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砂糖菓子とラピスラズリ  作者: メモ帳
高等部1年
122/185

114.来たのは竜王国騎士団の中でも雑用担当



 昼から夕方にかけて竜神殿の治癒師は、マティアスの治癒をしながら診断書類を書いてくれた。その間に白を基調とした騎士団服と青色のマントをまとった騎士もやってきて、マティアスの状態などを聞いてくれる。

 そこはディートハルトが治癒師を連れ去った事に関して、竜王陛下代理から事実確認をと命じられたためらしい。

 こちらの行動から状況を読み取り救いの手をくれる辺りはさすが父の親友だとディートハルトは思う。


 そんな竜王国騎士の聞き取りに、ディートハルトはすべて包み隠さず報告した。


 マティアスがひとり音楽祭を抜け出すのを見かけたからこっそりついていった。すると怒鳴り声とともに、音楽室の扉を閉められてしまう。

 第三校舎2階の音楽室は防音効果が高く、扉を閉められれば中の音は聞こえない。そのためディートハルトは慌てて校舎の外に出ると魔法剣スレイプニルを使って外から壁を破壊して突入した。

 するとマティアスは床に倒され馬乗りにされて、首を絞められている状況だった。そのためオリヴィエを蹴り飛ばして放させる。

 その後、施錠されていた入り口側も扉ごと破壊するとマティアスを連れて離脱。マティアスの具合から治癒師が必要と判断したため、魔法剣と別で魔法も使って竜神殿へ向かった。

 それら説明を聞いた騎士は淡い青の瞳を細めて己が書いた調書を見つめる。


「竜神殿を破壊したのは何か意図があってのことか?」

「オレ、魔法剣で飛びながら、風の魔法でさらに速度をあげて飛んでたんだよ。で、勢い余って当たっちゃった」

「……そうだな。目撃者も体当たりしていたと言っていた」

「ごめんね。ちょっとだいぶ焦ってたんだ。だってオレのマティが首絞められるとかわけわかんないし。むしろマティはオレのラピスラズリだから、早く助けたかったり」

「ラピスラズリ?」


 竜王国騎士は怪訝な顔でディートハルトに目を向け問い返してくる。おおよそそれを竜王陛下代理に関する不敬な意図と認識したのだろう。そこで治癒師が複雑な顔ながら、騎士に「学内で流行っているらしい」と説明してくれる。


「わたしは3年前も王立学園で治癒をしておりましたが、月夜の物語のごっこ遊びが学生の中で流行っているそうです。この被害者は、彼から物語の主人公ラピスラズリのように寵愛されているんです」

「ああ……まぁ、そういう年齢ならあるか」


 10代男子なら誰もが通るかと、治癒師の話に騎士も複雑な顔ながらも納得してくれる。


「しかしごっこ遊びは抜きにしても、殺人未遂事案を目の当たりにしては冷静でいられないものだ。その中で治癒師を呼ぼうと判断できたのはたいしたものだな」

「この治癒師さんには3年前もお世話になってるからね」

「だが3年も前だろう。人相も覚えていたのか?」

「だってほら、治癒師さんこんなに美人」


 ディートハルトの言葉に騎士は驚いたように目を見張り治癒師を見る。クリームに近い暖かな金髪と緑がかった瞳の治癒師は竜神殿にふさわしい清楚な見た目をしていた。

 その顔をしばらく見つめた騎士は、何事もないように調書へ目を落とす。そんな騎士の行動にディートハルトが首を傾げた。


「可愛いと思ったならそう言ったほうがいいよ」

「今は職務中なんだ」

「なるほど? 職務が終わったら可愛いって言うつもりらしい。治癒師さん良かったね」

「良くはないです。君はこの方をなんだと思ってるんですか。竜王国騎士団の第二部隊長様ですよ。からかって許される相手ではありません」

「オレはからかってないよ! 治癒師さんが可愛いから可愛いって―――」


 熱心に語っていたディートハルトだが小さな物音も逃さず拾って寝台へ振り向く。あげく駆け寄り膝をつくと、目を覚ましたらしいマティアスに声をかける。

 その反応速度に驚く騎士へ、治癒師は彼は3年前もあんな感じだったと説明した。


「3年前はグレイロード帝国から来ていた短期留学生でした。でも高等部で正式に入学したようですね」

「魔法剣を持った子供が王立学園に外部入学で?」

「ええ、夏季休暇中は竜神殿に滞在していたようですよ。夏頃に王城や竜神殿内へ設置された照明を置いたのは彼だと聞きました」

「それは……」


 あの結界効果を持つ照明はグレイロード帝国から持ち込まれたものだと聞いている。しかもそれは帝国宮廷魔術師が実験的に制作したもので、常に少しずつ瘴気を阻んでいる。さらに王城や竜神殿の奥へ魔力の強い者が進まぬよう知らせる効果を持つという。

