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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
123/183

115.男を社会的に殺す方法

 始まりは春の庭園。世間が花祭りで賑わう心地良いその日、王都内にある庭園に多くの親子連れが集まった。

 そこに集まるのは9つの侯爵家に生まれ、後に国を支えることになる子供たちだ。

 初参加となった彼は、その瞬間まで己こそが世界の中心だと思い込んでいた。少なくとも侯爵家として多くの使用人を抱えた我が家の中では中心だった。

 未来の侯爵として何より大事に扱われ、先に生まれた姉たちすらかしずくほどの扱いだ。

 だからその庭園でも自分こそが頂点だと思うのは自然なことだろう。


 けれど彼は出会ってしまった。鮮やかな金色の髪ときらめく空色の瞳を持つ絶世の乙女を。少なくとも彼の中で世界の中心はその乙女に変わる。

 彼はすぐさま両親の元へ駆け寄り「アレがほしい」と願った。

 だがそれがかなわないどころか、侯爵家の序列というものを教えられる。


 彼が心を奪われた相手は乙女ではない。それどころか彼自身の家より格上の侯爵家の嫡男だと。


 それでも消えない執着は、やがて彼の中に生まれて初めてとなる嫉妬を生み出した。この世で何よりも美しい宝物が、唯一微笑みと優しさを向ける存在に。

 もちろん宝物とされる侯爵家嫡男にとってそれは、年の離れた幼い弟である。ひとつ下にいる妹よりもさらに幼く弱い子を守るのは兄として当然のことだ。


 だが屋敷の中で、姉たちにすらかしずかれて育った彼はわからない。

 わからないまま己が唯一愛し執着する宝物が、無価値な存在に笑顔を向けることが許せない。


 だから無価値なソレを庭園から消してやろうと嫌がらせを行った。幼く愚かなソレがオンナのように抱えるぬいぐるみをハサミで切り裂いてやったのだ。

 もちろん男たるものが、幼稚にもぬいぐるみを抱え遊ぶ見苦しさが苛立ったのもある。


 だが彼は相手がまだ4歳の幼児だということを配慮できなかった。

 だから彼は生まれて初めて殴られた。しかも殴ってきた相手は、己が唯一愛する宝物だ。怒りよりも衝撃が強い。


 自分はこんなにもおまえを愛しているのに。この僕がおまえを愛しているのに。なぜそんな愚か者ばかりに優しさを向けるのか。


 それは彼の中でさらなる嫉妬と執着を強めた。


 その後も彼は空色の瞳に恋い焦がれたまま、その弟に様々な嫌がらせを行った。

 そうして王立学園へ入学すると、彼は大人のいない世界で毎日のように彼を眺め続けた。ひとつ上の学年にいる宝物はいつも人に囲まれている。だが本人は学ぶことにしか興味を持たない変わり者だった。

 もちろん周囲にいる下賤の者たちなど相手にしないのが正解なのだから、宝物の行動は正しい。

 自分もあの宝物も、将来は侯爵としてこの国を共に支えるという重役を担う。そんな我々が下々の声など聞く意味はないのだから。


 けれど王立学園の中で美しく成長する宝物の存在は日々を追うごとに彼の胸を支配する。王立学園の中で彼自身も成長し、共に国を支えるだけでは足りない何かを生み始めた。

 それは執着を超えた性愛。彼の抱いていたものは、幼い恋心から大人の情愛へ変化し始めた。ふとした時に見えた美しい空色の瞳が、自分に向けられ微笑むことを夢想する。さらにその美しい存在を腕の中に閉じ込めることも、更にその先の欲望も。


 けれど彼が高等部1年になった時、再び邪魔な存在が視界に入る。1年の寂しい時期を経て、やっと愛しい宝物と高等部で共に時を過ごせるようになったというのに。

 その宝物の弟が中等部2年生として噂の縁に触れるようになったのだ。しかも「ラピスラズリ」と呼ばれて留学生から寵愛を受ける存在として。

 泣くことしかできない無価値で愚かな存在が、よりにも寄ってその呼び名を向けられるとは意味がわからない。

 だというのに彼の唯一無二たる宝物も、その状況を許していた。気弱なソレが目を隠すため無駄に伸ばした前髪を優しくかきあげて話しかける。そしてただ「弟」というだけで当然のようにその優しさを甘受する愚か者は、恐縮することなく彼の宝物に対して平然と甘えていた。


 その世界は彼にとって許されざることだった。自分はあの宝物から目を向けられることすらないというのに、弟というだけの無能はなぜ愛されるのか。


 そんな彼は高等部2年生の時に「真のラピスラズリ」と出会う。

 その存在はこの国そのものを変える力である。なぜならそれは未来の竜王国の女王たる資格を持ったものだから。


 その配偶者としてこの国の頂点に立てば世界のすべてを変えられる。侯爵などという地位や役目からあの宝物を奪い取り己の物にできる。


 そんな執着と情愛にまみれた彼は、己が愛する存在のことすら見えていなかった。

 戦闘実習で闇竜と呼ばれる魔物が現れた時ですら、彼は己が愛する存在を気に留めなかった。危険な魔物から逃れて自分たちの安全を確保することに専念したから。

 彼とその親友含めた侯爵家の3人はその瞬間、侯爵家としての務めとその場にいた民を見捨てて逃げた。


 だが彼が何より愛する宝物は、侯爵家嫡男として生まれた者として当然のように前線に立つ。有能な騎士科の生徒らと連携して数多の魔物と戦い、仲間が負傷し倒れるのも目にした。

