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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
126/181

118.竜王国の雑用係

 第二部隊長であるテオバルト・ヴェルの朝は早い。夜明け前には王都下層へ赴き、船に乗り込む漁師たちに挨拶をしつつ港の管理事務所で前日発生した犯罪や問題の確認を取る。

 港の管理職員には何かあれば報告書類を頼んでいた。これによりテオバルトが隊長となってから確認の時間が格段に減っている。少なくとも口頭で愚痴を聞く時間は減った。


 その後は下層地域にある衛兵詰め所を巡り、昨夜のうちに問題がなかったか確認する。ここも報告書類を作成するよう4年間で徹底したことにより確認作業も楽になった。

 なにより衛兵たちが問題を視覚化できるようになり、対応策を講じれるようにもなっている。


 そうして朝の仕事を終えると、街の人々から声をかけられながらも王城へ戻る。朝の忙しい時間でも街の人々はテオバルトを見つけると挨拶をくれるようになった。これも4年前はなかったことだ。

 少なくとも竜王国騎士団の騎士は、事件事故が起きない限り王城から外に出ない存在だった。


 そのため小さな事件などは衛兵がすべて片付けるのだが、衛兵はしょせん衛兵でしかない。彼らの仕事は治安を守ることで、事件に関する捜査権も罪を問う権利もないのだ。それに当然だが街の人間は衛兵を敬わない。そういう地位ではないことを知っている。


 テオバルトはその点も問題視して、第二部隊の騎士による巡回を始めた。それにより犯罪が減ったのは青いマントによる威圧効果だと考えている。


 そうして多くの人に挨拶をされ、途中で目についた菓子類を買いながら王城に戻る。

 そこからはひたすら机の上に積まれた書類の山を片付ける作業に入った。だがそれらすべてを午前中に片付けることはできない。


 書類整理を中断したテオバルトは王立学園へ移動する。王立学園高等部の食堂で生徒たちと情報共有しながら朝食兼昼食を取った。

 その後は昼休憩が終わるまで、中庭でトレーニングをしているらしい騎士科の生徒たちから質問を受ける。彼らは少し前にアニエスへ模擬戦を吹っかけてボロボロにされたらしい。

 そのため彼らは「女性騎士でも鍛えればあれほどになれるのか」と問いかけてくる。つまりアニエスは特別で、普通の女性があそこまで強くなれるわけがないと思っているらしい。

 そんな彼らの夢を壊すのは忍びないが、騎士の実力に性差はないと答える。

 傭兵でも騎士でも強いのは、その場で臨機応変に動ける人間だ。そしてそれを成せるだけの身体能力を身に着けるほど努力できる人間でもある。

 だからこそアニエスが提唱するトレーニングは有効だと教えたところ、なぜかアニエスに感謝された。


 昼休憩が終わると1年生の男子寮へ向かい、休むことを知らない治癒師に昼休憩を取らせる。この治癒師は放置しておくと休むことなく患者と向き合おうとする危険な人間だ。

 両親から捨てられ孤児院に入れられた過去を持つらしいから、他人を救うことで己も救ったつもりになるタイプなのだろう。だがそれをやりすぎて治癒師である彼自身が倒れてしまうと竜神殿が困る。


