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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
133/168

125. 9人の侯爵と2人の騎士 後編

 魔法武具が起動すると青い光が放たれるとともに、硬いものが割れる音が響く。

 あげく全員が知っている声が責めるようにまくし立てていた。


「貴様らはそれでもパレドリア帝国を牛耳る黒狼団か! アルマンは生きていたじゃないか!」

「そんなはずがねぇ! あのガキは確かに」

「黙れ! わたしは実際に見たんだぞ! あの白金色の髪も青い目も! あれは祖父の色だ! それがこのわたしの前に立ちはだかったんだぞ! 胸糞悪い。とにかくあの騎士を殺してこい!」


 一方的な命令が飛び複数の足音が動く。そうして扉の開閉音が響くと、独り残ったらしい声の主がため息とともにつぶやいた。


「死体を確認しなかった? それがどうした。今度こそおまえを殺して確認してやる」


 そのつぶやきを最後に魔法武具の放つ光の色が変わった。橙色の光が放たれると、今度はテーブルを叩く音が響く。


「おまえたちは一体なにをやっているんだ! ガルド・ヴァレク! おまえはそれでも裏社会を牛耳る男なのか! なんで騎士ひとり殺せない? もうこれで5日だぞ!」

「いや、聞いてくれ。あの騎士はおかしい。送り込んだヤツらの死体すら残らないんだぞ。そもそもあの騎士は人間なのか?」

「人間に決まってるだろう! あいつは我がアンベール侯爵家に生まれたわたしの弟だ! 頭が良いことを鼻にかけたヤツだから、何らかの方法でおまえたちを騙してるに決まっている。今夜中に殺せなければ、例のものは他の組織に流すことにする」

「待ってくれ! 今夜中に始末するから、そいつを他の組織に流すのはやめてくれ!」


 会話を終えると再び複数の足音が動いて扉の開閉音が響く。

 そこで再び魔法武具の放つ色が変わった。


 赤色の光を放った魔法武具は、これまでと違う音を流し始める。広い空間に複数の悲鳴や絶叫が響く中で小さく笑う声が入る。


「ロイス君ごめんねー。自称パレドリアを裏で牛耳るボスさんたち、麻薬の取引してたみたいでイリアンデ君が怒っちゃった。まあけどいいよね」


 楽しげに語るその声の裏で、今もなお虐殺が続いているように悲鳴と激しい物音が響いている。


「裏社会のボスとやらも、その辺りを承知で悪いことをしてきただろうし。ロイス君にぶつかって死なない悪もないし」


 最後まで楽しげに語った音声は、魔法武具の光が消えると停止する。そうして沈黙が室内を支配する中で、帝国騎士ロイスが笑った。


「ごめんね、オーブリー侯爵。侯爵家次男殺人事件の犯人らしい無法者たちが死んじゃった」

「先程の証言だけで十分です。しかし異国の犯罪組織と繋がり、さらにパレドリア帝国へ薬物を流していた可能性が出てきました。もはやアルマン・アンベール殺害だけでは済まなくなります」

「そうだね。政務長官には大変なことだよね。でもそれに関しては急ぐ必要はないんじゃない? どうせアンベール侯爵家は潰すのだろうし」


 話が広がりすぎて捜査に時間がかかりそうだ。そこを考えるオーブリー侯爵へロイスは笑顔のままさらりと言い放った。

 その言葉にローラン侯爵以外の8人の侯爵が驚愕する。


「異国の騎士でしかないあなたがそれを言うのは、さすがに内政干渉が過ぎます」

「なるほど? じゃあ筆頭侯爵で政務長官であるあなたの意見を聞こう。アンベール侯爵家をどうするの?」

「法に則りマルセル・アンベールから爵位を剥奪。罪人として投獄します。同時にオリヴィエ・アンベールは後継者からはずし、王立学園卒業と同時に侯爵家追放。後に」

「なんでそうなる! ロドルフ! 君はあの意味のわからない音声にだまされているんだ!」


 オーブリー侯爵の言葉を遮るようにアンベール侯爵が声を荒げた。だがオーブリー侯爵は小さく嘆息づくだけで黙らない。


「これはこの話し合いの前から決まっていたことだ。君の息子はローラン侯爵家の息子ふたりに執着しすぎていた。挙げ句のはての今回の事件ともなればどうしようもない」

「それはだってベルナール・ローランこそが諸悪の根源じゃないか! 息子がどれほど親しくなりたいと話しかけても相手にもしない! デュフール侯爵家のユルリーシュ以外とは会話もしないという態度をとるから息子も意固地になってしまったんだ! いわば被害者じゃないか!」

