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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
129/171

121. ローラン侯爵邸でお泊りする

【風の月十日発生 王立学園高等部内殺人未遂事件報告】

 発生日時:風の月十五日

 発生場所:王立学園高等部校舎内

 当日、王立学園高等部において音楽祭が開催されていた。

 その裏で殺人未遂事件が発生した。

 音楽祭実施中であったため、当該校舎周辺に目撃者は存在しなかった。

 事件発生直後、校舎外壁の破壊が発生。

 俗に「爆破事故」と称される事案である。

 当該破壊行為により周辺に野次馬が集結。

 結果として容疑者は逃走不能となり、多数の目撃証言が発生した。

 校舎破壊を行った者は犯行現場を直接視認している。

 よって容疑者は犯行事実の否認が困難な状況にある。

 容疑者:オリヴィエ・アンベール

 共犯:シェルマン・ルヴランシュ

 両名は共謀の上、被害者マティアス・ローランを校舎内へ呼び出した。

 目的は、性的暴行の既成事実を捏造し、学園から排除することにあった。

 被害者の抵抗に対し、オリヴィエ・アンベールは顔面を殴打。

 その後、頸部を圧迫し殺害を図った。

 当該行為の最中、外部よりディートハルト・ソフィードが校舎外壁を破壊し侵入。

 これにより被害者は救出された。

 被害者は頸部への強度圧迫により気道を損傷。

 重篤状態に陥った。

 診断書は別添資料参照。

 事件後、アンベール侯爵が王立学園へ圧力を行使する動きが確認されている。

 今後、竜王国騎士団への介入が想定される。

 現在、竜王国騎士団は王城管理下の行政機関である。

 九侯爵への直接進言権は有していない。

 本件の原因究明および公正な裁定は、侯爵位保有者による自浄作用に依存する。

 以上。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 竜王国騎士団の封筒に入れられた匿名の報告書が届いたのは、風の月20日のことだった。つまりこの文章を作成した者は短期間でここまで調べ書き上げたことになる。

 あの広大な王立学園高等部で生徒たちと関わり、目撃者を探すのも難儀したことだろう。しかも作成者は騎士団の立場を知った上で、侯爵らの自浄作用などと言うものを進言している。


 つまり作成者は、竜王国の侯爵家たちが腐敗していることを知っているということだ。格差が広がりすぎて伯爵以下の貴族にすら見えないことを。


 報告書を読み解きその事実にたどり着いたローラン侯爵は素直に震撼した。これほどの才能を持った者がまだ竜王国にいたのだと。



 そんなローラン侯爵の屋敷には妻と3歳の息子以外に5人の客人が滞在している。

 この客人たちは昨年から行われているバルニエ伯爵家邸宅の修繕工事に伴い、移り住まわせた子女たちだ。

 昨年、バルニエ伯爵であるエティエンヌは爵位返上されている。その後に改めて息子であるジェレミーへ伯爵位が授与された。


 これはエティエンヌから一切の権利を奪うための処置である。だがそれに伴いバルニエ伯爵家のすべての権利もジェレミーだけが持つことになった。

 エティエンヌの妻であるアリーヌは伯爵夫人ではなくなり、その愛人の子らも成人までに嫁ぎ先が見つからなければ平民となる。


 むしろジェレミーが認めなければ、修繕工事が終わった屋敷に住む権利すらない。そんな女子供を世話したところでローラン侯爵には利益などないが、こればかりは仕方ないことだ。

 幼児らが住まいを失うと知っていて見捨てられるほど冷徹にはなれないのだから。


 そして屋敷の外では陰気だの人嫌いだのとささやかれているローラン侯爵の元へ、幼児たちは平気でやってくる。

 3歳を筆頭とした三姉妹は、エティエンヌが将来的に売るため若い愛人を孕ませ生ませた子だ。だがそうして伯爵家で生まれても、エティエンヌは子供たちが音を立てることを許さなかったという。