 汚れも傷も知らない孤高の天才だった宝物は、その死地で変わっていた。


 彼が逃げ出したその後で、宝物は本物のラピスラズリと出会い助けられたのだ。


『月夜の物語』に語られるラピスラズリのモデルは、グレイロード帝国の現ブレストン公爵。かつて竜王国の竜の巫女から生まれた尊き青竜の子だった。

 そのラピスラズリが帝国騎士団と共に戦地に立ち、傷ついた仲間を助けてくれた。その瞬間に宝物はただ綺麗なだけの孤高の天才ではなくなった。


 彼の知らないところで仲間の大切さと組織戦の重要性を知った宝物は卒業後、国外に出た。

 その瞬間に彼は初恋も執着も情愛も失う。


 彼が高等部3年になった時に残ったのは、己が盲信する「真のラピスラズリ」と親友たち。そして宝物がいない世界でもラピスラズリ扱いされ続ける、愚かで見苦しい宝物の弟だけだった。


 だから彼は今度こそ宝物の弟を壊そうとした。さらにこの世で唯一無二たる宝物に向けられなかった情欲も弟になら向けられる。

 なぜなら前髪を切った弟は宝物によく似ていたから。髪も目の色も違っているが、その大きな瞳は宝物によく似ている。


 だからこそ彼は「紳士を社会的に殺す」手法を取って犯そうとした。犯して穢して己の鬱憤も情欲も叩きつけてやりたかった。

 かつて彼が宝物に対して抱いていたものを弟にぶつけたかった。そうして男娼に落としてやれば、後は彼の支配下で鎖に繋ぎ好きな時に宝物の代わりに情欲を向けられる。


 けれどこの世の頂点だと誤認していた彼は知らなかった。

 かつて孤高の天才と呼ばれた存在が何の憂えもなく国を出て行けた理由を。幼い頃から守り続けた大切な弟を任せられる相手がこの王立学園に存在することを。


 孤高の天才に認められたその生徒は、かつて短期留学生として中等部1年に3ヶ月だけ在籍していた。その留学生こそがラピスラズリごっこの発案者。

 そうすることで自己評価の低い宝物の弟に人並みの自信をつけようとしていた。その試みはその後でやってきた『乙女の騎士』にも受け継がれ、今年度帝国騎士となり再び舞い戻った留学生とふたりで行われることになる。


 その留学生が持つのは戦闘型の黒い大剣、魔法剣スレイプニル。

 学生らの背丈ほどもある大剣は今現在も彼の罪を記すように音楽室の床に刺さったまま、どの教職員の手でも抜くことができない。


 留学生は魔法剣を使い校舎を破壊してまで己のラピスラズリを救いに向かった。だがそんな留学生が目にしたのは、欲に支配され理性を失った彼が宝物の弟を絞殺せんとした現場だった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 音楽祭翌日の早朝、王立学園高等部の各地に1枚の紙が貼り出される。印刷されたそれら紙は寮から校舎へ登校した学生たちの興味をさらった。

 その物語めいた文章には誰の名も書かれていないが、その呼び名は誰もが耳にしたことのあるものだ。


 なにより高等部に外部入学した平民でもない限り、孤高の天才と呼ばれるローラン侯爵家嫡男を知らない者はいない。

 そうなると芋づる式に弟の正体も、彼をラピスラズリと呼ぶ留学生ふたりのことも知れる。


 そうして高等部の生徒たちは第三校舎で発生した爆破事故の真相を手にしていく。なにせ教職員による規制がはられる前に野次馬として駆けつけた生徒たちの多くが目にしていたのだ。

 音楽室の床に突き刺さった大剣と、失禁し倒れていたオリヴィエ・アンベール侯爵子息を。


 さらに生徒たちの一部は、規制のため置かれた机を乗り越えて音楽室に近づき確認する。そうして翌朝の今でも床に刺さった大剣を見た生徒の中には、実際に抜こうとした者もいる。

 だが屈強な騎士科の生徒ですら抜くことはできない状況に魔法剣というものを理解した。魔法武具については授業で学ぶが、その中でも上位のものは魔法武具が持ち主を選ぶという。

 そしてこの魔法剣スレイプニルとやらも己が認めた持ち主以外が持つことを許さないのだろう。


 その事実は、貼り出された物語に信憑性を与える情報として生徒たちに広まる。そうして午前の授業を終える頃には「孤高の天才ベルナール・ローランへの恋をこじらせたオリヴィエ・アンベールが、マティアス・ローランを強姦しようとした」という噂が静かに広まっていく。

 その噂がおおっぴらに流れないのは、もちろん当事者たちが侯爵家の人間たちだからだ。


 そんな高等部の生徒たちも午前の授業を終えると食堂に向かう。その流れの中で何人もの生徒が、青色のマントを目にした。

 第一校舎の入り口で、掲示板に貼られた件の紙を剥がし手にした竜王国騎士はその文章に目を通す。その上で肩にかけていた荷物から書類挟みを取り出すと、そのまま挟み込んだ。




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