「それはおかしな話だな」


 我が子こそ被害者と訴え始めたアンベール侯爵に、反論したのはローラン侯爵だった。どんな時も感情を削ぎ落としたような態度しか見せない彼は、今も退屈そうな顔で竜王国騎士テオバルトを一瞥する。


「デュフール家のユルリーシュがベルナールにしていたのは知識の継承の補足作業だ。天才を育てられるのは天才だけだと彼はわかっていたからな」

「ただ頭が良いだけだろう! そんなものは天才と呼ばない。竜王国における天才や神童とは学力だけでなく魔力も必要だからな!」

「確かにそうだな。ユルリーシュは知力しか持たない。だがだからこそ、本物に代わりベルナールへ様々なことを教えようとした。貴様のような知性の欠片もない愚物には理解できんだろうが、『神童』は自然と湧き出るものではないのだ。わたしの兄がトリスタンから学んだように、ベルナールはユルリーシュたちから学んだ。ではそのユルリーシュを育てたのは誰だ?」


 ローラン侯シメオンのその問いに、アンベール侯爵は口を閉ざし周囲を見た。そして答えを得ようと隣にいるデュフール侯爵を見やる。

 するとデュフール侯トリスタンは険しい顔で首を横に振った。


「わたしは彼がそうだとは知らなかった。だがこれまでの事を顧みれば、彼こそがアンベール侯爵にふさわしい天才だったのだろう。そして紋章も、15年前に先々代が亡くなった時に喪われたのではなかった可能性もある」

「なにを……どういうことだ? トリスタン?」


 唐突にアンベール侯爵にふさわしい人物だなどと言われても誰のことなのかわからない。そんなアンベール侯爵にロイスが小さく笑い、ローラン侯シメオンが呆れた顔で露骨なほど大きなため息を吐き出した。


「アンベール家の四男テオバルトだよ。幼い頃の彼は、先々代のギルグラン様に抱えられているだけの子だった。そんな子が3歳のベルナールに古代語を読み聞かせていたが、それは正しかった。実際のところベルナールはそこで下地ができたからな」


 そう告げたシメオンは真っ青な顔で目を見開き固まるアンベール侯爵を眺めた。アンベール侯爵は今にも死にそうな顔色をしているが語ることをやめない。


「そして今回は報告書ひとつで9つの侯爵家の問題点をあぶり出し窮地に追い込もうとしている。ああ、違ったか」


 そう言いながらシメオンは、変わらず面倒そうな顔をロイスを一瞥する。だがロイスには何も言わず、テオバルトを見やった。


「少年時代の君はうちのベルナールに古代語を教えていただろう。まだ3歳だったあれに教えようと思った理由は覚えているかね」


 シメオンがテオバルトへ問いかけると、残り8人の侯爵もただひとり立つ竜王国騎士を見た。アンベール侯爵もまた呆然としたままテオバルトを見ている。

 そうして視線を集めたテオバルトだが、彼は動じる様子も見せない。


「それを理解する頭脳があるなら年齢は関係ありません。現にあの子は5歳で古代語をほぼ読めていました」

「そうか。そのおかげであの子は帝国騎士団でも重宝されそうだ。その点は感謝しているが、その判断を10歳程度の君がしていた事は驚愕に値するな」

「俺がやらなくとも他の誰かがやったでしょう。ユルリーシュでもできます」


 侯爵家の子供たちを正しく判断し、必要なら年下へ学びを与える。そうして最近まで孤高の天才と呼ばれるベルナールの基礎を作った男は真顔で答えていた。


 だがその静かなやり取りはアンベール侯爵がテーブルを殴りつけたことで壊れる。少し前には死人のような顔色だった彼は、私憤に顔を赤く染め奮然と立ち上がる。

 あげく殺意の目でテオバルトを指差した。


「テオバルトだと!? 親にすら目を向けられなかった無価値なチビが」

「これから爵位剥奪されて投獄される輩のほうが無価値だろうけど、おまえは黙ったほうが良いよ」


 テオバルトへ暴言を向けたところ、やはりロイスが返してくる。だが今回のロイスは笑っていなかった。


「明日の朝を迎えたいなら」

「ロイス殿、罪人は法の下で罰するべきだ」


 真顔で脅したロイスへ背後にいるテオバルトから正論を向けられた。たちまちにロイスは頬を膨らませてテオバルトへ振り向く。


「テオバルトさんのことをかばってるのに!」

「それは感謝する。しかしどうでも良い人間から向けられる言葉に意味はないんだ」

「それは良かった。じゃあ、話を進めるね。情報漏洩を防ぐため、アンベール侯爵はこのまま拘束して独房に放り込んでもらう。知性より筋肉重視のヴァセラン侯爵でもそれくらいできるよね?」