 赤子が泣いてもうるさいと怒鳴るような屋敷で、息を殺して生活してきたらしい。

 そのためそ三姉妹は、ローラン侯爵家へやってきた当初も同じように音を立てず過ごしていた。


 そんな三姉妹の姿に怒ったのはローラン侯爵家を取り仕切るセレナ・ローランだった。

 子供が自由に過ごせない世界などありえない。

 そう怒った侯爵夫人は、使用人に命じて庭に幼児の足首ほどの深さの泥の池を作らせた。その上で我が子マリスを含めた幼児4人と、半日泥まみれになって遊んだらしい。


 その日を境に三姉妹は声をあげて笑うようになった。泥は数日のうちに撤去されたが、今も芝生の庭で転がり遊ぶ。

 いずれ令嬢としてふさわしい教育もしていくが、幼児期はこうあるべきだ。そう胸を張る侯爵夫人に、エティエンヌの元妻も愛人も気が抜けたらしい。それ以降は頻繁に女性3人でお茶をして、妊娠中の愛人サラを助けた。

 そうして数ヶ月後に愛人サラが男子を生むと、皆で祝福したらしい。


 もちろんその祝福にローラン侯爵が加わることはないが、楽しくやっているならそれでいい。

 屋敷の管理は妻の仕事であるし、なによりローラン侯爵には暇がない。

 ローラン侯爵家は世界有数の資産家だが、この資産を生み出す会社はアルマート公国にある。ローラン侯シメオンの実兄が作った魔法武具の製造と販売を行う会社がそこにあるのだ。

 むしろ貿易の中心であるアルマート公国には、同じように世界規模の会社がいくつもある。そのため会社がそこにあることは不自然ではない。


 だがだからこそ竜王国は、行政機関の一部以外はローラン侯爵家の資産がどこから発生するのかつかめていない。そしてローラン侯爵も、わざわざそれを伝えてやる義理もなかった。

 ローラン侯シメオンには、愛国心も郷土愛も何もないのだから。だから住み心地が悪くなれば国を捨てれば良いと思っている。

 そんな彼でも、赤の他人の幼児は見捨てないし、5歳になった幼児がなぜか執事のマネをすることも黙認している。


「だんなしゃま、おきゃくしゃまでごじゃましゅ」


 その日の夕方、ローラン侯爵の執務室に現れた幼い執事は、済ました顔で客人を知らせてくれる。黒いワンピース姿の幼児を見た侯爵は、視線を滑らせ本物の執事を見た。

 すると老執事は「竜王国騎士と帝国騎士のお二方です」と教えてくれる。彼が追い返さないということは、騎士は本物だということだろう。

 だとするならおかしな組み合わせだと思いながら、ローラン侯爵は手にしていた報告書を机に置く。その報告書は竜王国騎士団から届いたものだが、作成者の名がない。

 この部分も、客人と会うことで何かわかるだろうか。そんなことを考えながら執務室を出るローラン侯爵の後ろを幼い執事がついて来る。


「ロズリーヌ、客人にはどのようなおやつを出してやればよいだろうか。厨房で使用人に聞いてきてくれたまえ」

「しょーちいたしゅま!」


 ローラン侯爵から直々の依頼を受けた幼い執事は目を輝かせて走っていく。さらにその後を侍女が音もなくついていった。

 そんなふたりを見送ったローラン侯爵は改めて応接室へ向かう。




 屋敷1階にある応接室は南向きで、西日はあまり入らない。だが夕刻のこの頃合いには魔鉱石の照明が灯されて昼間のような明るさを保っていた。


 応接室へ入ったローラン侯爵は知らせ通りのふたりを見る。白い騎士団服と黒い騎士団服。偶然とは言え対極の色彩を持つ2国の騎士はソファに並び座っていた。


「待たせたね。それで、どのような用件かな」


 客人の向かい側に座り声をかけながら、ローラン侯爵の目は自然と竜王国騎士に捕らわれていた。

 白金色の髪と淡い青色の瞳。涼やかに整ったその顔は、ローラン侯爵の古い記憶の中にもある存在とよく似ている。あるいは彼が何より可愛がっていた幼い弟に。


「報告書を書いたのは君か」


 だからこそ確信めいた問いかけを向けた先で、竜王国騎士はうなずいて返した。


「ローラン侯爵のことは、ご息女から聞いています。その事案に関して唯一信頼できると」

「ブリジットのことだから、侯爵家の中では腐っていない程度の言葉だろう。だが自浄作用などない時点で同じ穴のムジナだ。それで? その帝国騎士と共に君は何の用でここに来た」

