↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/60

観察者ノアールは、何も見逃さない

黒い外套の男は、自己紹介より先にエリスの歩き方を指摘した。


「右義脚の接地が三分の一拍遅い。左義手は工具を戻す時だけ握力が強い。疲労を隠す際、あなたは説明の速度を上げる」


「人を魔導具みたいに観察しないで」


「魔導具も人も、観察せずに扱えば壊れる」


ノアール・アルヴェイン。王立記録局から派遣された災害記録官だった。感情の薄い灰色の瞳で周囲を見渡し、発言時刻、風向き、装置の故障箇所、誰がどの選択をしたかまで記録する。


エリスは当然、気に入らなかった。


「記録なら私も取っているわ。術式電圧、白晶濃度、荷重変化、位相偏差――」


「あなたの記録には、失敗した時の自分の状態がない」


差し出された記録板には、白化地帯へ入ってからの失敗が並んでいた。測定器が壊れる前、エリスが睡眠を削って調整していたこと。探査鈴の説明中、隊員の防護面が曇っていたこと。飛翔救助具の試験時、横風を警告したロイドの発言を、エリスが「補正できる」と退けたこと。


技術的な原因だけではない。判断へ至る過程が残されている。


「私の設計ミスを集めて、何がしたいの」


「次に同じ条件へ入る者を、生きて帰す」


その日の調査では、白化した旧掘削機が同じ旋回動作を繰り返していた。止めても数分後には再起動する。エリスは内部回路へ触れようとしたが、ノアールが先に地面の擦過痕を示した。旋回半径が少しずつ狭まり、やがて燃料槽へ接触する軌道だった。


エリスは主電源ではなく、動力を伝える歯車を物理的に外した。掘削機は命令を繰り返そうと震えたが、刃は動かなかった。


「今のは記録しておいて。白化は術式を保存するだけでなく、破損前の動作へ戻ろうとする」


「すでに書いた」


「私が言う前に?」


「あなたが歯車へ手を伸ばした時点で、仮説は推測できた」


腹立たしい。だが使える。エリスはそう判断した。


野営地へ戻る途中、ノアールは歩調を落とした。エリスの右義脚が再び遅れていたからだ。指摘はせず、自然に彼女の右側へ回り、崩れた地面との間へ入る。


それがさらに腹立たしかった。助けられたと認める前に、助けが終わっている。


夜の検討会で、ノアールは失敗記録を提出した。エリスは破り捨てようと手を伸ばし、途中で止めた。


そこには責任者を罰するための結論がなかった。ただ、起きたこと、判断した理由、次に確かめることが書かれている。


「一つ条件があるわ」


「何だ」


「私の失敗だけ集めるのは禁止。全員分よ。あなたのも」


ノアールは初めて、ほんのわずかに口元を緩めた。


「当然だ」


翌朝、彼は昨夜の記録から一枚も捨てず、工房へ送る複製を作っていた。エリスが消したかった失敗は、すでに次の装置を救う設計資料になり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。