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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
130/169

122. 既に辞令は出ている

 風の月20日の夕刻、王立学園から竜神殿を経由しつつ王城にある執務室へ戻る。そうして机の上へ山のように積まれた書類を分類ごとに選別していった。

 それはいつもと変わらない仕事で、おおよそいつも通りに夜中までかかるものだとテオバルトは認識している。


 そんな彼は書類の下に埋もれていた1枚の用紙を見つけて手を止める。たしか4年前にもこれと同じように辞令書が放置されていた。

 その時の辞令は即日付けでテオバルトに隊長職を押し付けるものだったと覚えている。だが今回の辞令は月末付けになっていた。


「なるほど」


 何の感慨も抱かない顔でつぶやいたテオバルトは、何事もないように仕事へ戻る。こんな辞令書を相手にするよりも街からの陳情書を片付けるほうが大事だと思ったためだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 風の月22日。春が近づき優しい風が王都を流れるその日、テオバルトは朝から王都内を走っていた。



 理由は単純でテオバルト自身が寝坊をしてしまったのだ。

 いつもは眠りも浅く少しの物音で目を覚ましていた。さらに朝の早い港地区に住んでいるため夜明け前には起きられていた。

 だがその日は3歳児に起こしてもらうまで一度も目が覚めなかった。しかもローラン侯爵邸はテオバルトの朝食まで用意してくれている。それも無下にはできないので、身支度を整えた後に3歳児と朝食を取ることもした。


 そうなると王都上層から下層まで走るしかない。

 それでも間に合うはずもなく、既に開かれてしまっている港の管理事務所では「初めての寝坊だな」と笑われ、港で働く者たちからもいつもより顔色が良いと笑われる。

 彼らは毎日きちんと夜明け前には起きて仕事をしているというのに、本当に申し訳なさが出る。


 その後もテオバルトは王都下層の詰め所を周り、巡回が遅れたことを謝罪した。

 すると既に巡回している第二部隊の騎士たちが、ついでだからと報告書を持っていってくれたとの報告をもらう。しかも衛兵たちから「だから隊長は休んでもらっても大丈夫」との言葉まで向けられた。


 おそらくそれは衛兵なりに気遣ったものなのだろう。港の者たちも似たような表情で、同じように「たまには休め」と言っていた。その言葉と現状が、テオバルトの中へ深く染み込んでいく。

 ここ王都下層は、テオバルトがいなくても変わらず回るのだと。

 夜明け前から報告書を取りにまわらなくとも、巡回の騎士たちが回収できる。もう第二部隊長がいなくても街の治安維持は機能するのだ。


 そしてそれは、4年かけてテオバルト自身が構築したものでもある。なので実際にそれが機能しているとわかったいまは喜ぶべき場面だ。

 あとは己の中にある謎の喪失感を消せば何も問題はなくなる。

 そう思いながらテオバルトは緩やかな坂を歩きだした。港からあがった魚を売る店や、異国の物や香辛料を売る露店。様々な喧騒に包まれた王都下層の大通りを歩き進んだテオバルトは、ふと人のいない路地へ入っていく。


 人の少ない複雑な路地をさらに奥へ進み、やがて突き当りへたどり着いたところでテオバルトは白い手袋をつける。

 その指先に緑に光る魔力の糸を出して絡めると、風属性魔術を生み出して一気に上空高く飛び上がった。



 一瞬にして空高くまであがれば人々の喧騒や街の音そのものから遠ざかり、テオバルトは世界から切り離されたように独りになれる。


 どこまでも広がる空の中、圧縮した風を足元に並べて歩く。王都上空はまだ空気が冷たいが、それもガイアイリス大陸北部ほどではない。あの大陸は北へ行けば行くほどに雪が深くなり、人が独りで生きていけない土地となる。そんな場所と比べたら竜が存在できる温暖な気候と、竜がいることで守られる平和なこの国は楽園のようだ。

