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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
131/169

123. 己を正しく評価できないのは心の傷の表れ

 風の月18日の午前中、テオバルトは引き継ぎのための指示書を書き連ねた。

 港地区の治安について。港の管理事務所にいる者たちの性質と扱い方。王都下層における治安維持の仕方。貧困街がそのまま存在する意味。

 それら必要な情報を場所ごとに書き記していくと、指示書は20枚に及んでしまった。だがおおよそこれは必要のない物であることもわかっている。

 既に王都下層はテオバルトを必要としていないのだから。



 やがて昼が近づくと、テオバルトは紙袋を持って王城を出た。王城そのものはけっして広い敷地面積を有していない。しかし3層にわけて築かれた竜王国王都の高低差を利用し、王城だけは地下区域が存在した。

 王都上層にある王城からでなければ入れないその区域は、建物にして5階分の高さを有していて最下層には船着き場もある。

 そして第二部隊の待機室は王城の地下2階にあった。日当たりが良いわけではないが、貴族がいないから地上階よりは居心地が良い。部隊の騎士たちの活動報告などにそんな文言を見つけたことがあった。



 王都上層を山に向かって歩いていくと、山間を利用した広大な王立学園にたどり着く。その正門でロイスを見つけたテオバルトは嘆息を漏らしつつもそばに近づいた。


「王立学園に用なのか?」

「卒業レセプションで使うホワイトなんとかに行きたいんです。とりあえず食堂で昼食を取ったら案内してください」

「わかった」


 今日はすんなり被害者の部屋に行けなさそうだ。そう思いながら承諾したテオバルトはロイスと並び高等部の第一校舎へ向かう。


「と、いうわけでテオバルトさん。昨日はローラン侯爵家に帰ってきてくれませんでしたよね」

「ああ、俺まで世話になるのはおかしいからな」

「マリス君、玄関で待ってたんですよ」


 思いもしない言葉に驚くテオバルトの隣で、小柄だが年上である帝国騎士がうなずく。


「一緒に夕食を取りたくて待っていたそうです。そして最後は枕を涙で濡らしながら寝てました」

「それは……申し訳ないことをした」

「本当ですよ。今夜は帰ってあげてくださいね」

「わかった。仕事が終わったら……いや、あの子が寝るまでに終わらないな。先に帰れない旨を告げたほうが良いか」

「テオバルトさんの仕事は何時までなんですか?」

「深夜に及ぶ」

「労働環境がよろしくないと。ちなみに帝国騎士団は夕方定時です。第四部団なら二交替制。テオバルトさんは第四部団長候補なので」

「待ってくれ。あなたは何の話をしている?」


 唐突に己の今後を告げられたテオバルトは慌てて相手の言葉を止めた。するとロイスは首を傾げて上目にテオバルトを見つめる。


「帝国にいた時にそれ前提で誘われましたよね?」

「それは断った」

「それは今も変わらない? 僕はあなたが来てくれたら嬉しい。だってあなたは、あの白の騎士カイゼスト・ラスウェルに認められた唯一無二だから」


 かつての恩師の名はテオバルトの中にある何かを大きく揺さぶらせた。だというのにロイスはまだ言葉を続ける。


「竜王国は過去も未来も平和で居続ける。だけどガイアイリス大陸は、今でもどこかに魔物や魔獣が現れ人々を殺し苦しめてる。だから僕はここで君と出会えたことを天啓だと思ったよ」