 人を傷つけられる人間は履いて捨てるほどいるが、人を癒せる人間は稀有で重要な存在だ。


「君は自分にどれほどの価値があるか理解しているのだろうか」


 だからこそ問いかけたテオバルトの目の前で、起き上がる被害者の喉を見ていた治癒師が振り向いた。

 そうしてなぜか珍妙な生き物を見るようか目でテオバルトを見つめた後に、立ち上がると視線の高さを近づける。


「どうされたんですか? 変な物でも食べられましたか」

「君があまりに休まないから心配になってきた。君は治癒魔法を扱い、さらに医学知識もある。そういう人間はとても貴重なのだが、自覚はあるか?」

「そんなものはございませんよ。わたしは隊長様のような役職持ちでもありませんし、竜神殿にいる末端の人間です」

「竜神殿に所属できるだけで価値があるのだが」

「そうですか。それで、わたしに価値があるからなんだという話ですか?」

「休息を取れと言っている。朝から夕方まで魔法を使い続ければ相応に負担もかかる。神聖力も魔力と同じく無限に溢れ出るわけではないのだから、適度に休め」

「隊長様は、竜神殿の末端を知らないからそのように思われるのでしょうけどね。ここでこうしていなかったとしても、王城で延々と軽傷患者の傷を癒やすだけなんです」


 王城で、というその言葉にテオバルトは驚いた。王城にいるのは文官と騎士だけだ。


「それはまさか、修練で負った傷を治すという話なのか?」

「そうですよ。末端の人間はそうやって治癒魔法の練習をするんです。わたしは15からこれをやってるので、確かに技術はあるでしょう。ですが年齢的にはまだ末端なんですよ」


 完全な年功序列なので。そう言い捨てた治癒師は寝台の縁に座ると、被害者の喉から顎のラインを見る作業に戻る。


 その姿を呆然と眺めていたテオバルトは、そばにいたディートハルトに肩を二度軽く叩かれた。


「修練の怪我で練習するって、たぶん平和な国ならどこでもやってるよ。アルマート公国でも似た感じで港の人たちの怪我を治すことをしてる」

「それは休まずに、ということか?」

「だって、ほら、考えてみてよ。神殿の偉い人って基本的に神聖力がめちゃくちゃあるんだよ。そういう偉い人はできて当たり前って世界で生きてる。これは魔術師の世界でも同じだけど、一番上と末端では力の量が違うってことがわからないんだよ」

「だがそのために治癒師を酷使するのはおかしいだろう。神聖力とは、五柱神の神々が人に与えた奇跡そのものだ。履いて捨てるほどいる魔術師と同列に語ることもできない。そういうものだろう?」

「その気持ちはわかるよ。いや、オレはあんまり酷使されてるところを見たことないからアレだけど。でも帝国の大神官様は、そういうことをちゃんと考えてる。だから聖騎士団には神官だけじゃなく衛生騎士がいる。その人たちは外科手術までできるから、神聖力ばかり頼ることはないよ」

「それは……そうだな」


 グレイロード帝国のやり方はテオバルトも知っている。そしてその部分で10歳も年下の少年と張り合うつもりもない。

 ただ竜王国における治癒師の扱いが想像していたよりも数倍もおかしくて気持ちがごまかせない。

 そんなテオバルトに、被害者を診終えた治癒師が言葉を向けてきた。


「そもそもの話ですが、わたしは元孤児なんですよ。そんなわたしが衣食住をまかなえているだけで十分に恵まれているんです」

「俺が知ってる治癒師も元孤児だった」


 目の前で寝台に座る治癒師が過去の何かと重なってテオバルトに口を滑らせる。そうして治癒師が驚いた顔を見せたことで、テオバルトは己のミスに気付いた。


「隊長様のそのお知り合いは?」

「死んだよ。もちろんそれは治癒魔法を使いすぎたとかそういうことじゃない。ただあの人も己を低く見る人だった。普段から人に尽くして当然だと言っていた」

「それはそうです。そもそも神聖力は慈愛の心から発生すると教えられるんですよ。相手を思いやれなければ治癒魔法は扱えないとすら。なのでその方も間違ってなかったんですよ」

「間違いだとか正しいとか、そういうことじゃない。自分のことを大事にして欲しいと言っているだけだ。君はその被害者のことを大事に扱ってくれる。そんな君だからディートハルト君は信頼して拉致なんてこともした。その信頼に応えることも、患者を思うことも悪くない。ただ君自身も同列に扱ってくれ」