 そんな重要な物を扱うことが許されるなどただの子供ではないはずだ。


「彼は本当に友人を救うためにあなたの拉致を?」

「アレを見てください」


 にじむ警戒心のまま問いかけた騎士に、治癒師は呆れた顔のまま寝台を指差す。そのため視線を転じた騎士は、いまだ顔の腫れが残る学生に甲斐甲斐しく問いかけるディートハルトを見た。

 優しく、けれど腫れたところは避けて耳のそばに触れるディートハルトは無事で良かったと優しく告げている。

 そこに裏などなく、本気で彼を心配しているように見えた。それこそ手段など選ばず、治癒師を連れ去ってまで治させるほどに。


「3年前もあんな感じでした。どんな出自でも、15歳の子が殺人未遂の現場に立てば冷静でいられません。それに大切な親友…あるいは家族に近い相手が傷つけられれば治したいと思うものです」

「あなたに家族は?」

「竜神殿の治癒師になるような者に家族はいませんよ」

「俺もいないから、その気持ちはわからないかな」


 家族も大切だと思える人間もいない。だからこそ何が起きても冷静でいられると自負している彼は、そのままの思いを告げた。するとなぜか治癒師が眉をひそめてことさら厄介そうな顔を見せる。


「隊長様は、そこそこ良い家の方ですね?」

「生まれた時は。なぜわかる?」

「他者を思いやる思考が欠落してるからです。偉い方はみなそんなものですよ」

「ああ、いや俺はそういう育ちはしてないよ。生まれはこの国の貴族だが、王立学園を中等部で辞めて国外にいたんだ。だから」

「まさか没落ですか? しかし上位貴族にそんな家が」

「違う違う。君は思考が早いようだが辞めてくれ。俺は中等部を辞めて国外でいろいろと経験を積んできたんだ。その中で何度も戦場を経験してるからそうなったんだと思う」

「没落貴族が国外逃亡の末に難民に?」

「実家はいまもあるが、俺はひとりで傭兵団にいたんだよ。いや、そんな話をしている場合じゃないな。治癒師殿の見立てで、これから事情聴取をすることは可能だろうか?」

「今日明日は無理だと思いますよ。傷のダメージから発熱するでしょうし、そもそも言葉もまだ出ていません」


 騎士の問いかけに答えた治癒師は寝台に手を向ける。そうして大人ふたりが見る先で、かすれた上に言葉にならない声をこぼして泣く負傷者がいた。そしてディートハルトもそんな負傷者の頭を撫でながら大丈夫だよと声をかけている。

 その様子を眺めた騎士は改めて治癒師を見やった。


「治癒師殿はこのまま帰るのか?」

「診断含め上に報告しなければならないので帰ります。ですが明日は出勤前に様子を見に来ようかと」

「職務時間外に労働するのは規律違反だな」

「わたしは騎士ではありません。それに容態が心配なので仕方ないでしょう。本音のところではここに泊まり込みたいですが、部外者の宿泊は認められませんからね」


 規律など守っていられないと言いつつ、王立学園の規律は守ろうとする。そんな治癒師はディートハルトの隣にしゃがみ込みふたりに帰る旨を告げた。


「彼の傷は殺人未遂事案に該当するものです。そのことを上に報告せねばなりませんので、今夜は帰りますが無理に話そうとしてはいけませんよ。喉もまだ完璧に癒えてませんから」

「喉も骨折とか切り傷と違うから、一気に治せないってことだよな? 3年前と同じで」


 治癒師の説明にディートハルトは心配そうに真剣に問いかける。そしてそんな少年に治癒師は優しく微笑んだ。


「よく覚えてますね。喉も筋組織なので、急いで治癒しては引きつりなどの後遺症を残します。ですが前回ほど広範囲ではないので、長くても5日ほどで声が出せるようになりますよ」

「5日もマティの声が聞けないなんて悪夢だけど、仕方ない。食べ物とかもスープとかなら大丈夫?」

「ええ……ですが、スープも飲めるかどうか難しいところです。それに今夜は熱が出るでしょうから、食事より水分補給を気にかけてあげてください」

「わかった。ありがとう」


 助かったと素直に感謝された治癒師は、それが仕事ですよと言いながらも嬉しそうな笑顔で告げた。それを追うように見上げたディートハルトは、そのまま視線を騎士にも向ける。


