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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
134/168

126. 魔力剣は最強の魔法武具

 風の月23日の午後から授業に復帰したマティアス・ローランは、クラスメイトたちから髪が乱れるほど頭を撫でられた。貴族の子息ではありえない乱雑な洗礼を受けたマティアスは、言葉こそ出せないものの嬉しそうに微笑んでいる。


 それを脇で眺めていたディートハルトは、クラスメイトたちから次々と手を叩かれた。あげく一部のクラスメイトはディートハルトの肩に腕を乗せる。


「それで? 犯人のほうはどうなってるんだ?」

「オレの校舎ぶっ壊しがわざとだって読み取った人が来てるから大丈夫」

「はー? おまえアレわざと壊してるのかよー! 極悪じゃーん」


 とんでもない悪党だとクラスメイトたちは楽しげに言う。しかしそれでもまだ気になることがあるらしい彼らは、午後の授業が終わっても教室にとどまっていた。


 そんなにぎやかな教室へ、不意に華奢な体格の若者が現れる。帝国騎士団の騎士団服をまとい、平然と教室に入ってきた若者に気付いた生徒たちはまずその整いすぎた顔に目を奪われた。

 まるで精巧に作られた人形のような顔は、女子生徒であれば目を奪われるだろう。毛穴などないような艷やかな白磁の肌もさることながら、けぶる長いまつげもその奥にひっそりとある黒曜の瞳も人の目を引いてやまない。


「ラディウス殿!!」


 それでも侵入者に気づかない者たちでにぎやかな教室内に、アニエスの声が響いた。教室の後方にいたアニエスは駆け足で若者の元へ向かう。


「どうされたのですか。ここにはロイス殿はおりませんが」

「ディートハルトの器物損壊についてだ」

「えええと、ラディウス殿。あれは殺人未遂事件が発生した際に被害者を救助するために……」

「その事件の揉み消しを防ぐために行った犯行だろう。そんなことは承知している」

「では!」


 今回の事件の加害者は、この国の貴族社会の頂点たる侯爵家の人間だ。だからこそディートハルトは苦肉の策として破壊行為を行った。

 それがわかっているなら責任などとはならないだろうとアニエスは笑顔を見せる。その間にディートハルトも駆け寄りアニエスの隣に立った。


「ラディウスさん、あれでもわりと手加減したほうだよ」

「加減をしたしないは関係ない。破壊行為を行った貴様には6ヶ月間の減給と1年の出仕停止処分が決まった」

「重い!!!! すごく重いです! 親父がそんな怒るわけないのに!」

「だから私が処分を決めた」


 作り物めいた美麗の若者の言葉にディートハルトは落ち込んだ顔ながらアニエスを見やる。すると思案顔のアニエスが質問を向けた。


「出仕停止とは、王城グレイトホールドへ行くことができないということですよね? 騎士資格が剥奪される等ではなく、城へ行けない」

「ああ、登城は許されない」

「しかし現在のディートハルトは、このように竜王国で留学中です。その場合、その罰はこの王立学園を卒業した後に発動するものですか?」

「あらゆる処分は命令書が発行された日から始まっている」

「つまりディートハルトの留学期間中に1年が終わる……と」

「そういうことになる。だが夏季休暇だろうとも戻ることは許されない」


 そう告げながら若者はゆったりとした足取りでやってきたリリを見た。とたんに若者は目を細めて微笑をこぼす。


「少し見ないうちに大きくなったな」

「ええ、おひさしゅうございます。ラディウス・トールデン様」


 リリは若者へ向けて、これまでこの学園では一度もしなかった最上位のカーテシーを見せた。その美しい所作は、クラスメイトたちにも改めて砂糖菓子の正体を思い知らされる。


「此度ロイトヒュウズ陛下にはご足労をおかけし申し訳もございません。それに赤の魔力剣たるあなた様にも、このような場まで来ていただきまして申し訳なく思います」

「それは構わない。私としてもおまえの様子が知れて良かった。恋も執着も類似した人の感情だが、その相手が傷つけられたおまえの怒りはいくばくだったか」


 そう告げた若者は、手袋に包まれたその指の背でリリの頬に触れる。


「よくぞ竜の衝動を抑え込んだ」

「ええ、ディーがおりましたもの。それに……幼い頃、わたくしにエーム大陸のお菓子の話をしてくれた方がおりました。わたくしの可愛い子犬を守り救い、今回の敵と向き合ってくださったのです」