 テオバルトの訴えを正面から受け止めた治癒師はなぜか頬を赤らめる。そしてさらになぜか苦々しい顔でうなずいた。


「わたしを心配してくれているのだということはわかりました」

「では昼食の後で一刻ほど休憩を取ってくれ」


 理解を示した治癒師へ、テオバルトは再度要求を向ける。すると治癒師より先に被害者がその肩を叩き、ディートハルトも治癒師の手を取り立ち上がらせた。


「オレもまだ食べてないから、シルヴァンさん一緒に食おうよー」


 ディートハルトが治癒師を連れて部屋を出ていく。それを見送っていたテオバルトが目を戻すと被害者が寝台に手を向け座るよううながしてくれる。

 そのためテオバルトはマントを脱ぐと寝台に腰を下ろした。


「君の前で治癒師に休めなどと言ってしまったこと、申し訳なく思っている」


 まず謝罪をと向けたテオバルトに被害者は緩やかな笑顔で首を横に振る。初日と比べ見違えるほど回復したとは言え、彼はまだ言葉が出せなかった。


「俺は13の時に国を出て親切な傭兵団に拾われた。彼らに連れられ海を渡り、深淵の学舎という研究機関に入った。そこは魔術研究が主体だが、教育施設もある。俺がいたのはそちらだな。そこで3年間学んだ」


 その時点で16歳と軽く計算して、ここで言う高等部2年生だとも告げる。すると被害者はこくとうなずき返してくれた。


「16歳の俺は傭兵団に戻り様々な仕事をしたんだ。リーダーのガンスさんは歴戦の傭兵で、とにかく何でもできる。馬車の修理もするし、草を編んでカゴまで作ってしまう。しかもそのカゴで魚を取ってしまうからな。そんなガンスさんは傭兵の中では名の知れた人だから、本当に様々な人が依頼をする。その最後の仕事は難民の護衛だった」


 最後という言葉に引っかかったらしい被害者は、笑顔を薄めて少し緊張したような目を見せた。そんな被害者にテオバルトは微苦笑とともにうなずく。


「100人近い難民たちが少しずつ資金を出し合って傭兵団を雇った。彼らはグレイロード帝国に逃れたいと言う。あの頃はそういう人間が多かったんだ。戦火や貧困から逃れたい難民が帝国に流れていく。でもその頃の俺は、なぜ難民が帝国に行くのかわからなかった。わからないまま……」


 ふと言葉を止めたテオバルトは、ゆっくりと深い息を吐き出す。


「君は一晩で地図から消えた国のことを知ってるか?」


 テオバルトが問いかけた先で、少しの間を開けて被害者が目を見開いた。その上で何度もうなずく。


「君は可愛らしいだけじゃなく博識なんだな。その消えた国の名はカマラ王国。ガイアイリス大陸中央部に位置していて、帝国からすればレールス河を挟んだ東にある。戦争が多かったあの時代、カマラ王国は魔法を使った投石機というものを開発した。魔法で岩を作り上げて飛ばすというものだ。本来なら攻城兵器として使われる。だがカマラ王国内のその砦は投石機の練習を難民相手に行った」

「……っぁ」


 言葉にならない声をこぼした被害者にテオバルトは手を差し伸べて唇に触れる。


「君に残酷な話をしている自覚はある。だが聞いて欲しいんだ。そうでないと、俺は治癒師の仕事を邪魔してしまう」


 この場で治癒を受ける被害者だからこそ、治癒師がどれほどこの世界に必要な存在なのかを知って欲しい。その思いを押し付けていると承知でテオバルトはすまないと謝罪を重ねる。


「降ってくる岩を魔法で砕くにしても数が多すぎる。砦の兵士たちは100を越える難民すべてを標的にしているからどこへ落ちるかわからない。そんな地獄の中で傭兵団の治癒師は最後まで仕事をした。子供を優先的に治癒して逃がす。即死した者はいいが、中途半端に潰れたものは救いを求める。そんな世界で救う者、救える者を瞬時に判断して救っていく。そして傭兵団はそんな治癒師を守ることを優先した。走れる者は自力で逃げれば良いが、傷ついた者は治癒師でなければ救えない。だが神聖力は無限じゃない。慈愛なんてものがあれば無限に救えるわけじゃない。戯れに放たれた兵士の矢に射抜かれた子供を救おうとしていた時に神聖力が尽きた」