 天啓。それは竜王国における特別な言葉だ。なぜなら竜王は天啓を受けることで次代の竜王を得るのだから。

 そしておそらくロイスは、それを知っていてわざとその言葉を使ってきた。テオバルトがグレイロード帝国へ行くことが正解だと言わんばかりに。


 その瞬間、テオバルトの中で喜びと未来が浮かびかけた。だが闇がそれを飲み込むようにテオバルトの理性が感情を消していく。

 そうして残ったのは否定だけだった。


「俺には無理だ」


 自分はロイスに認められるような人間ではない。そう思うまま告げた先で、ロイスの瞳がわずかに見開かれた。

 だがすぐに微苦笑をこぼすと、ロイスは「まだ足りないか」とつぶやく。その意味がわからないテオバルトは何が足りないのかと問おうとしてやめた。

 これ以上踏み込んでも不躾なだけだと思ったからだ。


 そこからは個人的な会話はないまま第一校舎へ向かう。ロイスは先程のことなどなかったように、ローラン侯爵家のハチドリが3人揃うと可愛らしいと話していた。



 第一校舎は高等部1年生と2年生の区画である。

 そのためテオバルトがここを通り抜ける時はいつもにぎやかだ。

 女子生徒たちは、珍しい存在であるテオバルトを見るや嬉しそうにささやき合う。


「やっぱり素敵が過ぎる」

「春が近いからかしら? 風にそよぐ髪がきらめいて見えるわ」


 風が流れる校舎内に響く喧騒の中で、不意にテオバルトは異質な音をとらえて足を止める。談笑する声とはあきらかに違うその音をテオバルトは知っていた。

 そうして二度目にそれをとらえた瞬間、勢いよく振り返ったテオバルトの視界に彼がいた。


 8日前に瀕死の傷を負い、昨日も寝台にいた彼は、他の者たちと同じ青色の制服をまとって立っている。

 どこから走ったのか頬を紅潮させた彼は嬉しそうにテオバルトを見つめる。


「てお…ると、さん」


 息を切らせ、さらにたどたどしい言葉しか発せなくても彼は嬉しそうに名を呼んだ。そんな彼がよろめいたため咄嗟に支えたテオバルトは、驚きのまま彼を見つめ―――その目から涙がこぼれた。



 だがその涙の理由も意味も理解しないまま、遅れてやってきたディートハルトに頬へハンカチを当てられる。

 とたんに遠くで悲鳴が起きるが、ディートハルトにあごをつかまれたテオバルトはそちらを確認できなかった。

 そうして涙をハンカチでぬぐったディートハルトが悪戯めいた笑みを浮かべる。


「テオバルトさんの涙すら守りたいオレだよ。愛人になる覚悟はできた?」

「それは……できてないな」


 ディートハルトの相変わらずな発言につい気持ちが緩んでしまう。そうしてもう被害者ではなくなった彼を支え立たせてやる合間に、なぜかロイスとディートハルトが手を叩きあっていた。

 だがテオバルトはそちらに目を向けることなく彼に問いかける。


「君はもう復学できるのか?」

「はな…さない、なら」

「会話を控えれば授業を受けられるということだな。それは何よりだ。だが昼食は……固くなければ良いのか?」


 テオバルトの問いかけに彼は嬉しそうにこくこくとうなずいて返してくれる。その顔を眺めていたテオバルトもまた理解したようにうなずき、彼を両腕で抱え上げた。


「まずは食堂に行こう」


 ここまでの移動で息を切らせるほどに体力が落ちてしまっている。それは仕方ないことだが、昼休憩は有限だ。移動に時間をかけていては彼の食事時間がなくなる。

 そう考えたテオバルトは彼を抱えたまま校舎を抜けた。そのまま渡り通路を駆け抜けると驚く生徒たちから抜け出したアニエスが並走する。


「私を差し置いてマティアスをお姫様抱っこするとはさすがテオバルト殿ですね! ところでなぜ走っているんです?」

「彼はまだ食事に時間を有するからだ」

「なるほど、その辺りは我々の知らない部分なので気遣い助かります」


 そのまま第二校舎へ飛び込むと右に曲がり食堂へ飛び込む。そこで足を止めたテオバルトは彼をそっとおろしてやる。

 そこで彼がありえないほど顔を紅潮させ、手で口をふさいでいた事に気づいた。


「どうした? 抱えて走ったのが駄目だったか?」

「私はわかってましたよ。テオバルト殿にお姫様抱っこされたマティアスが、恥じらいにより窒息寸前になると」


 原因がわからないテオバルトにアニエスが笑顔で告げる。

 それに驚いたテオバルトはアニエスに目を向けた。


「恥をかかせたということか」

「テオバルト殿は最高に格好良い騎士殿なので、ときめき過ぎて恥じらうんですよ」

「ああ、それはわかる。それも青いマントによる効果のひとつだな。竜王国騎士なら第二部隊でも人々に好意を向けられるという」

「ええまぁ、そういう効果はどの国のマントにもありますね。それよりディートハルトはロイスさんの案内ありがとう。リリが2階にいるからそのままお連れしてくれると嬉しいよ」


 笑顔でテオバルトの言葉に同意したアニエスは、遅れてきたディートハルトにも礼と新たな任務を与える。

 その上でアニエスはマティアスの片手を軽くすくい上げた。


「私の可愛いラピスラズリは、このままテオバルト殿に守られると良い。8日もその顔を見られず寂しい思いをしていたのは私だけではないからね」


 アニエスは、平時であれば誰よりも素晴らしい近衛騎士の姿を見せる。そしてそれは今この瞬間も発揮されていた。各自に指示を出したアニエスは料理を持ってくるからと告げて離れていく。