「隊長様も帰っちゃう?」

「俺も報告しなければならないからね。むしろ君はこの状況を竜王国へ報告させるために、この治癒師を連れ去ったんだと思ったが」

「えー、そんなあっさりバレる?」

「わかるよ。だが君の判断は正しい。現段階で彼が何者の手で傷つけられたのかは知らないが、竜王国騎士団が介入して調べあげよう」

「犯人はオリヴィエ・アンベールだけど、騎士団は侯爵家に手出しできそう?」


 探るような視線とともに問われた騎士は、少しの間を開けて淡い青の瞳を細めて笑う。


「もしできなかったら、俺はこのマントを脱いで他国に行くよ」

「なるほど。その時はオレが隊長様をさらいたいから、騎士団には期待しないでおくよ」

「君は君のラピスラズリを大切にしてくれ」


 唐突に口説きに来た少年に言い返した騎士は、荷物をまとめると部屋を出ていこうとする。そのため治癒師も慌てて後に続いた。




 高等部1年の男子寮はいつでもにぎやかだ。個室を出て廊下に立てば、そこに複数の若者が待ち構えていて治癒師を取り囲む。

 そうして次々と治癒師に対して美人だのと言いつつ被害者の状態を問いかけた。その脇を抜けて階段を降りた騎士は、周囲の視線を感じながらも寮の外に出る。

 すると陽が沈み暗くなりかけた時刻にもかかわらず、玄関の外に黒髪の学生が立っていた。


「竜王国騎士殿、不躾にも話しかけて申し訳ありません。自分は高等部1年のアニエス・ディランと言います」

「竜王国騎士団第二部隊のテオバルト・ヴェルだ」

「名を教えていただきありがとうございます。テオバルト殿。今日、高等部第三校舎で爆破事故があったと聞きました。もしやその被害者が1年の男子寮にいるのですか?」


 言葉遣いが硬いのは緊張ではなく、そういう立場だからか。そう考えながら騎士テオバルトはうなずいて返した。


「事情聴取のために訪れたが、被害者はまだ話せる状態にない」

「それは、意識がないということですか?」

「いや、首を絞められ喉を潰された。それに関しては治癒師殿が治癒してくださったから命に別状はないが、喉のダメージのためまともに言葉が発せない」

「絞殺されかけたと。しかしそれでは爆破事故と結びつきません」

「今日の昼、竜神殿を破壊して治癒師を拉致する事案が発生した。俺がここへ調べに来たのはこの事案だが、彼はわざと竜神殿の一部を破壊している。そういう賢い子なのだから、その爆破事故とやらも彼が校舎を破壊したと考えて良いかもしれないな」

「それができるのはディートハルトだけですね。私と同じグレイロード帝国からの留学生で、ディートハルト・ソフィードと言います」


 被害者をラピスラズリと呼び甲斐甲斐しくしていた少年の本名を聞いた騎士は、かなりの間を開けた後に視線を落とした。


「……なるほど。殺人未遂の現場に立ってもやるべきことができるのは、そういう父親を持つからか」

「テオバルト殿はグレイドル騎士団長をご存知なんですか」

「8年前に少し。それよりも今回の被害者は彼のラピスラズリらしいんだが」

「マティアス・ローランですね。そうなると加害者はオリヴィエ・アンベールですか?」

「その様子だと以前から問題があったようだな」

「マティアスは幼児期からオリヴィエに嫌がらせをされていたそうです。ただオリヴィエは加虐的な性格で、他の侯爵家の方々とも衝突しています」

「つまり被害者が回復するまでの間に、そちらの方々からも話を聞く必要があるというわけだ。しかも侯爵家と」

「問題がありますか?」


 これは厄介なことになったと考えるテオバルトに、アニエスと名乗った学生が怪訝な顔で問いかける。そのためテオバルトは素直に言うことにした。


「第二部隊は平民や下位貴族で構成される雑用係のようなものなんだ。だから上位貴族を相手に事情聴取をする権限……つまりやんごとない令嬢と会うチャンスのようなものは許されていない」

「竜王国騎士団はバカですか?」

「いや、権威主義が横行してるだけだよ。この国の騎士団は、立場さえ弁えれば安定した生活が得られる楽園らしい」


 戦争もなければ魔物も出ない。そんな竜王国騎士団の下層にいる者は、もしもの時に前線に行くこともない。なにせ遠征してまで魔物と戦うのは竜騎士が所属する蒼の部隊だけなのだ。