「それは7歳のアウグスティーンが求婚した相手ではなかったか? 深淵の学舎を3年で卒業した天才と学舎長から聞いている」

「ええ、テオバルト・アンベールですわ。ですからラディウス様? 帰国された際にはアウグスティーンにお伝えくださいましね? 今回も不埒なことを言ったならわたくしの拳が行くと」

「セレンティーヌ、淑女は王太子を殴ろうとしないものだ」


 若者―――ラディウスは真顔のままリリに注意を向けている。だがアニエスとディートハルトは思わぬ事実に顔を見合わせた。


 この国で俗に雑用係と言われる第二部隊の長をしているテオバルト・ヴェル。あの強く聡明な騎士は、実はアンベール侯爵家の人間だったらしい。

 しかもリリは最初からそれを知っていたから、安心してマティアスを任せていたようだ。つまり彼女にそう思わせるだけの実力が、大昔からあったということになる。


「さらにテオバルト様は今年度の戦闘実習に参加されると聞きました。ですのでおじ様には、のんびりとミリュエルお姉様とのピクニックを楽しまれたら良いとお伝えくださいね」

「未成年の淑女と楽しめと言われれば宰相も困るだろう。それに宰相は、前年の事を加味して遠征計画を立てている。逢瀬を楽しむ暇はないだろうな」

「テオバルト様がおられるのにですか?」

「私が魔女なら今年度の戦闘実習までに大量の魔物を作る。アニエスの報告書にあったが、ディートハルトは二度も魔女と遭遇して正面からけなしているのだろう。輩共にケンカを売るような考えで」

「当然の行動だよ!」


 ラディウスの言葉にディートハルトは挙手して宣言した。


「あんな娼婦みたいな女がラピスラズリ呼ばわりとか無理じゃないか! オレは無理だよ! 気持ち悪いよ! だから本人にもラピスラズリを名乗るなって言ってやったよ!」

「さすがディートハルト、過激が極まってるね」


 ディートハルトの告白にアニエスが笑顔を見せて、リリも笑う。だがラディウスは微塵も笑わない。

 表情の片鱗すら見せることなくディートハルトやアニエスを見やる。


「ラピスラズリではないと公衆の面前で言い放った。周囲を洗脳したい者にとって、そんなディートハルトは邪魔な存在だ。となれば戦闘実習を利用して殺しに来るくらいはするだろう」


 刺激をすれば返されるのは当然の話である。そう言われたディートハルトは嫌そうな顔で手を降ろした。


「オレの考えが足りなかったわけだ……」

「次は何を作るのか知らないが、闇竜はもう現れないからその点は安心して良い」

「そうなんですか?」


 生真面目で何事も楽観視しないラディウスのその言葉にアニエスは驚いたように問い返した。するとラディウスは珍しく沈痛な顔を見せる。


「材料がなければ闇竜は生まれない」


 それはもうこの近隣に野生の竜はいないと言っているようにも聞こえた。だがラディウスはリリの頭を優しく撫でると「仕方ないことだ」と言う。


「古代種を除けば、人に化けられる竜は少ない。そんな竜は人に紛れ人の街で物を買い、竜の姿に戻り山を超えて金竜の里へ運ぶ。そうすることでその竜は何色の鱗であっても金竜たちの里で居場所が得られる。竜は基本的に単体で活動するが、それは群れられるほど個体が多くないからだ。だから他の色の竜に受け入れてもらえるのは僥倖なことだろう」