 さらにこの国の人々は穏やかでみな親切だった。だというのにテオバルトはこの国へ愛着が抱けない。


 だが愛着も愛国心も郷土愛も何もない自分でも、目の前にいる悪を殺すことはできる。

むしろあの存在は、唯一生き残った自分が殺さなければならない。

 優しい次兄や三兄の受けた苦しみを―――



 そこで思考を止めたテオバルトは空を見上げて息を吐き出した。


「それは私怨だ。認められない」


 己に言い聞かせるようにつぶやいたテオバルトは考えることを放棄して歩を進めた。

 足元にあるのは、本来は攻撃を防ぐために風を圧縮して壁とする魔術で《風の壁》という。言語魔法により生み出された初歩魔術だが、壁の向きや場所を変えれば足場にもなれた。


 やがて王立学園高等部までやってくると、魔術の向きと位置を調整して下り坂を作る。そうして第一校舎と第二校舎の間にある中庭へ降りたテオバルトは、地面に降り立ち指を弾いて魔力の糸を断ち切った。そうすれば魔術は解除されて風も四散する。


 その瞬間、女子生徒の悲鳴のような声だけでなく、男子生徒の低く轟くような声が響いた。


「どういうことなの!!! 空から舞い降りたわ! あれはもはや神なのでは!?」

「その場合はマントの色から水のラコルド様なのかしら? それとも爽やかな風のソルダイク様になるのかしら?」

「あの凛々しさはロールグレン様以外にないのではないの!?」


 唐突に五柱神の話を始める女子生徒たちをよそに手袋を脱いだテオバルトは、人込みの向こう側から走ってくるアニエスを見つけた。ただ校舎ではなく中庭から来たということは食事の時刻は過ぎているのだろう。


「悲鳴が聞こえたのでまさかと思いましたが、テオバルト殿でしたね」

「そうだな。突然現れたから驚かせてしまったのだろう。申し訳ないことをした。それと、昼に遅れてしまったな」

「ああ、ええ少し。ですが寮に行けばディートハルトと一緒に食べられますよ。それより先程すごい突風じゃなかったです?」


 窓がかなり揺れていたと楽しげに語るアニエスに、テオバルトは左右を挟むように建つ校舎を見た。


「そうだな。窓が割れなくて良かった」


 騎士である自分が理由もなく王立施設を損壊するなどありえない。そう思うまま告げたテオバルトを見つめていたアニエスは、なぜか微苦笑をこぼす。


「今日のテオバルト殿は、顔色が良くても目が死んでおられるんですね」

「目は生きているが?」

「それはそうです。それより男子寮に行ったらマティアスによろしく言っておいてください。ちなみに今日のリリは、テオバルト殿のおやつが無かったため5個もデザートを食べました」


 アニエスから向けられた突然の報告にテオバルトは忘れ物を思い出して目を見開く。


「忘れていた」

「わかります。目が死んでましたからね。ええ、ですので明日は4個くらい余分に買えとリリが言ってましたよ」

「琥珀色の彼女は元気にしているのか?」

「それはもう、デザートを5個も平らげるほどに。今頃はアナベル嬢によるこの大陸の歴史講座を受けていますよ」


 リリと呼ばれる琥珀色の少女は、件の被害者を何より大切に思っている。だというのに怒りに支配されることもなく、己の中にある衝動すら抑え込み人の中で生活していた。その精神と理性の強さはテオバルトも尊敬している。だがそんな彼女の強さは、周囲の支えがあるからこそなのかもしれない。


「周りに助けられる環境は貴重だな」

「そうですね。そしてテオバルト殿のことは私がいつでもお守りするので遠慮なく言ってくださいね。颯爽と駆けつけてお姫様抱っこします」


 和ませたいのか、守ると言い出すアニエスに、昨日のロイスの言葉を思い出す。彼女は近衛騎士であると同時に、自分が認めた相手をお姫様抱っこする趣味の子供らしい。


「10歳も年下の子にそんな事はさせられないよ」


 何がアニエスを気遣わせているのかわからない。そんなテオバルトはお姫様抱っこだけは拒否すると告げてその場を離れた。

 そうして校舎を通り抜け再び外に出ると1年生の男子寮へ向かう。



 事故5日目以降、テオバルトは男子寮で被害者へ昔話をするようになった。

 その前日に被害者へ治癒師の存在の重要性と休息の意味を理解してもらうため、カマラ王国での出来事を話している。だがおそらくそれが被害者に新たな傷を与えてしまったのだろう。

