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7 調香師の仕事

 果たして、ミュゼは部屋の中にいた。

 木箱やメモ用紙、それにアシルには何に使うのかがよくわからない道具が散らばる部屋の中……彼女は一心不乱に机に向かっていた。


「……で、……は……であって……」


 アシルはわざと足音を立てて近づいたが、それでもミュゼは気づかない。

 その集中っぷりに感心半分呆れ半分、アシルは彼女に声をかけた。


「忙しそうだな」

「うひゃあ!? ……え!? アシル様!?」


 振り返ったミュゼはたった今アシルの存在に気づいたようで、相当驚いたのか素っ頓狂な声をあげていた。


「いつからここに!?」

「30秒ほど前からだ。言っておくが、何度もノックをしたが応答がなかったので入らせてもらった」

「……それは失礼いたしました」


 ミュゼはばつの悪そうな顔をして、ぺこりと頭を下げる。

 アシルはそんな空気を換えようと、事務的な話を切り出す。


「作業は順調か?」

「はい、調香を行う環境は整いまして、今はいくつかレシピを創作しているところです」


 ミュゼはまっすぐにアシルを見つめて、続けた。


「こうして調香師としての活動を再開できたのもアシル様のおかげです。……このご恩は、必ず宮廷調香師になってお返しします」


 彼女の花緑青の瞳には馬車に轢かれかけた時とはうってかわって強い光が宿っている。

 ……そう、これだ。

 彼女の中に決して折れない意志の強さを見つけたからこそ、アシルは彼女の力になろうと決めたのだから。

 全てを失った人間が、たった数か月で宮廷調香師に返り咲くなんて普通に考えれば無理な話だろう。

 だが、ミュゼはそれを無理だとは思っていない。

 それが、アシルには心地よかった。


「ならばいい。それで、今日の要件は――」


 アシルが本題に入ろうとしたその時だった。


「ミュゼー! いるー!?」


 パタパタと螺旋階段を上る音が聞こえたかと思うと、元気な少女が部屋へと飛び込んできた。


「ニネット! 今大事なお話を――」

「あ、アシル様だ。ご機嫌よう」


 慌てるミュゼとは対照的に、現れた少女――花屋の娘のニネットは元気なお辞儀をみせてくれた。

 アシルも彼女のことは知っている。

 宮廷では「鬼の書記官」と恐れられるアシルに対しても物怖じしない、心臓に毛でも生えていそうな肝の据わった少女だ。


「ミュゼ、今日は私に香水を作ってくれるって約束でしょ?」

「えっと、その予定だったけど――」


 ちらちらこちらの様子を伺うミュゼに、アシルはため息をつきつつも口を開く。


「構わない。彼女に香水を作ってやれ」

「え、ですが……」

「君の腕前を測る丁度いい機会だ」


 アシルがそう言うと、ミュゼははっとしたような顔をした。


「……わかりました」


 彼女も理解したのだろう。

 これは、ある意味テストだ。

 彼女が支援に値する腕前の調香師なのか、アシルが見極めるための。


「ニネット、どうぞこちらへ」


 ミュゼがニネットに椅子を勧め、ニネットはわくわくした表情でそこへ腰かけた。

 作業台からノートを手に取り、ミュゼはニネットに質問をしていく。


「えっと、どういう香水にしたいっていうイメージはある?」

「それはもちろん『大人の女』よ! 通りを歩けば誰もが振り返るようなオーレリスいちの淑女になるの!」


 ニネットはそう力説したが、アシルにはまだ十歳かそこらの少女が「大人の女」などと言うのはあまりにミスマッチだとしか思えなかった。

 馬鹿馬鹿しい……と呆れたが、ミュゼは表情を変えることなくふむふむと真剣に頷き、手元のノートにメモを取っている。


「好きな香りは?」

「霧晶花の香り。前に入荷した時ママが匂いを嗅がせてくれたの」

「じゃあニネットの守護精霊は?」

「果蜜の精メリアよ。夏生まれなの」

「なるほど……」


 ミュゼはいくつもの質問を繰り返し、手元のノートになにやら書き殴っていく。

 ひとしきり質問が終わると、彼女は作業台へと目を向けた。

 ずらりと並んだ香料瓶の中からいくつかを手に取ると、ニネットに確認を取っている。


「この香りはいかがですか?」

「好きな匂い! あっ、これも! これはちょっといいかな……」


 ニネットの意見を聞き、ミュゼは香りを選定していく。


「それを混ぜて香水を作るんでしょ? 私にやらせて!」


 ワクワクと作業を見守っていたニネットがそう声を上げた。

 アシルは注意深く目の前の光景を見つめる。

 正直に言えば、アシルは香水に関してほとんど知識を持っていない。

 マナーとして貴族の会合に出席する時はつけることもあるが、香水選びなどはすべて使用人に任せていたのだ。

 香水の作り方に関しても、いくつかの香料を混ぜる程度のものだと思っている。


(であれば、誰にでもできることだ)


 調香するのがミュゼであろうがニネットであろうが、大きな違いはないだろう。

 そんなアシルの考えを知ってか知らずか、ミュゼは少し迷った後に頷いてみせた。


「うーん……わかりました。どうぞ」


 ミュゼが道具を手渡すと、ニネットは意気揚々と調香を始めた。

 ガラス瓶の中で薬用酒精アクア・ヴィテ、それに何種類もの香料が混ざり合う。


「ぐーるぐーる……よし! こんな感じかな!」


 ニネットは完成した香水に鼻先を近づけ……何故か怪訝そうな顔をした。


「あれ、なんか……思ってたのと違う」


 彼女の言葉にミュゼはくすりと笑い、成り行きを眺めていたアシルを呼び寄せた。


「よろしければアシル様も出来を確認されてはどうですか?」

「あぁ、そうさせてもらおう」


 アシルは出来たばかりの香水を受け取り、一滴手の甲に落とす。

 そしてその香りを嗅いでみたが……。


「なんというか……香りが喧嘩をしているようだな」


 一つ一つはかぐわしい香りのはずだ。

 だがそれが合わさると……調和というよりは混沌なのだ。

 まるでステーキとケーキをまとめてスープにぶち込んだような……間違っても大切な場にはつけていきたくない香りとなっている。

 微妙な顔をしたアシルに対し、ミュゼは訳知り顔で口を開いた。


「植物や石にも微弱な魔力が宿っているのはご存知ですよね?」

「あぁ、常識だろう」

「魔力にも相性があって、相性が悪いとこうして拒絶反応が起こるんです」


 ミュゼの説明に、ニネットは納得できないとでもいうような声を上げた。


「えぇ!? じゃあ相性の悪い香りは一緒には使っちゃダメってこと?」

「それが一番簡単な解決法ですね。実際に相性の良い香料同士を一緒に使うことが調香の基本でもありますが……」


 ミュゼはアシルから受け取った香水を揺らし、にやりと笑った。


「ここからが調香師の腕の見せ所です」


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