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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
125/182

117.アンベール侯爵 VS 第二部隊長

 高等部内に竜王国騎士がいる。部外者の立ち入りを禁じている王立学園だが、爆破事故に関しては隠しきれなかったのだろう。王立学園が騎士の介入を許したため、生徒たちは連日のように騎士を目にしていた。

 だが立ち入り許可をひとりにしか出さなかったのか、そのひとりしか見かけない。


 けれど女子生徒たちはむさ苦しい殿方よりもと、そのひとりを眺めながらささやく。

 鮮やかな白金色の髪が冬の風に揺れる様も、ふとこちらへ向けられる淡い青色の瞳も何もかもが美しい。だというのに白い騎士団服をまとう彼の雰囲気は剣の切っ先のように凛然としていて令嬢たちの心を貫いてくる。


「はぁ…テオバルト様本当に素敵よね。アニエス君の甘さも好きだけど、微笑まないあの方も最高」

「あんなにも凛々しくてらっしゃるのに、あの若さで第二部隊長なのですって。優秀なのね」

「だからこそ今回の事も任せられたのではなくて? あの色彩なのだもの。きっとやんごとないお家の非嫡出などなのよ。そうでなければ侯爵家に太刀打ちできないわ」


 女子生徒たちが好き好きにささやきながら竜王国騎士テオバルトを眺める。そうして事件発生3日目、王立学園へアンベール侯爵とルヴランシュ侯爵がやってきた。


 ギヨームと名乗る王立学園の職員が知らせに来た時、テオバルトは中庭で昼休憩の恒例行事らしいトレーニングを眺めていた。

 帝国式のトレーニングは必要箇所の筋肉を鍛えるのに効率が良い。そのためテオバルトもかつて帝国にいた時に取り入れていた。

 そんな折に現れた知らせにテオバルトは表情を変えぬままうなずいて返す。侯爵ふたりが来た程度で緊張することはないし、何ら問題はない。

 だからと同行しようとしたアニエスを制した彼は、ポケットから白い手袋を取り出した。それを装着しながらも、真顔で重ねるように大丈夫と告げる。


「彼らは権威を振りかざして脅すことしかしない」


 その言葉はアニエスを安心させるためのものだったが、食堂奥の特別室に行けばそれが現実となった。


「おまえがこの事件の捜査を任されたとかいう騎士か」


 くすんだ茶髪と蒼褐色の瞳を持つアンベール侯爵は広い特別室の中でも最奥に座っていた。窓を背にして座るアンベール侯爵のそばには鮮やかな緑の髪という奇抜さと端正な顔立ちの少年がいる。

 そしてその斜め前に濃い金髪のルヴランシュ侯爵とその子息だろう鮮やかな金色のくせ毛を持つ魅惑的な少年がいた。


 なるほど子息ふたりは、色彩だけでなく見た目も変えているのかと思いながらテオバルトは冷めた目で侯爵らを眺める。


「息子が不逞の輩に殺されかけた。これは未来の侯爵を害することで竜王国の根幹を揺がそうという反逆行為だ。竜王国の騎士であるおまえには是非にでもこの重罪人を捕らえ厳罰に処してもらいたい」

「自分が捜査しているのは、そこにいるオリヴィエ・アンベールによるマティアス・ローラン殺人未遂事件です。侯爵殿の言葉を借りるなら、これは未来のローラン侯を殺害せんとした重大事件です」


 無理な話に事実で返したところ、アンベール侯爵は一瞬の間を開けて立ち上がった。


「ふざけるな! そんなものはでっちあげに決まってるだろう! 貴様はあんな怪文書などを真に受けたのか!」

「事実として事件当日、被害者であるマティアス・ローランは瀕死の状態にありました。その状況は竜神殿の治癒師により公式の診断書類として竜神殿へ提出されています。それと比べて侯爵殿の隣におられるご子息はとてもお元気そうだ」

「貴様!」


 最上位の貴族である侯爵からすれば、媚へつらうことなく淡々と語るテオバルトは異質だろう。しかもテオバルトは、侯爵が立ち上がろうが机を殴りつけようが動じない。

 ただ案内役としてこの場に同席しているギヨームが小さく悲鳴を上げるのを背にしては、少し申し訳ない気持ちになる。


「侯爵である我々に逆らったらどうなるか、わかっているだろうな。この国で生きていけなくさせるくらい造作もないんだぞ」

「どうぞお好きにしてください。俺は13で傭兵団に身を置き戦地を巡り、現在はここにいますが、この国で手にしたものなんてさほど無い。せいぜいが隊長職くらいです。ですがそれも、年下の少年を痛めつけ、社会的に殺すだのくだらない理由をつけて穢そうとし、あまつさえ怒りに駆られ首を絞め殺そうとする。そんな愚か者どもを潰すのと引き換えになるならちょうどいい」