「しかもその相手が平和を尊ぶ金竜ならなおのことですね。それなら荷物運びもしたくなる」

「だがそれをしていた竜が死んだのだ。竜王国と金竜の里を結ぶモノが死んだ。その状況で金竜たちが異変に気づくのはいつになることだろうな」


 金竜も数年はその竜が死んだことにすら気づかずにいるだろう。そこまで話したラディウスは改めてリリを見た。


「おまえはふたりに守られ健やかに過ごせ」

「承知いたしました。お気遣い痛みいります」


 ラディウスから向けられた優しい言葉にリリは緩やかに微笑み返した。



 そうしてラディウスが立ち去ると、リリたちの元へオレリアがやってきた。今日も黒髪ツインテールを揺らすオレリアは怪訝そうな顔をしている。


「さっきの人も帝国騎士? すごく……何ていうか、お綺麗な顔だったわね」

「ラディウス・トールデン様は赤の魔力剣だよ。ロイトヒュウズ陛下が持っている魔力剣の実体映像だね。だから華奢なその身でもとてもお強い」


 オレリアとは見ている場所が違うアニエスは騎士ならではの説明をくれた。だが唐突に伝説の武具が出てきたことに驚いたオレリアは、リリとディートハルトをも見やる。


「この世に7色しかない伝説の武具? それにしては3人とも普通に会話してたわよ?」

「ラディウスさんは、オレらが生まれる前から玉座の隣にいる人だから慣れてるよ」


 オレリアの疑念に答えたディートハルトは、荷物を手にやってくるマティアスに駆け寄りその手にある荷物を持つ。


「というわけでオレらは寮に帰るよ。テオバルトさんが部屋にいてくれる可能性に賭けて!」

「それは認められないわ! マティアスはわたくしが寮まで送るのだもの」

「いやいや、オレと可愛いラピスラズリの仲を邪魔するな的な」

「お黙りなさい! 窓から放り投げるわよ!」


 唐突にディートハルトとリリが口論を始めるため、オレリアは呆れ顔でため息を吐き出す。


「マティアスが戻った途端これなんだから……。あ、そうだマティアス」


 思い出したように友人の名を呼んだオレリアに、ふたりを眺めていたマティアスが顔を向ける。


「あんたは知らないかもだけど、わたしここ数日は昼に男子寮へ行ってたのよ。もちろん中には入れないけど、外でシルヴァン・モルレ様とお話させていただいていたの」

「だから最近は昼に見かけなかったのね。でもそれはどなたなの?」


 オレリアの話にリリは不思議そうな顔で問いかける。途端にオレリアは眉を寄せてディートハルトを一瞥した。


「ディートハルトが竜神殿から拉致してきて、マティアスの治療をさせた治癒師のことよ」

「毎日寮へ通ってくださった親切な方ね?」

「そうだけど、医療界隈だと知らない人はいないくらいの人物なのよ。なにせあの方は『竜王陛下の治癒師』だから」


 オレリアのその言葉を聞いたマティアスから驚いたようなかすれた声がこぼれた。だがその呼び名の意味すらわからないリリはマティアスを一瞥した後にアニエスへ救いを求める。


「アニーは知っていて?」

「『竜王陛下の治癒師』というのは、この国で最も強い治癒能力を持つ方のことだよ。そしてシルヴァン・モルレ殿は22歳の若さでその呼び名を与えられた優秀な方だ。そんな方だから私の大事なラピスラズリも、ここまで回復できているのだと思う」


 そもそも喉の治療は難しいからね、と告げたアニエスは優しい仕草でマティアスの頭を撫でた。


「確かに神聖力が多ければ神聖魔法は扱えるけど、それと治癒はまったく違うからね。魔力を用いた治癒魔法もそうだろうけど、医学知識をどれだけ頭に入れるかが関係してくるんだ」

「そうそう。だからわたしも昼にシルヴァン様から話を聞いてきたのよ。いつ頃から勉強し始めたのか、とか勉強方法とか。なんなら竜神殿からウチの医療施設に移りませんか〜まで話してやったわ」


