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テンシ  作者: 白龍
14/16

天死

堕天使。


崩壊。


涙。



挫折。



(もう…もう、無理。もう…)

暗闇の牢の中、夜雨は膝を抱きしめ、しゃがみこんでいた。


耳に飛び込む悲鳴。

制御不能の怒りと悲しみがもたらした破壊による被害者達。


(ごめんなさい…ごめんなさい…)

涙が止まらない。


結局、何もかも…自分は駄目な存在だった。

いじめられても抵抗できず、父にも意見できず。

そんな状況下でも勝手に自分を抑え込んで、勝手に負の感情を溜め込んで…今に至る。


もっと自分を出せていれば。もっと真正面から幸せを望んでいれば。

そんな簡単な事一つで良かったというのに。

つくづく、自分の弱さが身に沁みる。


自分は、天使などになれなかった。

人っ子一人、幸せにできないのだ。






(…生まれてこなければ、良かったのかな)






真実に気づいたように、夜雨は更に深く疼く待った。



幼少時代から愛を知らずに生きてきた。


それ故、孤独には慣れたつもりだった。





なのに、寂しい。

どうしようもない孤独感が、今になって濁流のごとく迫ってくる。


様々な感情が押し寄せ、喉がカラカラになるまで謝り、そして泣き続けてきた。



そして、忍耐に忍耐を重ねた末に行き着いたものがある。



それは罪悪感でも後悔でもなく。




孤独だ。



(…お父さん。お母さん)


呪縛を与え、拳を振りかざした存在に、彼女は語りかけた。


それは最早彼女の意思ではない。本能から来る、愛への渇望。


破壊され、奪われ、細く、冷たくなった彼女の心は…赤子同然だった。


頭を撫でてほしい。

抱きしめてほしい。


優しい誰かと、眠りたい。




もう天使なんて、いらない。


一人の人間として、愛してほしい。










(…夜雨!)



何かが真っ直ぐと、耳に飛び込む。



夜雨の顔が…僅かに上がる。





ああ、この声…。










最早瓦礫すら残っていない街の中心部。

堕天使の頭上に舞う、紫の翼。


仮面の男は、レイを抱えて、堕天使の周囲を飛んでいた。

雨が翼を突くように、激しさを増していた。このままいつまでも持ちこたえる事はできない…。

「くっ…!レイさん、まだ呼びかけ続けなさい!彼女を、彼女を連れて行くのです!」

レイは必死に呼びかける。


「夜雨っ!!夜雨ぇー!!」


目の前に聳える、美しき、破滅の影。

その周りを回り続ける自分達は、最早羽虫にも満たないちっぽけな存在だろう。

しかしレイは知っている。目の前の存在は、絶対的な存在なのではない。


レイの…たった一人の相棒。


今も尚、愛を求めて泣き続けている…本当は泣き虫で、どうしようもなく寂しがり屋な…一人の弱い少女。

とても弱く、とても儚く…しかし、必死に抱え続けてきた、誰よりも勇敢な人間なのだと。




堕天使の顔が、僅かに動く。反応を見せている。

「…夜雨さん」

仮面の男…悪魔までもが叫び始めた。

「夜雨さん!!聞こえているのでしょう!私達を見てください!」

堕天使は、じっとこちらを見つめている。

光のない、白一色の目が…不思議そうにこちらを眺めていた。

認識はしている。しかし、[日之影夜雨]はまだ出てきていない。


あと一歩…何かが足りない。

(…どうすれば夜雨さんを助けられる?どうすれば…)

悪魔の体力も、徐々に失われていく。

あと一歩なのだ。翼に全ての意思を込め、彼は無理やりにでも集中し続ける。



どうすれば…何が、引き金になる!?





「夜雨」



雨音の中。


優しく、柔らかい声がした。



「…!」

今の今まで叫んでいた…レイの声だ。

しかしその声には…一片の焦りも感じさせない。

腕の中で堕天使を見つめるその顔も…溶け込むような、優しい顔だった。


長い歴史の中、悪魔は様々な人間を観察してきた。

そしてこのレイの姿は、とある人間と重なった。




…母だ。



無条件に我が子を抱き寄せ、愛を注ぐ…赤子にとって、この世で輝かしく、温かな存在。


雨を晴らす、太陽…。





堕天使は、泣き止まない。


…しかし。



その涙が、変わっていた。



豪雨が少しずつ弱くなってきているのだ。優しく、撫でるような柔らかな雫へと、変化していく。

翼を突く槍の数々も、今では翼を支える優しい手のようだ。


…見えない天使が、寄り添って来たような感覚。



レイは、遥か下に見える崩れきった地上にも恐れず、両手を広げた。

「夜雨。おいで」



…巨大な翼が、小さな存在に反応した。


ゆっくり、優しく広げられ…。



日之影夜雨は、地上から離れ始めた。



その頃には、悪魔も…夜雨を見守り続けてきた仮面の男も、静かに、黙りこんでいた。


「一緒に寝ようね」







地上から離れた一人の少女は。



その身を、空へと委ねる。



数多の苦しみの渦から解き放たれ。



神の使いに手を引かれ。



晴れ渡りつつある朝焼けに照らされ、そして自身もその光の一部と化し。



極楽へと向かう。








「…おやすみ」






人はそれを…。









「夜雨」








天死。



そう呼ぶだろう。




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