「平民風情が、侯爵家に牙を向けられると思い込んでいるわけだな。魔力の強さで評価されるこの国の頂点に立つ我々に」

「戦闘経験のない素人なんて敵にもならない。そこの子息は昨年の戦闘実習では魔物ひとつ倒せず逃げ帰った臆病者ですが、そんなものでも立てる頂点に何の価値があるのでしょうか」


 憎々しげに脅しを重ねるアンベール侯爵に、テオバルトは平然と語る。ただそこに魔力の気配を認識すると素早く指先に魔力の紋様を描いて発動させた。たちまちにルヴランシュ侯爵の両腕が光の縄に縛られる。


「不思議なことに王立学園内は、他者へ害を与える魔法は使えないようになっている。だから問題はないだろうが魔法の使用は辞めたほうが良い。魔力自慢のアンベール侯爵も、ここで魔法を使っても無駄ですよ。ところでアンベール侯爵」


 注意事項として説明した後に、テオバルトは肩にかけていた荷物から革張りの書類挟みを取り出して開かせた。


「13年前に弟君を横領の罪で追放処分にしていますね。なぜそのような冤罪をかけてまで弟君を追い出されたのですか? アンベール侯爵家の大切なスペアでしょうに」

「邪魔だから以外に理由が必要か? あの頃のアンベール侯爵家にはオリヴィエがいた。3歳の可愛い我が子へ確実に爵位を継がせるための苦肉の策だ」

「では19年前に次男の方を落馬させ死なせた件はどうですか? その頃はまだご子息も生まれていなかったはすです」

「ああ……アルマンか」


 三男の話は悠然と語っていたアンベール侯爵だが、次男のことになると顔をしかめていた。


「それこそ邪魔だった以外にない。強い魔力と頭の良さだけじゃなく、あいつは祖父からプラチナブロンドを譲り受けて……」


 憎々しげにそう語っていたアンベール侯爵は、テオバルトを見た瞬間に言葉を途切らせる。そうしてなぜか驚いた顔でテオバルトを指差し後退る。


「おまえ…まさかアルマンなのか?」

「なるほど。他人に手を下させて、死体の確認すらしなかったわけだ。親子そろって人の命をなんとも思わない愚劣なのはわかりました」


 ペンを取り出したテオバルトは、侯爵の証言を素早くメモしていく。

 だがもうアンベール侯爵は文句も何も言わなかった。愕然とした顔で椅子に座り込むと、そのままうなだれてしまっている。


「侯爵家は9つも必要ない気がしますね」


 メモを終えたテオバルトは最後にそう告げると特別室を後にした。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 昼休憩が終わり午後の授業が始まると、高等部の敷地内は嘘のように静かになる。生徒たちはみな真面目に授業を受けて勉学に励むためだ。

 その間、テオバルトは生徒たちの邪魔にならないよう寮にいることにしていた。むしろテオバルトが寮に行かなければ、患者第一な治癒師は昼休憩も取らないのだ。

 職務時間も守らず休憩を取らないでは、治癒師など簡単に疲弊してしまうというのに。


 北の大陸と比べれば冷たくもない冬の風を受けながら歩き進んだテオバルトは、青いマントを揺らしながら1年生の男子寮を訪れた。


「こんにちは」


 1年生寮の2階奥の扉を叩くことなく開かせる。すると毛布を手に立っているディートハルトが指を一本立てて口元に当てた。そんな彼が指差した先に目を向けると、枕元に突っ伏して寝る治癒師がいる。


「3日連続で治癒してくれてるから、さすがに疲れちゃったらしい」

「被害者の容態は?」


 子供らしさを見せながらも裏で様々なことを考えているらしい聡明な彼は、テオバルトの問いかけに微苦笑をこぼした。


「治癒師さんの話では順調。でもまだ熱も高くて、悪夢にうなされるのか、寝てたと思ったら泣きながらオレの手をつかんでくる」

「そちらは重症だな」

「だから殺したくて仕方ない。でもきっと幼馴染みはもっと強い衝動と戦ってるだろうから、オレも我慢してる」

「琥珀色の彼女には、毎日昼食のデザートを与えてるよ。昨日から街で購入したお菓子も与えてる」


 弱音を素直に出したディートハルトへ、テオバルトも正直に告げることにした。


「だが彼女が竜の衝動を抑えられるのは、ここに君がいるからだよ」


 ディートハルトが幼馴染みと濁す琥珀色が何者であるか知っている。その上で告げたテオバルトに、ディートハルトは目を丸めて見つめてきた。


「なんで? 騎士さん3日しか来てないのに」

「君は知らないだろうが、俺は君の父親から養子になれと言われた男だよ。つまり一歩間違えたら君は俺の弟になっていたんだ」

「それは最高なんだけど? というかなんで親父と知り合いなの? むしろなんでそうなってる? 孤児だから? 似た流れでオレより16くらい年上の兄貴いるよ。今は近衛騎士やってるんだけど」