 腰に手をあてて言い放つオレリアに、アニエスは苦笑する。


「そんな堂々とスカウトするんだね」

「だって、当然ではあるけど竜神殿は奉仕が基本なのよ。でも治癒師だって人だからご飯を食べなきゃでしょ? 清貧なんてやってたら家族も持てないし、シルヴァン様も年齢的に結婚を考える頃だもの」

「なるほど。言いたいことはわかる。優秀な血は残したいものだから、それは理にかなった考えだ」

「そうでしょ? そしたらシルヴァン様、養いたい人がいるらしくて。しかもその話を聞いていったらなかなかな不当解雇な話だったのよね」


 オレリアのその話にマティアスがショックを受けた様子でディートハルトの腕にしがみつく。するとオレリアはそんなマティアスを指差した。


「シルヴァン様もこんな感じで、その人が解雇されたら自分も竜神殿を辞めて国を出るかもなんてことまで言っちゃってるのよ。まぁシルヴァン様の場合は、その人のほうが仕事以外はポンコツらしいからマティアスみたいなのとは違うけどね。治癒師って職業柄なのか、ダメな男を養う系の何かに引っかかりやすいから」


 仕事以外は無能との言葉にアニエスは思い描いていた人物をかき消す。竜王国騎士団の第二部隊長は仕事もそれ以外も有能な人物であるためだ。

 ただ少し人の機微に鈍感で、自己評価が著しく低いだけで。


「じゃあ、その治癒師殿は将来的に竜王国を出てしまわれるんだね?」

「そこは引き止めたいから父に相談する感じになるわね。マティアスが復帰したことで、シルヴァン様が王立学園に来られなくなったら何ともならないから」


 シルヴァン・モルレは竜神殿に所属する治癒師である。そのためあちらから王立学園に来ることがなければ会うことすら難しい。なにせ相手は『竜王陛下の治癒師』なのだ。治癒を求めてもいない一般人が竜神殿に行ったところで、簡単には会わせてくれないだろう。


 そう思うまま説明したオレリアに、アニエスはなるほどとうなずき考え込んだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 用事と仕事を済ませて王城に戻った頃には日暮れ頃になっている。通常ならこのまま執務室に戻って書類を片付けるのだが、今日はそれもできる気がしない。

 そうしてテオバルト・ヴェルは夕日を受けて橙色に染まる白亜の建物群を見上げた。

 だがそれを美しいとも何とも思えず視線を落とす。


「燃え尽き症候群というものをご存知で?」


 そうして歩き出そうとしたテオバルトの背後、夕日が生み出した建物の影から長身の男が湧き出てきた。


「そういう時が最も危険なんですよ」

「そうなのか? 俺には経験のない事だから、この状態の処理方法がわからない。どうしたら忘れられる?」


 ロイスに認められ褒められ求められた事実も。アンベール侯爵の末路も、初めて発生した9つの侯爵家による自浄作用も。何もかもがテオバルトの頭を騒がせ、冷静な思考の邪魔をしてくる。

 だから忘れたいと望むテオバルトに男は温度のない笑顔と共に嘆息を漏らした。


「所有者様は、それを忘れたいわけではないでしょう。ただあなたの本能がそれらを拒絶して、あなたから喜びや達成感を奪おうとしているのです」

「俺自身が奪おうとしている、のなら問題はなさそうだな。そして燃え尽き症候群とは?」

「重要な役目や任務を達成した者は、それを終えた時に精神的負荷や重圧から開放されます。それだけなら良いですが、負荷が重すぎそこに集中し過ぎれば次に何をしたら良いのかわからなくなります。人生の迷子ですね」

「つまり今の俺は迷い子で、次にやるべきことも決められない。だから喜びだの達成感だのと余計なものが浮かび上がる」

「浮かんで悪いものではありませんが、そうですね。所有者様がそれを望んでおられるなら、それが正解でしょう」

「イーズロッグ」


 答えを他人に預けるような物言いが気になったテオバルトは、長身の男を見上げた。黒の詰め襟と騎士団服にも似た服装だがこの男は騎士ではない。むしろ人間ですら無かった。


「俺はどうしたら良い?」

「ひとまずは王都下層から届いた陳情の確認でしょうね。ロイス様とやらのおかげで、解雇処分は6ヶ月後に引き伸ばされてしまいました。さらに引き継ぎのための指示書も隠してしまわなければ、部隊に混乱を招きます」


