天才魔導技師は、義肢を外して眠る
事件から一か月後、クロイツェル魔導工房には以前より多くの修理依頼が積まれていた。
エリスの四本の義肢も完全には直っていない。中央核へ接続した影響で右手の細かな感覚は遅れ、左脚は急発進すると緩い右カーブを描く。
本人はそれを「自律的戦術回避機動」と呼んだ。
「ただの調整不良だ」とロイドが言う。
「壁へ刺さらなくなったから改良よ」
「昨日、看板へ半分刺さっていた」
「半分で止まったでしょう」
作業台では、新しい依頼人のための生活用義手を組み立てている。派手な魔導砲も、勝手に変形する機能もない。本人がパンをこねたいと言ったため、温度と圧力をゆっくり伝える掌だけを丁寧に作った。
夕食後、エリスは完成記念の肖像を描こうとした。
紙には五人らしい謎の多脚機械が生まれた。ノアールが長く観察した末、「資料価値はありません」と判断し、リンファが裏面を診療記録に再利用した。
夜になると、エリスは寝台へ移った。
右腕を外す。左腕を外す。右脚、左脚。以前なら工具を枕元へ置き、異変があれば一人で装着できるよう備えた。
今夜も工具へ視線を向ける。
少し迷ってから、手の届かない作業台へ残した。
工房には、トルヴァンが床を歩く重い足音がする。リンファが薬瓶を片づけ、奥ではロイドとノアールが明日の依頼について低く話している。
誰かに襲われることも、置いていかれることも、もう恐れなくていい。
エリスは義肢のない身体で目を閉じた。
翌朝、工房の看板には新しい文字が加わっていた。
> クロイツェル魔導工房
壊れたもの、未完成のもの、相談に乗ります。
>
扉を叩いたのは、古い農業用魔導具を抱えた少女だった。
「直せますか」
エリスは新しい義肢を装着し、端正な顔を自信に輝かせた。機構を一目見るなり灰褐色の瞳が輝き、説明の速度が急に上がる。
「もちろん。ちょうど試したかった《超究極どんな畑でも絶対ふかふか大地覚醒耕作王・改》が――」
「名前はあとで決めます」とノアール。
「火を噴く機能は外せ」とロイド。
「朝食が先です」とリンファ。
「部品箱はこっちだ」とトルヴァン。
いつもの声が重なった。
エリスは不満そうに頬を膨らませ、それから笑った。
壊れたものは、元通りにならないことがある。
それでも人は、未完成のまま、また自分の明日を作り始められる。
その夜も、工房には見張りはいなかった。
見張りのいない夜を、エリスは眠った。