「その流れとは違うけど、16の時に少し知り合ったんだよ。その時に君の父親から幼馴染みの話をいろいろと聞いていたからわかる。琥珀色の彼女はその時に聞いた幼馴染みの話とよく似てるから」

「そういうノリで答えを手にしちゃうんだ?」

「簡単だったからな。でも別にこれは俺から彼女に言うほどのことでもない。現状で君という支えが機能していて、彼女が信頼を理由に落ち着けていられるから」

「なるほど。そして騎士さんやっぱめちゃくちゃカッコいい。本当にオレがさらっていきたい。親父の養子がダメならオレの愛人とかでも良くない?」

「格下げが著しいじゃないか」


 とんでもない提案だなと笑ったテオバルトは、ディートハルトから毛布を取り上げると治癒師に優しくかけてやる。

 その姿をディートハルトは惚けたように眺めていた。


「愛人じゃなかったら何が欲しい?」

「特に欲しいものは思いつかないな」

「そうなの? 好きな食べ物とか」

「何もないよ。この国は退屈過ぎて、欲しいものすら見失うのかもしれない。だからアニエス君にも頼んであるんだよ。戦闘実習の日取りが決まったら教えてほしいって」

「戦いを求めてるってことか」

「思い切り魔法を放ったらスッキリするだろう? 君の母親さんも似たことを言ってたけど」

「それはそう。大きな魔法をドーンってしたり、仲間と強い魔物を倒したりしたいって」

「そうだな。俺のいた傭兵団でもそんな話をよくしてたよ。だから、その時に戻れるなら戻りたいのかもしれない」

「傭兵団に? じゃあ騎士さんは竜王国騎士を辞めたら傭兵としてそっちに行く流れになるのか」

「もうその傭兵団はないんだよ。だから戻りたくても戻れない」


 そう言い放ったテオバルトは、寝台にいる被害者が目を覚ましかけていることに気づいて笑顔を作る。


「起こしてしまったか」


 寝ぼけたような顔の被害者は、事件から3日経った現在も熱が下がらない。そのため指の背で撫でるように触れた額は暖かった。

 しかし彼はテオバルトを気遣うように笑みを浮かべて小さく首を横に振る。喉のダメージのためいまだ言葉が発せない彼でも、他人を気遣おうとするらしい。

 それは先程の食堂での会話を思い出させてテオバルトも笑いをこぼしてしまう。


「うるさくして申し訳ない。君の親友殿との会話は楽しくて、つい盛り上がってしまうんだ。先程も彼は俺を愛人にしようとしていたからな」


 いまだ顔のアザが消えない被害者を楽しませたくて告げたところ、被害者は笑おうとして咳き込んでしまった。とたんに治癒師が勢いよく起き上がり、慌てた様子で被害者に治癒魔法をかけながらテオバルトを見上げる。


「何をしてるんですか?」

「……笑わせようとした」

「喉にダメージを与えるようなことは避けるよう申し上げましたよね?」

「ああ、確かに言われている。本当に申し訳ないことをしたと思っている。君に休息を取らせに来たつもりが仕事を増やした」

「そういうことではないです。わたしの休息ではなく、この子のダメージの話です。でも笑えたのは良いことではありますよ」


 語尾とともに治癒師は被害者の頭を優しく撫でた。


「第二部隊長様は、意外とユニークな方のようですね。楽しい気持ちになるのは良いことなので、咳込まない程度なら笑っても大丈夫ですよ」


 治癒師の優しい忠告に被害者は嬉しそうな笑顔でうなずく。そうして被害者はなぜか何かを期待したような目でテオバルトを見てきた。

 同時に治癒師も立ち上がりテオバルトを見上げる。


 なるほどこれは被害者から恐怖を取り除くための何かを与えよということか。そう認識したテオバルトは治癒師が次に放つ言葉をうまく受け止めようと心に決めた。


「竜王国では最年少で隊長に任命されたとか」

「ああ、そう、だな。改まって言われたことはないが、最年少だったのは確かだ。ただアニエス君からはお姫様抱っこしたい相手と見られて、ディートハルト君からは愛人候補にされてるんだが。本当はそれなりに強い騎士ではあるよ」


 治癒師が放ったボールを打ち返すように告白したテオバルトの目の前で、被害者は先程より酷く咳き込んでしまった。

 身体をくの字に曲げて笑う被害者は息も絶え絶えになり治癒師に背中をさすられる。


 その様子を呆然と眺めたテオバルトは、ディートハルトに肩を叩かれ慰めるような目を向けられた。




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