64 朝の散歩
新浜だより
日本野鳥の会東京支部(現在は日本野鳥の会東京)支部報「ユリカモメ」 1998年1月号掲載
64 朝の散歩
葉が落ちた枝で、明るい茶色が動いた。レンズに入ったのはモズの雄。きりっとした黒めがねと茶色の頭が美しい。若い鳥なのか、背中の方まで茶色味が強くなっている。見ると、獲物をくわえて、しきりに枝に刺そうとしているではないか。生まれて初めて、モズがハヤニエを作るところが見られそう。わくわくしながら見ていると、モズはいったん小枝の又に虫をはさんだ。最初バッタと思った獲物は、どうもカマキリらしい。このまま置いて行くのかと思ったら、もう一度しっかりくわえなおして、そのまま呑み込んでしまった。はさんだ時にちぎれたお腹の部分もきれいに食べて、ごちそうさま。
ひと雨ごとに木の葉が散って行く。冬鳥のジョウビタキやツグミも到着して、アシ原は毎日のように枯草色に変わってきた。曇り空に冬枯れの枝は寒々としているが、空が晴れるとすがすがしい枯野の眺めがひろがる。ススキやオギの穂が陽光に輝いて、カモメが白く空に舞う。赤や青に木の実が照りはえ、美しい晩秋の光景である。
主人にかわって朝の犬の散歩を何日か続けることになった。たっぷり3㎞、昔の丸浜養魚場、今は江戸川左岸広域下水処理場の周囲をひとまわりするコースだ。我が家の玄関は東向きで、上る朝日を真向かいに受ける。起きるのが遅れようものなら、玄関先の犬小屋で、こらえ性のないトラキチが室内へ向かってギャンギャン吠え立てる。朝に弱い私は起きるのがおっくうなのだが、朝日を浴びてドアを開け、犬といっしょにひとしきりぴょんぴょんはねてみると、散歩を生きがいにしている犬の気持ちがわかるような気がする。
ひもをつけて、さあ出発。観察舎の前を通りすぎてしばらく、200mほどはジョギングの要領で走るが、そのあたりからばあさん犬ののんこはとことこ歩きになる。あちこちにおしっこやうんちをしたり、他の犬のにおいを確かめたり、と、犬にとっては最高の楽しみにつきあうわけだ。
毎日1時間弱のお散歩タイムは、休むわけには行かないので、初めはかなりの覚悟が必要だった。それでも何日か続けると面白さがわかってきた。何ヵ所もあるサインポストは犬たちの情報交換の場だが、雄のトラキチと雌ののんこでは関心の示し方がだいぶ異なる。トラキチがあたりの草をなめるほど夢中になったのは、発情中の雌の痕跡らしく、のんこは知らん顔だった。のんこが熱心ににおいをかいだ後、ぴったり同じ場所におしっこをかけるのは、仲良しなのか、ライバルなのか。長い散歩コースの最後まで、情報用の尿をちゃんととっておくトラキチには感心させられた。
下水処理場の中を通る新しい道の両側には、実のなる木の植え込みがある。コムラサキの紫の実は、びっしりついているのにまだ鳥が来ていなかった。ヒサカキの花が咲きはじめて、昔から好きになれない匂いが漂っている。トキワサンザシのあたりには、たいていジョウビタキやムクドリが来ていた。柿の木がある庭ではムクドリやツグミが必ず見られ、毎日2,3個ずつ柿の実が減る。
老人いこいの家正門の腰掛にもなる丸い玉の前、住宅の前、駐車中の列の前、と、おしっこをかけないように犬をひっぱって走る場所をすぎると、散歩コースも帰路に近づく。塩浜橋の手前から、丸浜川沿いの大好きな帰り道だ。車が入らないのでよい散歩道になっていて、行き交う人たちはたいてい顔見知り。「おはようございます」と声をかけあいながら、のんびり歩く。「今日はカワセミがまだ来てないのよ」「きのうはあそこの木のところでタカをみましたよ。チョウゲンボウっていって、ハトくらいしかないんだけど」
さあて、わが家に到着した。犬をつなぎ、うんち袋や拾ったゴミを片づけてからミルクを出してやる。引き続き、30分ほど入院鳥の世話をした後で朝食。なかなかよいパターンだった。主人が復帰して、目覚まし時計をさっさと止め、私より10分早く起きて散歩に出てしまうため、朝の運動がなくなった。少々残念な気がしないでもない。