「それは……」


 信頼だのを向けられても困る。そんな思いとともに問いかけた先で、騎士は気落ちしたように深刻な顔を見せた。そのためローラン侯爵はおおよそ騎士団を解雇されたのだろうと考えを巡らせる。

 邪魔する者は圧力を向けてでも消すのがアンベールのやり方だ。


「僕、宿がとれないんです。なのでここでしばらく泊めてくれませんか?」


 黙り込んだ竜王国騎士の隣で、帝国騎士が不躾なことを平然と言い放った。その思いもよらぬ言葉にローラン侯爵は目を見開く。


「突然押しかけて何を言い出すんだ。宿くらい取ればよかろう。金が無いなら貸してやる」

「宿って、受付しますよね? あれを僕が自分でやっちゃうと怒られるんです」

「君はそれなりの大人だろう。誰に怒られると言うんだね」

「確かに僕は33歳の大人です。でもほら、どんな人間も過去の所業って消せないですよね? 僕も家出してブラマまで自分の魔力剣を取り戻しに行くとか、その中で海賊船に乗るとか。そういう近衛騎士団長には認められないようないろんなことをしてしまったわけです。なので、今回は、ローラン侯爵が妥協点だよって……宰相が」

「兄上め!」


 相手の正体を理解したローラン侯爵は己の膝を殴りつけた。そんな侯爵の正面に座っている帝国騎士は、お茶が運ばれてくるとそちらに目を向ける。

 あげく幼い執事が無事にカップをテーブルまで運んだのを眺めては手を叩いて褒めた。


「偉いねぇ。あ、お土産持ってきたんだけど可愛いハチドリさんも食べられるかな? スコーンもどきなんだけど」

「しゅこーん、かたいれしゅのよ」

「うん、わかるよ。ぱさついてて食べにくいよね。でもこれフワフワなんだよ。パンケーキをスコーンの大きさにしてるだけなんだ。だから可愛いハチドリさんの妹にもあげられるかもしれない」


 妹たちにもと言われた幼い執事は目を輝かせた。そんな執事は帝国騎士から紙袋を受け取ると大きな声で礼を言い走り出す。

 応接室から飛び出す5歳児を眺めたローラン侯爵は、改めて帝国騎士を見た。


「バルニエ伯爵家のことも兄上から聞いているとの認識で良いですかな」

「何もかも知ってるよ。なにせ普段からアニエスが報告書を送ってくれるからね。それより僕のこと泊めてくれる気になった?」

「断れない状況だとわかっていながら、そのように質問されるのはいかがなものか。ですが部屋は余っておりますし、にぎやかな屋敷でよければ御随意に」


 こんな爆弾を寄越すなら先んじて知らせが欲しかった。気が利かないわけではない兄の手落ちを呆れつつ、ローラン侯爵は今もそばに控える本物の執事に指示を向けた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 帝国騎士ロイスをローラン侯爵家へ送り届けたら、王城へ戻り仕事を片付ける。そう決めていた竜王国騎士のテオバルト・ヴェルは侯爵邸で幼い少年につかまった。


 件の被害者によく似た3歳の子は、白の騎士団服をカッコいいと言って離れない。あげくそれなら仕方ないと周囲の者たちに食事を勧められ、あげく風呂にも入れられた。


 普段のテオバルトは、夜中に帰宅して適当に水を浴びて寝るような生活をしていた。夜明け前に港へ行けるようにと王都下層に住んでいるため、いつでも井戸の水が使える。

 もちろんその地域は、王都上層のように上下水道もなければ、魔芒石を使った湯沸かしもない。けれど衣服を含めた汚れは魔法でなんとでもなるため、水を浴びれば大体は落とせる。

 それに寝台以外は何もない部屋も、生きるのに困ることはなかった。なにせテオバルトは基本的に家にいないのだ。

 汚れを落として寝られるならそれでいい。傭兵時代には野宿が当たり前だったから、どんな硬い場所でも眠ることはできる。



 だがローラン侯爵邸で暖かな湯に浸かることで、水や魔法では落ちないものがあったと気付いた。

 そうしてどこかに落としてしまった緊張感を取り戻せないまま、もう夜だからと客間に案内される。華美ではないが居心地の良い客間で、柔らかな寝台に腰を下ろすともう駄目だった。