 それを見たディートハルトはロイスの手をつかむと、なぜかテオバルトのマントをつかませた。


「ロイスさんは勝手な行動禁止な。テオバルトさんについてたらリリのそばに座ってること。その間にオレはロイスさんの飯を取ってくるから」


 ディートハルトもテオバルトによろしくと告げると軽い足取りで立ち去る。そのためテオバルトはふたりを2階のテラス近くにあるテーブルへ向かうことになった。


 そうして誰よりも先に、琥珀色の彼女が喜ぶ顔をみることとなる。




 昼食の合間、テオバルトはそれまで見たことのなかった琥珀色の笑顔を眺め続けた。事件翌日から見ていた琥珀色の彼女は、見た目のせいか涼やかな印象があった。

 だが今の琥珀色の彼女はあまりにも甘い。まるで砂糖菓子のような甘くとろける笑顔で被害者だった彼に話しかけ、時に食事を助ける。その甲斐甲斐しい様子もまたテオバルトの中に救いとして残る。


「そういえばあなた、昨日はここに来なかったでしょう」


 不意に琥珀色の彼女から向けられた言葉にテオバルトは速やかに謝罪で返す。その上でテーブルの上に置いていた紙袋をそのまま彼女の前に滑らせた。


「申し訳ない。詫びとしていつもより多く買ってきた」

「そういうことではないわ。アニエスから、昨日のあなたはこれまでより顔色が良かったと聞いていたの。だからゆっくり寝られたのならそれで、と思っていたのよ。あなたはわたくしの可愛い子犬を守ってくれている大切な人間だもの」


 不意に褒められたテオバルトだが、その言葉はすんなり受け止められた。被害者を守っていた自覚はないが、彼女にはそのように見えたのだろう。


「それに、あなたという存在は、この高等部内でも強い衝撃と安定をもたらしたわ。でも、それは当然のことよね。爆破事故が起きたり、それでマティアス以外の侯爵家の人間が、自分こそが殺されかけたと物騒な言葉を撒き散らしたりしていたら誰もが不安になるわ」

「そう……だろうな。犯人などの情報が手に入らない状態では、子供たちは恐怖しか抱けない」


 爆破事故のことも殺人未遂事件のことも。一般の生徒たちにできるのは規制を抜けて現場を見ることくらいだろう。だがそれでは何も知り得ない。


「あなたが言う青いマントの効果は、ここでは強い衝撃として働いていたのよ。馬の骨どもの実家から妨害もあったでしょうに、よく通ってくれたと感謝しているのよ」


 琥珀色の彼女のその言葉にディートハルトがわかりやすく驚き、それにアニエスが苦笑する。


「リリが人様に感謝してる…!」

「リリだって他人に感謝することはあるよ」

「ふたりとも失礼よ!」


 幼馴染みらしいふたりの言葉に、琥珀色の彼女が頬を膨らませる。そんな他愛ないことでも、元被害者は楽しげな顔を見せていた。おそらく彼は事件に遭うまではこうして日常生活を送っていたのだろう。

 それが垣間見られただけでも、テオバルトは今日ここに来た甲斐があったと思える。


 そしてそんなテオバルトに、リリがさらりと言い放った。


「そんなわけだから、あなた竜王国騎士団を辞めたなら帝国にいらっしゃい。次はわたくしがあなたを守る番だわ」

「俺が君に守られるのか?」

「ええ、そうしたらあなたはわたくしに感謝するでしょう? その時にはまたスイーツを買うのよ。あなた、何でもないような顔をしているけれどスイーツの名店に詳しいのだもの。その能力はわたくしにとって最重要よ」

「なるほど。確かに、この手の店は傭兵だから知り得るものだからな。君の認識は正しい」

「そうでしょう? 人ごときの肩書などどうでも良いけれど、あなたはとても高い能力を持っているわ。これでお菓子が焼けたなら実家で雇いたいくらい」

「そうか。エーム大陸の菓子なら作れなくもないから、行き先に困ったら雑用係にでもしてもらうか」


 子供の軽口に乗るように返したテオバルトへ、リリがことさら嬉しそうに微笑む。そうして以前から食べてみたいと思っていたものがあったと言いながら、菓子の名前を並べ始めた。




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