 その翌日に筆談ができるようになった被害者は、テオバルトを心配する文章を並べてきた。そのためテオバルトは過去の明るい話をする必要性を認識する。


 そうして5日目には、テオバルトが3年間所属した深淵の学舎について語った。

 さらにその翌日には深淵の学舎があるエーム大陸について語る。エーム大陸にある4つの国家の特徴とその歴史。

 さらにその次は……と考えていたが、昨日はロイスという帝国騎士が現れたため話すことができなかった。

 だからこそと、寮の2階にやってきたテオバルトは考える。1階の食堂に行けばディートハルトたちと食事が取れると親切なアニエスは言ってくれた。だが食事など一度や二度抜いた程度でどうにかなることではない。

 それよりも被害者がひとりこの部屋で退屈に過ごす時間を減らすことが重要だと。


「こんにちは」


 扉を叩くことなく部屋に入ったテオバルトはいつものように挨拶を向ける。とたんに本を読んでいたらしい被害者が嬉しそうに顔をほろこばせた。ただそれだけで、テオバルトの中にあった喪失感が溶けて消えるような気がする。


 テオバルトはいつものようにマントを脱ぐと寝台に腰を下ろした。そうして被害者の手元にある本の表紙を見れば魔法学と書かれている。


「魔法を学んでいたのか」


 傷つき寝込んでいる間、被害者は授業そのものを欠席していることになる。そのため復学するにも遅れを取り戻す必要があるのだろう。

 そう考えたテオバルトの目の前で、被害者は白紙に文章を書く。

 そこに書かれた「深淵の学舎の話を聞いて気になりました。魔法と魔術は違うみたいなので」との文言にテオバルトは我知らず感嘆の声をこぼす。


「よく気づいたな。たしかに魔法と魔術は違う。魔法は、魔族が使用していた魔法をそのまま流用したところから始まる。だが俗に言語魔法と呼ばれるそれは人間が開発した魔術だ」


 基礎的なところを語ると被害者は何度も重ねるようにうなずく。


「魔法は基本的に呪文を詠唱し魔法陣を組み立てる。だがこの呪文詠唱の時間こそが弱点だな。魔族は呪文詠唱を必要としない。呪文詠唱をしたとしてもとても短い。これはグレイロード帝国の宮廷魔術師殿によって立証されているな。彼女は古代語で呪文詠唱を唱えるため、通常の半分以下の詠唱で倍の威力を放つことができる。だが、すべての魔術師が古代語を習得するというのも無理な話だ。そこで人間が生み出したのが言語魔法」


『言語魔法』と白紙に書いた被害者は、言語という文言の意味を書き始める。

 言葉や文字、記号を連ねて表すもの。そう書かれた文書を指先でトンと叩いて示す。

 その上でテオバルトはポケットから白い手袋を取り出して装着した。


「言語魔法の基本は魔力の糸だ。火、水、地、風、光、闇、命、死、思からなる9つの属性にそれぞれの色がある。その色の糸を編むことで魔術を作り出す。これによって通常の魔術なら呪文詠唱は必要なくなる」