 イーズロッグと呼ばれた男がやるべきことを並べるうちに、テオバルトの表情から戸惑いなどの感情が薄れていく。


「そうか。そうだな」


 人ではなく騎士という役割を担うことで己を支え生きている。そんな彼は第二部隊長の顔に戻るとマントをひるがえして歩き始めた。

 その後ろを続くように歩きながらイーズロッグはため息を吐き出す。


 テオバルト・ヴェルの心に巣食う闇は、次兄や三兄を消しただけのマルセル・アンベールを元としていない。そんな小物を潰したところで彼のトラウマは解消しないし、心の闇も晴れはしない。

 なぜなら彼の心を壊した相手は、十年前に仲間や雇い主を虐殺した者たちだからだ。カマラ王国は攻城兵器を試すためだけに難民を虐殺し、それを護衛していた傭兵たちも皆殺しにした。

 だがカマラ王国は、その直後にグレイロード帝国によって文字通り地図から消されている。つまりその時点でテオバルトの仇は滅びたのだ。

 もちろん個人が国に勝てるわけもなく、さらに瀕死だった16歳の少年に何ができることもない。


 だがだからテオバルト・ヴェルは心の傷をそのままにして生きるほかになかった。そうして心に闇を巣食わせた彼は、皮肉なことにその闇を理由として闇の魔力剣を手に入れる。


『魔力剣を手にした者は国をも手にできる』。その言葉通り、黒の魔力剣であるイーズロッグならばカマラ王国を滅ぼすことも容易い。

 だが心に闇を巣食わせたテオバルト・ヴェルは魔力剣に何も望まない。夢も希望も何もかもを闇に食われた彼は、この竜王国での4年間も何も望まず役割を演じてきた。


 王城の入り口から中へ入ったのを見届けたイーズロッグは足を止める。既に陽は西の海に沈み、建物の影が増えた。

 その影に立ったまま、背後に現れた騎士のような服をまとったラディウス・トールデンへと振り向く。


「お久しぶりぶりですね。相変わらずお綺麗でおられる」

「余計な事を言うな。それよりもなぜイーズロッグがテオバルトについている?」

「おや、それはおかしな質問だ。あなたと同様に所有者を持っただけですよ」

「なぜテオバルトなのかと聞いている」


 魔力剣筆頭であるラディウス・トールデンは厳格で真面目な性格であるため、姑息なことを嫌う。そしてイーズロッグは昔から奸策が得意な性格だった。だからこそラディウスはイーズロッグを疑う。


「自分は闇を抱えた方が好物ですので、そのためですよ。むしろそんなことはあなたもご存知でしょうに」

「知っているからこそ警戒している。貴様が動くとろくなことにならない」

「おや、それもおかしいですね。テオバルト・ヴェルはあなたがたと無関係の竜王国騎士です。あの子がどうなろうと、あなたには関係ないのでは?」


 イーズロッグの挑発にラディウスはわかりやすく顔をしかめる。その指先に火花が散るのを目にしながらイーズロッグは笑みを浮かべた。

 その瞬間、ふたりの間に3人目が現れる。パンと手を叩いた彼女は最初から殺意に目を見開いていた。


「ここは神聖なる竜王国王城、王立図書館の前です。 あなたがたはまさか貴重な書物が保管された図書館の眼前で争おうとしたわけではありませんよね? ねぇ、ラディウス殿?」