 被害者の口に触れたままでいるテオバルトの手にポタポタと涙が落ちる。そのまま手の甲で頬をぬぐえば倍の量の涙があふれ出た。


「100を越える難民を虐殺したカマラ王国は、一晩で地図から消えた。魔力が尽きて倒れたらしい俺の上には傭兵団の人たちが乗っていた。彼らはみな背中に矢を受けて死んでいた。治癒師もガンスさんも含めて。投石機を撃ってきた砦は炎に包まれていたが、それは俺と関係ない。そしてひとり生き残ってしまった俺は、傭兵というより難民のようになってしまった。俺の中に残ったのは世界を恨む何かだけで、おそらく今もそれは変わらない。だから他の誰にも俺のようになって欲しくないと思う。大切な人を亡くしたつらさは壮絶なものだから、君にも元気になって欲しい。琥珀色の彼女はいつも君のことを聞いてきているからな」


 誰かを失うつらさも、失わせるつらさもわかる。だから被害者が早く良くなることを願いたい。それでも治癒師には無理をさせたくない。

 その矛盾した思いを告げたテオバルトに、被害者は涙をこぼしながら抱きついてくる。そして言葉にならない声を漏らした。


「…ふぇ……ひゅ」


 たまに声が漏れるが大半は音にならない嗚咽で、時に咳き込む。そんな被害者の背中をさすり叩いてやりながら、テオバルトは何度も謝罪の言葉を口にした。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 日が暮れて王立学園の生徒たちが寮へ戻る頃、部外者ふたりは帰ることになる。王城と竜神殿は同じ敷地内に隣接しているため帰路は同じだった。

 ただその日の治癒師は、被害者を泣かせた理由を執拗に聞いてくるためやりにくい。

 もちろんテオバルトも好き好んで被害者を泣かせたわけではない。それにその事は何度も本人に謝罪した。


 ただ被害者にした話を治癒師にもしたいとは思わなかった。この治癒師ならきっと「死んでも本望」などと言い出しそうだからだ。


「ちょっと聞いてます? 隊長様はそれでなくてもお顔立ちが良すぎるんですから、年頃の男の子をですね」

「どこから俺の顔の話が出た?」

「え? は? 聞いてなかったんですか? あなたのそのお顔はいろいろと若い彼らを惑わせているんですよ。だから毎日毎日気をつけろと言わせていただいているのに、ファンを増やすものだから」

「君は何か誤解していないか?」

「何をですか」

「俺は生徒たちから好かれているわけじゃない」

「は?? はぁ???」


 心の底から何を言ってるんだと言いたげな顔で見上げてくる治癒師の隣を歩きながらテオバルトはため息を吐き出した。


「君は知らないのだろうが、この青いマントには威圧効果というものがある。街を歩けば人々はこちらを見るし、犯罪者はその邪な心を打ち捨てる。竜王国における青色はそのような効果があるんだ。そして」

「ああはい。その効果はそりゃありますよ。蒼の部隊もそうですからね。でも王立学園のあなた様はただの気さくで話しやすいお兄さんですよ。しかも飛び抜けてお顔がよろしい」