 説明しながら青い魔力の糸と白い魔力の糸を出して、紫の糸を基として編んでいく。その光景を、被害者はただでさえ大きな黒い瞳をさらに大きくさせて眺めていた。

 やがて青い糸と白い糸が絡み合い、簡素な紋様が描かれる。光を帯びたそれは完成した途端にかき消えて魔術を発動させた。

 広い室内に発生した霧はキラキラと光を放ちながら消えていく。それはただ霧の中に光を乱反射させて煌めかせるだけの何の意味もない魔術だ。

 だがかつて自分が傭兵として護衛した難民の子供たちがそうだったように、被害者も手を叩いて喜んだ。


 その後もテオバルトは、戻ってきたディートハルトや治癒師の前でも魔術を見せ続けた。もちろんそれらは簡単なものでしかないが、彼らはそんなものでも喜んでくれる。

 もちろんそれは彼らが善良な若者だからだ。同じ魔術を見ても、大人であればそれで飯が食えるのかと茶化してくる。


 だがそもそも言語魔法は飯を食うために生み出されたわけではない。言語魔法の9割がそうであるように、これは戦うために生み出された魔術だ。


 エーム大陸はかつて闇王ロシエンバルトがいた土地である。

 それは神話の神々がいた時代が終焉を迎える頃で、人間も今と違い無力な存在だった。そんな人間たちを守ったのは五柱神を頂点とした翼を持つ御使いたち。いまは人と交わり血も薄れ天空の民と呼ばれる者がほんの少し残るだけとなっている。そんな彼らが人を守り、闇王ロシエンバルトを大陸南の島に封じた。

 その勇姿を見た当時のエーム大陸の人間たちは、後の時代に闇王が復活した場合を考える。

 かくしてエーム大陸内は地域を5つに分けて、それぞれの国を建てた。ただそのひとつである深淵の学舎だけは国家の体をなしていない。他国に支えられながら魔族の使っていた『魔法』を研究し、人間にも扱えるよう1000年経った今も研究している。



 かくして言語魔法は、魔族と違い脆弱で無力な人間が、己より強いモノを殺すために作られた。そのため9つの属性は等しく攻撃と防御から始まっている。

 そしてその最終形態である禁呪に至っては、国家を滅ぼす威力を持つ破壊魔術でしかない。だからこそそれは禁呪とされたのだから。


 だが今この部屋にいる3人は、そんな言語魔法の存在意義など知らない。知らないまま珍しいものが見られたと喜び、次に何ができるのかとテオバルトに問う。

 そうして時間が過ぎて夕刻になると、テオバルトは己のミスに気付いた。語ろうと思っていた人魚の国について被害者に話すことを忘れていたのだ。





 夕方になり治癒師とふたりで帰路につく。その間も治癒師は饒舌で情緒も忙しいらしい。


「本日の隊長様は、お顔がいつにも増してよろしくておられるのにあんな魔法はないですよ」

「たしかに、あんなものは誰も使わないからな」

「そういう意味で、ないと言っているのではありませんよ。本当に素晴らしすぎてあり得ないと言っているんです」


 治癒師は嬉しそうに、あの光はもっと形あるものに変えられないのかと語った。そしてテオバルトはそれにうなずきながらも子供のようだと思う。


「そういえば隊長様は、お休みがないだの就業時刻が定まっていないだのとおしゃってましたが、来月1日の花祭りはどうですか?」

「どう、とは」

「さすがに花祭りの日は休みでしょう。それにその頃にはマティアス君の傷も癒えて、出かけられるようになります。わたしも休みを取りますのでご一緒に祭りに行きませんか」


 花祭りは毎年白の月の1日に開催される。

 おおよそ世界のどこでも開かれる1年の始まりを祝う祭りだ。ただ温暖な竜王国では春を告げる『花祭り』となっている。


「もしや隊長様、来月も休みがないなんてことは言いませんよね?」


 祭りの誘いに返答できないテオバルトへ、治癒師は眉をひそめて疑うような目を向けてくる。そんな治癒師にテオバルトは首を振って返した。


「仕事はない。既に今月末日付けで解雇処分されることは決まっている」

「は?」

「だから、来月には竜王国騎士ではなくなる」

「なぜです?」


 なぜか不機嫌になった治癒師は足を止めてテオバルトの両腕をつかむ。


「なんでそんな事になるんですか」

「何故も何も最初から言っていただろう。この事件を捜査するということは、侯爵家に刃を向けるということだ。騎士団に圧力をかけて雑用係のクビを切る程度は造作もない」

「だとしてもですよ! だとしても、本当に騎士団が応じるとは思いませんでしたよ! だってあなたはあんなにすごい魔法を扱えるんです。それこそわたしのことなんて言えないぐらい凄かったじゃないですか」