「今夜は……」


 きっと襲撃者も来ないだろう。貴族の邸宅には魔法武具による警備がついているが、ローラン侯爵家はそれがもっとも強い。

 そんなことを考える間もなくテオバルトは枕に頭を沈めて寝落ちていた。




 かくして数年ぶりに深く眠ったテオバルトは、客間に人が忍び込んできてもまったく気づかない。ベッドの片隅で、掛け布団すらかけず縮こまり眠る彼のそばに立ったローラン侯爵は嘆息つく。


「……寝顔は昔のままだからたちが悪い」


 ぼやくようにつぶやいたローラン侯シメオンだが、言葉に反して優しくテオバルトに布団をかけて立ち去る。

 音もなく扉を閉めたローラン侯爵は、そばで待っていた私服姿の帝国騎士を見やった。


「よく寝ておりました」

「それは良かった。しばらくは僕を理由に彼もここにいられたら良いけど、それでは向こうが警戒してしまうかな?」

「愚かですが無能ではありませんからな。速やかに侯爵家を集め潰してしまったほうがよろしいでしょう」

「じゃあそのように。今の僕はただの帝国近衛騎士として侯爵に従うよ」


 この世界でもっとも強い存在から従うと言われたローラン侯爵は、露骨なほど嫌そうに顔をしかめる。


「滅相もない」

「そんな嫌そうな顔で言う人はいない。うちの怖い宰相だってにこやかな顔を見せてくれるよ? きれいな笑顔で、ふざけるその口に常識という言葉を突っ込んで差し上げますよって」

「兄の苦労が忍ばれますな」

「ねー? でも今回の話は仕方ないよ。だって相手は青い竜の逆鱗に触れたんだもの」


 にこやかな顔ながら、ロイスのその言葉は竜王国民であるローラン侯爵を黙らせるには十分だった。


「彼女はきっと今でも、自分の中の竜の衝動を抑え込んでる。それは言葉で言うなら簡単だけど、フィーリスですら涙が出るくらいの重圧だよ。そこまでして殺さないようにしてくれるのは、魔女とかいろいろな問題のためでしょ? だったら僕たち大人もきちんと守ってあげないとってなるよ」

「だから単独で来られたと」

「えー?」


 理由はわかるが、行動はどうなのか。その一点が納得いかないローラン侯爵の目の前でロイスは緩んだ笑みを見せる。

 彼はこの屋敷にいる間はずっとこうだった。常に緩んだ態度で周囲の人間とも親しげに接する。だがこの男が生ぬるいだけの人間であるはずがないのだ。


「ひとりで来たとは言ってないよ? ただ向こうは向こうで、皆殺しにした賭博場とか、娼館に売ったゴミの確認がしたいって言ってたから港でお別れしただけで。ついでにいうと―――」


 そう告げたロイスは、一瞬で温度を捨て去ったように冷たい笑みを浮かべる。


「こちらの魔力剣は常にすべての魔法剣と繋がってるから、今この瞬間もどこかの侯爵の屋敷を出ようとしていた犯罪者たちが死んだこともわかってるよ。竜王国の弱点は魔法武具を警備に使うことだよね? そんなものは人間相手にしか効果がないのに」


 グレイロード帝国の建国王ロイトヒュウズは、魔力剣筆頭と呼ばれる赤のラディウスを持つ。15歳という幼さで王として立たねばならなくなった彼は、けれども数多の至難を乗り越え大陸全土を支配し戦の時代を終わらせた。


 まるで伝説のように語られる本人は、可愛いと評されるだろうその顔で人の死を語る。


「やっぱりあなたが言うとおり、明日か明後日には侯爵たちを集めて話し合いをしたいね。そうじゃないと勢い余ってアンベール侯爵を殺しそうだから」

「気持ちはわかるが、竜王国は法治国家なのだ。簡単に殺してはいかんよ」

「グレイロード帝国も法治国家だよ。ただまぁ、ケンカを売る相手には気をつけたいよね?」


 上目遣いで問いかけてくる相手にローラン侯爵は同意しなかった。ただ要約すればあの砂糖菓子と似ているのかと気づいて納得する。

 彼らは論理ではなく武力で正義を語る人種なのだと。





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