「顔なんて魔法武具を使えばいくらでも変えられる無価値なものだ」

「いやいや、あなた様。隊長様。本気でそれはお貴族様の思想なのでやめてください。平民は魔法武具なんて買えないんですからね」

「だが君は魔法武具なんかと比べられない価値がある。貧富の差より確かな世界的な価値だ。その点は忘れないで欲しい。君は何より大切なんだ」


 テオバルトは真面目に話しているのだが、治癒師はまた顔を赤らめて嫌そうな顔を見せる。


「なぜそこでいつも嫌そうな顔をするんだ?」

「わたしごとき孤児の出の平民が、隊長様に口説かれていると誤解するなんてけしからんからです」

「つまり……俺が愛をささやくと君は己の価値を自覚するということか?」

「しないしない!! するわけない! やめろ!」

「そうだな。愛なんていう正体不明のまやかしを言葉にしても無意味だ」

「それはそれで怖いな……」


 ふたりで帰る時はいつも情緒が忙しい治癒師は、今も軽蔑したような目でテオバルトを見上げる。だがすぐにその軽蔑を辞めると前方に見える竜神殿を指差す。


「いつも送ってくださってありがとうございます。わたしは神殿内に寮があるから良いですが、隊長様はどちらへ帰られるんですか?」

「俺は王城に戻って書類を片付けるよ」

「は? もう就業時刻過ぎてますが? なんならあなた、初日に就業時刻過ぎの仕事は規律違反とかほざきましたが?」

「第二部隊長に就業時刻はないんだ」

「は!? 意味がわからない! なんですかそれ」

「それは君が雑用係の意味を正しく理解していないからだろう。これから片付ける書類の半分は王都下層から届けられた陳情書だ。今日中に目を通して解決策を出してやらなければならない」

「おかしくないですか?? あなた、今日はさんざんわたしに休めと言ってきましたよね。人のことが言える立場でした?」


 また軽蔑の目を向けられたテオバルトだが、治癒師のその言葉に笑ってしまった。


「人を傷つける者なんて履いて捨てるほどいる。だが人を癒せる者は貴重だと言ったんだ。俺なんていくらでも替えのきく存在だよ」

「いやそれを本気で言ってるとするならはり倒しますよ」

「君に俺は殴れないよ。それにこれは価値の話であって、己を卑下してるわけじゃない。そして替えがきく人間だから、いつでも騎士団を辞められるとも思ってる」

「竜王国騎士に飽きたんでしたっけ。辞めたらどうされるんですか?」

「決めてない」

「仕事以外は駄目な人に見えてきました」

「確かにそうかもしれないな。じゃあ、また明日」


 いつものように治癒師の金色の頭を撫で回したテオバルトは、王城に向かうべく歩き出す。





 人を癒せる者の希少性と重要性は、おおよそ人を多く殺した者ほど理解しているはずだ。数多くの死を見てきた人間は、その命が駆け引きに使えることも知っている。

 だがテオバルトは他人の命を駆け引きに使うような趣味はなかった。


 王都下層のさらに片隅、王都の明かりすら届かない暗く静かな貧困街でテオバルトは血臭漂う路地に立っていた。


「これはおそらく理解力の問題だろう。君たちは昨夜の客より頭が悪い。だから俺の言葉も理解できなかった」


 路地を血に濡らした元凶たちは、手足を刻まれ地面に倒れても生きていた。放置すれば失血により死ぬがいまはまだ生きている。

 そんな彼らの頭上に無数の刃が浮かんでいた。


「一歩でも進めば死ぬと忠告してやったのだから、そのまま引き下がれば良かったんだ。そうして雇い主に俺のことを報告すれば生きることは許された」


 指や耳を切られた男たちは、全員が両足の腱を切られて動けない。それでも意識があるため、恐怖に顔を引きつらせてテオバルトを見ていた。

 そんなテオバルトの手には、黒い宝玉がはめ込まれた漆黒の鞘の剣がある。鞘には7色の宝石がはめ込まれ宝剣のようなきらめきを持っていた。


「いや、それも間違いか。俺が許しても、俺の魔力剣が許しはしない」


 残念だと笑顔で告げたテオバルトの目の前で、男たちは路地を汚す血液ごと夜の闇に沈むように消えていく。そうして何もかもが消え失せるとテオバルトは小さく笑った。


 所有者が願わなくとも、所有者のために動くことができる。それこそが世界最強と名高い7つの宝剣の最たる力だから。


 そしてその宝剣は、ひと振りでも持てば国を手にできるとすら言われている。

 だが何も欲しいもののないテオバルトは、魔力剣を手にしてからの10年間で何ひとつ望んだことがなかった。




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