「お、おお……それはできるが、君に指示を出されるのは不思議ではあるな。君は若い騎士なのだから階級も下だろうと考えられるのに」


 ロイスが指示を向けようとしたところで、9人の侯爵の中で唯一騎士団に所属し、さらに副団長をしているヴァセラン侯爵が返した。

 とたんにロイスは笑ってみせる。


「それはできないということかな?」

「いや、できる。年上に対しても指示を出し慣れているのが不思議だと思っただけだ」

「それはそうだよ。十将軍のほとんどが僕より年上なんだから。それよりアンベール侯爵を独房に入れた後、君たちは帰宅できるが、ここでの事は箝口令を敷く。すべては王立学園にいるらしい魔女を刺激しないためだよ。下手に逃亡されたら手間だから」


 ロイスの説明に、何人かの侯爵たちは何かを察したように背筋を正す。

 その脇でオーブリー侯爵がうなずいて見せた。


「では殺人未遂事件に関しても、表向きは不問としましょう。すべてが明るみになるのは卒業式の後ということに」

「それがいいね。それならアドリエンヌ嬢に瑕疵がつかない。まあグレイドルのところは誰もそんなもの気にしないけどね」

「お気遣い痛みいります。いや、まだ数カ月はございますので、娘が嫁ぐかどうかはわかりませぬよ。ディートハルト君にもまだ父と呼ぶなと言ってありますからな」


 まだ娘は手元にいるのだから先の話はしない。唐突に私情を出してきた竜王国の為政者にロイスは軽く笑った。そうして立ち上がると、椅子に座り茫然自失のアンベール侯爵を見やる。だが何を言うでもなくその隣に座るルヴランシュ侯爵を見た。


「一部貴族とその子女どもは、魔女を次期女王と持ち上げているらしい。相手が魔女であろうとなかろうと、カインセルス殿の治世にそれを望む時点で国家に対する反逆行為で一族郎党死刑だ。民と国家を支えるべき貴族が、率先して国に刃を向けたのだからな」

「しかししょせんは子供のしたことで…!」


 ルヴランシュ侯爵はアンベール侯爵と親しいが共に沈みたくはない。だからと反論した先で、ロイスが今までと違う顔を見せた。

 それは凍えるほどに冷たい瞳からこぼれる冷笑。


「そんな無能だから貴様は侯爵でなくなるのだ」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 会合が終わるとアンベール侯爵はヴァセラン侯爵に連れられ馬車へ乗っていった。ルヴランシュ侯爵は自宅謹慎となったが、そのまま爵位剥奪となる。


 そこまで決めたオーブリー侯爵は、ロイスのそばにいまも控えるテオバルトに声をかけた。


「君の意思を確認したいのだが、次のアンベール侯爵として支えられはしないだろうか」

「俺では力不足です」


 オーブリー侯爵の問いかけにテオバルトは表情を変えることなく断りの言葉を口にする。

 そしてそれを目の当たりにしたオーブリー侯爵は隣で立ち上がろうとしていたシメオンを見た。


「力不足とはなんだ??」

「そのままの意味でしょう。興味のない事をするのは荷が重い。わたしもこの国に興味などありませんので、テオバルト君の気持ちはわかりますよ」

「己の能力を隠し通し、我々に凡庸だと思わせてきた君とは違うだろう。彼は能力を隠していない」

「そもそもの話、デュフール家の息子が4年も彼の存在を報告せずにいたのだ。その時点でどんな凡愚でもわかりましょう。それに、既に彼は解雇処分の辞令が出されているのでロイス様に連れ去られる可能性のほうが高い」