 そう説明したテオバルトの目の前でアニエスがそれまでの礼儀を捨てて舌打ちした。


「だから戦闘実習に出てくることもなかったんだな。無能どもめ」

「そうだな。闇竜が出たという通報は現場に降りなかった。上はそれを真に受けなかったから」

「私もあの場で戦いましたが、帝国騎士団が来なければみな死んでいました。教師たちは知らせに行ったはずですが、なぜ竜王国騎士団はその通報を信じなかったんですか?」

「そもそも闇竜がいるわけがない。なぜなら闇竜を作るほど高濃度の瘴気なんて竜王国内で発生しないから。さらに大陸にいる竜はすべて内陸部の山脈の中で暮らして死んでいく。そして山脈周辺は金竜の支配地域だから瘴気はない」

「だとしても例外はあるでしょう! 現にこの王立学園内には魔女がいるんです」

「魔力が強いだけの人間ならザラにいるんだ。かくいう俺も魔力はそれなりにあるよ。魔力至上主義を何百年もやった結果だね」

「それならわかるじゃないですか。竜を殺して闇竜にするという」

「そんな思想はない」


 アニエスの不敬でしかないその言葉を遮るように言い放つ。そうして黙らせた後にテオバルトは重ねるように告げた。


「この国にはその思想がない。だから闇竜が存在するわけがない。そして竜は闇竜となったとしても竜なのだから剣を向けられない。だから竜王国騎士団も聞かなかった。それが竜王国騎士団の限界だよ」

「民を守らないゴミ騎士団に何の意味が?」

「君たち帝国の人間には死んでも理解できない世界だよ。先程も言ったが、立場を弁えれば安定した生活が得られる楽園なんだ。騎士なのに安定した生活が成り立つのは世界を見てもこの国だけだろう」


 そんなものだと告げたテオバルトにアニエスは二度目の舌打ちとともに頭をかき乱した。見た目は美形なのに所作が荒々しいのは、怒りに騎士のメッキ加工が剥がれたからか。


「あなたはそんな国で騎士をやってるんですね」

「子供の頃の夢だったからな。だからと騎士になったがもう飽きてきてる。だからもし次の戦闘実習の日取りが決まったら教えてほしい。勘が鈍りかけてる俺も戦闘実習したいから」

「わかりました。でもその前に、殺人未遂事件の調査をお願いします。明日にでも来てくだされば私が侯爵令嬢たちを紹介しますので」

「権限がない第二部隊に調書を取れと言う君の強さは理解したよ。無理をさせる代わりに食堂の美味しいものでもおごってくれ」

「いいんですか?」


 仕方ないと妥協案を出したテオバルトは、アニエスの驚く顔に逆に驚く。


「帝国騎士なら異国の騎士と一緒に食事くらいするだろう?」

「あ、ええまあ、それはやります。ですが竜王国では異性を食事に誘ってはいけないという暗黙のルールがありますよね? 卑猥な話を避けるために」

「確かにそうだ。でも君は男のフリをして生活している。そんな君をあえて異性として扱う不躾な輩がいるのか?」

「いますよ!!! 2年前に卒業された方々とか! でも昨年卒業された方がずっと守ってくださっててなんとかなったんです」

「それは大変だ。だが俺は13から傭兵団にいたから食事中に情報共有は当たり前なんだ。時間の有効活用的な意味で」

「それはわかります。帝国騎士団でもその傾向が強いです。異性を食事に誘うことが卑猥な意味になるなんて面倒はありません」

「帝国はどこまでも合理性重視だね。では明日の昼にここへ来るから、食堂でランチミーティングをしよう。その場にたまたま侯爵家の方々がいて情報提供されたとしても、それは偶然の産物になる」

「なるほど、それなら権限に引っかかりませんね」


 なかなか賢い抜け道とアニエスが素直に感心するため、テオバルトは笑ってしまった。


「10歳も年下から賢いなんて言われたくないよ」





騎士様であるテオバルト・ヴェルは26歳

竜王国騎士団の第二部隊長ですが、第二部隊は竜王国騎士団内の「雑用係」

管轄は主に王都下層で平民相手に治安維持などをしています。そのため白金色の髪や淡い青色の瞳を持つ“上位貴族のような色彩”のテオバルトが隊長職を押し付けられています。

13歳で傭兵団に拾われ世界を巡り様々なものを得てきました。



治癒師のシルヴァン・モルレ22歳は、3年前の戦闘実習にてマティアスの足が壊れた際に通ってくれました。

この方は魔力を持たずに生まれたため親から捨てられ、孤児院から竜神殿に入りました。なので王立学園には通わず10代から治癒師として働いています。



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