふたりに向けて言う。


「歓楽街を壊しに来ました」


 その瞬間からふたりの盗賊の頭はロイスを敵認識する。後から思えばそれすらも、あの賢しい建国王の罠だったのだろう。


 実際にそれから16年経った現在では、もうひとりの盗賊の頭と仲良く海外旅行などしている。


「イリアンデ君、やっぱり小骨取るの好きだよね?」


 酒か何かで蒸された魚料理も小骨を取られてブレグストの前に置かれる。

 それを眺めたブレグストは改めて問いかけた。すると自分の皿の魚を解体しようとしていたイリアンデが手を止める。


「面倒に決まってんだろ」

「なのに僕のために小骨を取ってくれたんだ?」

「手先の不器用なクソ野郎がやるより早いからな」

「なるほどねぇ。僕が君を大親友と呼ぶことを許す時期にきたということだね」

「絶対無理」

「ええ? こうして旅行までしてる仲なのに」

「これはピクニックだろ」


 宰相の指示により行われた、竜王国貴族を総べる侯爵家を破壊するための遠征。その恐ろしい作戦を軽やかな単語で表現するのはこの世でも帝国宰相だけだろう。


「でもこの魚は美味しいから良いよね」

「おれはまだ食ってない」


 いまだ小骨を取り続けているイリアンデは、ブレグストに目をつけることなく言う。


「おまえの右斜め後ろのテーブル。魔鉱石の取引してやがる」


 つまらなさそうに小骨を取りながら、イリアンデがさらりと告げた。その言葉にブレグストは人の良さそうな笑みをこぼす。


「今夜も熱い夜が過ごせそうだね」


 楽しげなブレグストとは対象的にイリアンデは億劫そうにため息を吐き出した。




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