「君は珍しい魔術を見たからそう思うだけで、あれ自体はたいしたものじゃないよ」

「でも簡単に手放して良い人ではないです」

「君はそう思うのだろうが」


 なぜ治癒師がそこまで怒るのかわからない。わからないが、既に辞令は出ているのだから納得してもらわなければならない。

 そんなテオバルトは、治癒師を見下ろしたまま告げた。


「そもそも竜王国騎士団は俺が魔術を扱えることを知らない」

「は? なぜですか? 能力を隠しているということですか?」

「俺は元傭兵で平民だ。魔力至上主義のこの国において、魔力とは貴族の特権だ。平民の多くが魔力量など調べられない。騎士になるとしても、平民なら魔力量も何も調べず配属先が決まる」

「雑用係に、ですか? じゃあ本気で隊長様は、貴族らしいそのお顔だけを評価されたということですか? 上司の方は何をしてるんです?」

「俺は上司を見たことがない。辞令も命令もいつの間にか机に置かれている」

「そんなおかしな話がありますか。顔も知らない言葉も交わさないで、隊長様の何が知れるんですか」

「知る必要がないのだから問題ない」


 怒りが収まらない治癒師に耐えかね、テオバルトはその肩を叩き手を放させた。しかし治癒師はますます顔をしかめると涙目で抱き着いてくる。


「隊長様はお顔こそ貴族様のようにおきれいなのに、誰よりも仕事ができるお方です。なのに仕事以外はポンコツで、わたしの言葉も理解できない!」

「ああ、それは申し訳ないと思っている」

「あなたが本当は誰よりも優しい方で、誰よりも素晴らしい魔法技術を持っていて、なのに侯爵家相手でも戦える勇敢さもあるんです! なのに本当に本当にポンコツで」

「褒めているのかけなしているのか…」

「なんで誰もあなたを知ろうとしなかったんですか」


 顔を離した治癒師は、涙目でテオバルトを見上げて意味がわからないとつぶやいた。そんな治癒師の言動こそ理解できないテオバルトは真顔のまま首を傾ける。


「必要ないからだろう?」

「何が必要ないんですか」

「俺だって上司に興味はない。第二部隊長として務めを果たせたからそれで良いと思ってる」

「しかし孤独じゃないですか。わたしだってなんやかんや文句はありますが、竜神殿に帰れば仲間がいるんです。夕食の合間に愚痴を言ったり雑談しますよ。隊長様はそんなことも必要ないなんておっしゃるつもりですか」

「そうだな。必要ない。それに、すべては今更な話だ。俺は今月末日で騎士でなくなる」

「理不尽だ!」

「竜王国の礎を築き、今も国を支えているのは9つの侯爵家だ。君が昼に食べただろう食事も、侯爵家が寄付した金や税金で賄われている。そして9つの侯爵家の納税額はそれ以下の総額を遥かに越える」


 侯爵家の重要性と権力を持つ理由を教える。これはテオバルト自身がいなくなった後も、治癒師がその発言で苦境に立たされないためだ。

 すると少し落ち着いたらしい治癒師は、テオバルトから離れると服の袖で涙を拭いた。


「隊長様はディートハルト君の愛人になればいいですよ。こんな国なんて捨てて」

「それはどうだろうか」

「真面目に取らないでください。つまりは帝国に行けってことですよ。あそこの騎士団は実力主義でしょうから、隊長様なら出世できますよ」 

「そうかもしれないな」


 騎士を辞めた後のことは考えていない。そう言えないテオバルトは再び歩き出す治癒師の隣を歩いた。



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