68 オタマジャクシ
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1998年5月号掲載
68 オタマジャクシ
チーッ、ツチーッと鋭い声が聞こえた。一直線に飛んで行くカワセミのすぐ後を、もう1羽が追って飛ぶ。「ライバルかなあ、それとも求愛かしら」「さあ、どうなんでしょうね」
おだやかに晴れた3月18日の午後、30分あまり作業をしている間に、同じ2羽らしいカワセミが近くを2度も往復した。「けんかしているわけでもなさそうですね。ペアなのかなあ」 追いかけあって飛ぶのが求愛行動だとすると、保護区内の3か所でこうした2羽連れを見ているので、少なくとも2~3組のペアができているようだ。うまく繁殖してくれるとよいのだが。
あたりはみるみるうちに若々しい緑に変わりつつある。年度末や春先の管理作業で気ぜわしく過ごしていて、ふと気づくと、黄水仙、ヒマラヤユキノシタ、白地に緑点をつけたスノーフレークと宿根草の花壇が花盛りになっていた。沈丁花の香りが漂い、樹液が動きはじめた桜の枝先がうす赤く見える。餌場の池のヒキガエルの卵も発生が進んできた。親ガエルたちは冬眠の続きに戻ったらしく、暖かい春の宵にも姿を見せない。
2月27日と3月6日にいただいたアカガエルの卵が無事にかえって、オタマジャクシが泳ぎはじめている。ニホンアカガエルのはずだ。主人は浦安でアカガエルを見ており、保護区への導入に問題はなかろうとのこと。ひも状のヒキガエルの卵紐や、水面の浮きカスのようなウシガエルの卵塊しかなじみがない私には、つぶつぶになったアカガエルの卵塊は、見るだけでうれしかった。
日当たりがよく、水が暖まりやすい浅いところ、という条件で入れた新しい浄化池の13枚目の棚田。原水は生活排水だが、13枚目ともなれば水質はまず申し分ない。日課の水位や水状況のチェックに卵塊の様子を見る楽しみが加わった。
雨や雪が毎週しっかり降ったおかげで、はじめはこれといった心配もなく過ぎた。しかし、他から水が供給されない場合、晴天時の棚田は毎日1㎝近く水位が下がる。ちょっと油断して揚水量が不足すると、水深10㎝そこそこの水面はあっさり干上がってしまう。
「まだ水はあるんですが、あと2日くらい雨が降らないと、ちょっとまずいかもしれません」
3月11日の朝、前日の見回りに出た達ちゃんから言われた。見に行くと、卵塊が干上がりかけているではないか。オタマジャクシが泳ぐのには水深1㎝もあればじゅうぶんだが、露出しかけの泥底で動きがとれなくなって、くたっと横たわっているものもある。さあたいへん、どうしよう。
幸い、すぐ上の12枚目の棚田にはたっぷり水が入っている。そこで、仕切板をはずして水を流し込むことにした。ちょろちょろと流れる水は少々頼りなさそうだったが、午後様子を見にゆくと、水たまりの水位は朝よりも1、2㎝上がっていた。とりあえずひと安心。
ところが、その日の夜から強い雨が降りだした。雨は翌日いっぱいふり続き、干上がりかけた棚田はぜんぶ満水になった。仕切板ははずしたままだ。水流でオタマが流れてしまったらどうしよう。
雨が上がり、泥で濁った水が澄んでくると、卵塊もオタマも無事だったことがわかった。早くかえったオタマは元気に泳いで、だいぶ分散している。となりの池に流れて生きのびているものもあるだろう。
晴天が続くとひやひや。雨が強ければはらはら。ポンプを運んでコードやホースをつなぎ、水がある少し離れた棚田から水を入れたり、幅数㎝のささやかなみぞで水を流したり、いざという時にはスプーンでオタマをすくって深みに移動させよう、と考えたり。当分は気のもめる日が続く。
トラクター、草刈機、揚水ポンプ、土のう積み。保護区の日ごろの管理作業は、3Kそのものの力仕事が多い。1㎝の水位差で生死を分けるオタマジャクシの存在は、せかせかと大ざっぱになりがちな気持に、こまかい気くばりの大切さを再認識させてくれるような気がする。ただし、定着をめざして優遇しているアカガエルとは裏腹に、ウシガエルのオタマはコントロールの対象。嗚呼。