「解雇?」

「アンベールに圧力をかけられた騎士団が、雑用係を切り捨てた。それだけの話です。彼は第二部隊長ですから」


 4年も使い捨ての駒のように扱われたテオバルトが、竜王国に忠誠心など持っているわけがない。そう言い放つシメオンにオーブリー侯爵はわかりやすく頭を抱えた。


「モーリスを騎士団長に据えるべきだった」

「1000年の平和に溺れた暗愚しかおらん国に縛り付けることが正解とも思えませんがな。しかしそれとは別で、隠し通すというなら彼の解雇処分そのものも夏まで引き伸ばさねばなりますまい。そして卒業までの期間、テオバルト君には昼の間だけでよいから王立学園を巡回してもらう」


 珍しく自分から意見を出してきたシメオンに、いまだ残っていた他の侯爵たちも動きを止める。そんな反応すら愉快らしいロイスは笑みをこぼしながら首を傾げた。


「それも魔女の対策? それとも殺人未遂事件の犯人への圧力?」

「それらもありましょうが、なにより生徒らの思想の変化です。王立学園にいる若者らは留学生のせいで、帝国騎士に対する印象がすこぶる良い。反面で竜王国騎士への好感や存在感が皆無となっていた。それを変えねば今年度の騎士科卒業生も帝国へ流れることになりましょう」

「なるほど。例のベル姫応援し隊だ。学生時代に精鋭部隊を作ってくるなんて面白いけど、アレは竜王国からしたら大きな損失だよね。まぁこの国に優秀な騎士が必要なのかどうかから謎だけど。権威主義が極まった無能騎士なんて帝国にはいないよ」

「それはそうでしょうよ。あなたのところにはあの宰相閣下がおられるのですから」

「わー、正論で殴られたー。まあでもこちらは、人類の力で魔物から世界を守る立場だからね。出自を問わず優秀な人材が欲しいんだよ。ちなみにテオバルト君は既に売却済みだからね。ブレストン公爵家でお菓子を焼くんだよね?」


 語尾とともにロイスは楽しげな笑顔でテオバルトに振り向く。すると一瞬きょとんとした顔を見せたテオバルトは、何かを思い出したように微笑をこぼした。


「確かに、エーム大陸の菓子を焼く話だった」

「その時は僕も呼ばなきゃ駄目だよ? 美味しいスイーツが大好きな人間が玉座にいるんだって忘れちゃいけない」

「ロイトヒュウズ陛下に、素人の作ったものなど指し出せるわけがない。だがロイス殿にならやれるかもしれないな」

「よし! 交渉成立だからね! 僕はエーム大陸がスイーツの宝庫だって知ってるからね! 絶対帝国に来るんだよ!」

「ああ……なんならこの後で買いに行くか? 港地区にエーム大陸の菓子を扱う店がある」


 言質を取ったと認識するロイスと違い、テオバルトは菓子を食わせる程度にしか考えていないのだろう。その巧妙な囲い込みを見たオーブリー侯爵は眉を寄せてシメオンに肩を寄せる。


「ロイトヒュウズ陛下はああ言う方なのか?」

「知らんよ。わたしも2日前に屋敷へ押しかけられた身だ」

「見知らぬ男の屋敷に押しかけて何をなさっている」

「我が家を宿代わりにしている以外でか? 仲間を使い音声による証拠を集め、この会合を開かせただけだ。彼は元々ディートハルト君の損害賠償のために来ていたからな」

「そうだったな。会合の最初にもそういう話をしておられた」


 そう告げたオーブリー侯爵が目を向けた先で、ロイスはデュフール侯爵からエーム大陸の代表的な菓子を教わっている。

 その姿だけ見れば素直でまっすぐな男にも見えるだろう。


「ディートハルト君も大変な方を呼んだものだ」

「あれは確信犯でしょう。竜神殿を破壊させたのはわたしだが、校舎のアレは破壊し過ぎている。校舎を破壊し損害賠償となり親を呼び出すこととなれば、行き着く先は帝国騎士団の騎士団長。そしてそのそばには建国王陛下がおられる」

「あの子がそこまで計算していたのか。殺人未遂事件のあの現場で」

「政治的に相手を潰したいと思ったのでしょう。アドリエンヌ嬢は良い男を見つけたものだ」

「まだ決まっておらん!」


 ディートハルト・ソフィードの能力は認められても、愛娘の婿としては認められない。子を溺愛する政務長官らしい反応を冷めた目で見たシメオンは帰路につくべく踵を返した。




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