14 聖女
「初めまして、聖女ビビアン」
聖女の護衛に警戒されるが、今の私たちは丸腰だ。
素手でもある程度は戦えるが、逃げ出せるわけもないし大人しくしている。
「ごあいさつをしてもよろしいですか?」
「何でしょう、敵国の者」
私は視線を和らげて、うっとり彼女を見つめた。
「美しい‥あなたが敵だなんて‥今だけは忘れても?」
聖女は私をにらみつける。
男に言われ慣れているから、この程度では効果は薄いか。
「ああ‥出過ぎた真似を謝罪いたします」
片手を後ろに回し、すぐに礼をとった。
がつがつする男が好きなら悪手だ。退却した方が良い。
「別に、お話するくらいなら、良くてよ」
手ごたえがあった。
「ありがとうございます。僕はブライト・センタリオン。ああなんて幸運なんだ、聖女様とお会いできるなんて」
完璧に計算した笑顔を向ける。
「あなたは子爵家の令嬢ではないの?」
そう、今の私は女装している。
男装人生で一番難しい局面かもしれない。
私は視線をさげ、苦し気につぶやいた。
「‥これはクロード将軍に着せられて‥」
嘘ではない。
戦場には女性が少ないので美少年を『そう言う対象』として見る男がいたっておかしくないのだ。
だからクロードには悪評をかぶってもらうことにした。
「不快にさせてしまいましたか?」
問題は匂わせ程度で聖女が気づくかどうか。
恥ずかしそうに目を上げると、彼女の顔は真っ赤だった。
「ま、まあわたくしは気にいたしませんわ。教会でもよくあることなので」
良くあるんかい。
「聖女様、お茶が用意できました」
「そう、あなたも一緒にどうぞ」
たとえ前線基地でも偉いさんにはお茶が出る。
私もイスに腰かけた。
「あなたの国では女神クレメンティアを信仰しているのですよね、アストレイヤではなく」
「ええ、アストレイヤの教会もありますが少数派ですね」
アストレイヤ教とクレメンティア教は仲が悪い。
「僕の家はナイキ神派ですが」
確かナイキ教とアストレイヤ教はそこまで敵対していなかったはず。
「それでもアストレイア様をないがしろにしているのは同じだわ。だから我が国に攻めこまれるのですよ」
なるほど、宗教的理由も戦いの裏側にあるのか。
(だったらそこをつく?)
彼女の好みを演じるだけでは足りなそうだ。私は頭を回転させて作戦を練り上げる。
「アストレイア様のすばらしさを知る者が我が国にはまだ少ないのでしょうがないのです」
聖女には戦争を止め我が国で布教活動に従事する道を提示したい。
「正しい祈りが伝わっていないのでしょう」
「では国を占領した後は布教に力を入れませんと」
おおっと藪蛇。
「民衆が敵の言葉を聞くでしょうか? 戦争を止めた聖女の話なら別でしょうが」
「そのような軟弱な姿勢は教団の意思に反しますの」
聖女様手ごわい。
「アストレイヤ教についてはくわしくないので、教義を知りたいですね」
「まあ、ここにいる間はわたくしが教えて差し上げてよ」
そこから教団の成り立ちとか礼拝の作法とか唱えるお祈りとか講釈が始まった。
‥もちろん真剣に聞くよ。
王都の教会は男女を完全に分けていて、異性ときちんと接した経験は王太子くらいだそうだ。
私のハニートラップに動じているのもそのためだろう。
あの王太子と私なら、絶対私の完勝である。
「異教徒にもあなたのように話が分かる方がいらっしゃるのね」
「ええ、もちろん。友好的な指導者がいれば増えるのでしょうが、残念です」
だから停戦しようよ。
「ブライト様、ぜひあなたには王都の教会にいらっしゃるべきね。わたくし案内いたします」
「それはぜひ‥しかし今は虜の身。かなわぬ望みになりましょう」
同じタイミングでビスケットを取ろうとし、指先が触れ合う。
「あ、すみません」
「き、き、気にしませんわ」
見張りにがっつり囲まれての勧誘は使える手が限られている。
好感触は得られたけれど、思うようには行かない。