 見た目だけなら長い黒髪を風に揺らす美女なのに、殺意に目を見開いた顔は恐ろしさしか与えない。そんな彼女に名指しされたラディウスは急速に勢いを萎ませ鎮火した。


「……していない」

「それは良かったです。イーズロッグも、よもやラディウス殿を挑発などしておりませんわよね?」

「ラディウス殿をからかうのは生きがいのようなもので…」

「そうですか! あなたがたにはわかり合う時間が必要だということですね。ではどうぞ私の居住にいらしてください。実はとっておきの茶葉が手に入ったのですよ!」


 茶化したイーズロッグがいけなかったのか、彼女は笑顔で手を打ちお茶に誘ってくれる。そしてラディウスは、その言葉にこそ絶望したような顔を見せた。

 そんなラディウスの素直過ぎる反応を尻目に、イーズロッグも苦笑する。


「そのお茶とやらは、アイリーン以外の誰かに入れてもらうことは……できるはずもないですね」


 言葉の途中で睨まれたイーズロッグは両手を上げて降参した。


「ラディウス殿、1杯で和解しましょう」

「そうだな。本体に支障を来す前に……」

「その前に部屋へ入った瞬間に自分が索敵して薬物や異物を探します。ラディウス殿は燃やしてください」

「海藻類は燃えない」

「自分が闇に沈めます」


 図書館の横へ歩いていく彼女の後ろをついていきながら、イーズロッグはラディウスと作戦を練る。だがラディウスの口から出た海藻類という単語が理解できない。


「……アイリーンはなぜお茶に海藻類を?」

「健康に良いと言っていた」

「燃やせないということは生ですよね?」

「鮮度が……大事らしい」

「さすが知の魔力剣。素晴らしい慧眼です」


 知識はあるのに、それを現実で活かせない。そんな竜の賢女が恐ろしくて仕方ない。


 だがその地獄は、前を歩く知の魔力剣アイリーンが知り合いと遭遇したことであっさり終了する。

 竜神殿の奥から出てきた竜王陛下代理は、彼女と一緒にラディウスを見つけて笑顔を輝かせた。


「お久しぶりです。ラディウス殿はいつ竜王国へ? アイリーン殿に用事ですか?」

「いや、用はないが……このイーズロッグと少し意見が衝突したところを見つかり、茶を飲みながら話し合えと」

「なるほど、アイリーン殿らしい柔らかな気遣いだ」


 人の腹から生まれた竜であるカイン・ブレストンは、竜でありながら温厚で善良な性格を持つ。そんな彼が嬉しそうにアイリーンを褒めれば、彼女も息子に褒められた母親のような顔で喜ぶ。

 そして竜王陛下代理は、魔力剣二本を救う言葉を出してくれた。


「実は美味しい果物をもらったからと、調子に乗って菓子を大量に焼いてしまいまして。アイリーン殿をお茶に誘おうと探していたんです。もしよろしければお二方もいかがですか?」

「その場合は、こちらの不届き者ふたりもカインにもてなされることになりますね?」


 竜王陛下代理の誘いに希望が見えたところでアイリーンが首を傾げる。息子同然の存在にも揺さぶられない知の魔力剣の陰湿さにイーズロッグは内心で嘆息ついた。

 だがそんなイーズロッグの目の前で、竜王陛下代理はアイリーンの手をつかみあげる。


「お二方とも同じ魔力剣で、言うなればアイリーン殿の旧友でもあります。オレはそんなお三方をもてなしながら、そばで会話を聞いていたい。オレのこの知的好奇心を許していただけますか?」

「知的好奇心……なら、仕方ないですね」


 知の魔力剣である彼女は、学ぼうとする者を導くことが好きな性質だ。そのいわば弱点をついた竜王陛下代理のやり方にイーズロッグは素直に驚かされた。


「彼、凄いですね」

「グレイロード帝国のラピスラズリだからな」

「なるほどそうでしたね。王立学園にいる砂糖菓子様も見事な手腕で所有者様を陥落してましたよ」

「セレンティーヌは父親によく似ているからな。だがひとまず故障を免れたことを喜ぶべきだ」

「竜王陛下代理様は命の恩人ですね」


 命なんて我々には無いですが。そう笑ったイーズロッグの隣でラディウスも安堵した顔で嘆息づいた。そんなふたりは行き先を地獄から竜王陛下代理の私室へと変える。





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