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6 王都の朝

 夢を見ていた。

 夢の中で、ミュゼはいつのものように調香をしていた。

 嗅覚を研ぎ澄ませ、手を動かす。

 地道な作業もこの一つ一つが宮廷調香師へ近づいているのだと思うと、まったく苦ではなかった。

 だが、ふとそんなミュゼの下に影が差す。


 ――「君はもう必要ないんだよ、ミュゼ」


 そう言って、マルセルが笑う。

 顔をひきつらせたミュゼの脳裏に、様々な声が響きだす。


 ――「悪いがあんたを雇うことはできない」

 ――「うちに居場所はないよ。他を当たりな」

 ――「帰れ」


「ぁ……」


 気が付けば、ミュゼは作ったばかりの香水を取り落としていた。

 慌てて拾おうとしても、そこには何もない。

 先ほどまで使っていた調香道具もなくなっていた。

 そう、何もない。

 何も残されていない。

 何も、何も……。

 ミュゼは頭を抱えて座り込む。

 いつか夢見た宮廷調香師への道筋が、幻のように消えていく。


(私、私は……)


 途方もない絶望に心が折れそうになった時、天から声が降ってきた。


 ――「君は、それでいいのか」


 その声に、ミュゼははっと目を覚ました。

 目を開けた先にあるのは、随分と低い斜めの天井。

 そう、ここはミュゼの新たな住まいとなった屋根裏部屋だ。


「もう、朝か……」


 天窓から朝日が差し込んでいた。

 窓の外からは、通りの賑やかな声が聞こえてくる。

 ミュゼはぱちぱちと瞬きをし、ぐるりと周りを見回した。

 小さな屋根裏部屋に、所狭しと調香の道具が乱雑に置かれている。

 その光景に、ミュゼはほっと胸をなでおろした。


(そう、まだ終わったわけじゃない。私の夢はもう一度ここから始まるんだ)


 すべてを失くして彷徨っていた時に、学園時代の同級生――アシルに拾われてから数日が経っていた。

 アシルの厚意で調香師として再出発を決め、彼に資金援助も受け少しずつ調香を行える環境も整ってきた。


(前のマルセルの工房には比べようもないくらい小さいけど……案外私には合ってるのかも)


 ミュゼはふふっと笑うと、ベッドサイドのテーブルに置かれた果物籠からリンゴを一つ取り、そのままバルコニーへと足を踏み出す。

 さわやかな朝の風が吹き抜け、ミュゼの栗色の髪をふわりと揺らす。

 ミュゼがこの場所を気に入っている理由の一つが、このバルコニーから見える光景だ。

 朝日に照らされ、街が色づいていく。

 栄華の都オーレリス。きらびやかな王都の、新たな一日が始まろうとしていた。

 バルコニーの手すりに手を付き、ミュゼは遠くを眺めた。


(あの巨大な宮殿は王宮、あっちの荘厳な建物は大聖堂かな)


 田舎から一念発起して王都へ出てきてから、既に数年が経っている。

 だが学園を出てすぐにマルセルの工房に軟禁状態となっていたミュゼは、こうしてゆっくり王都の光景を眺めるような機会はなかった。

 シャリ……とリンゴをかじりながら、爽やかな早朝の風を浴びる。

 視線を下へと向ければ、既に通りには多くの人が行き交い、賑やかな声が聞こえてくる。

 ミュゼも置いていかれるわけにはいかない。


「……よし!」


 結果を出せなければ、いつアシルに見限られるとも限らない。

 ミュゼにできるのは、ひたすら調香師として働くことだけなのだ。



 ◇◇◇



「それで、状況は?」


 端的なアシルの問いかけにも、彼の従者であるブリスは戸惑うことなくつらつらと言葉を並べていく。


「ミュゼ様は既に調香師としての活動を再開されていらっしゃいます。必要な道具はあらかた揃ったとのことで、現在は香料の方を取り寄せていらっしゃいますね」

「そうか……。お前の目から見て、彼女の腕前は?」


 そう聞くと、ブリスは少しだけ思案するように視線を上へと向けた。


「いえ……僕は香水には疎くて何とも言えませんね。ただミュゼ様の手さばきは見事です。鮮やかで、見惚れてしまうほどに」

「調香師として必要なのはパフォーマンスよりも香水の質だ。まぁ……彼女が支援するに値する人物かどうかはすぐに明らかになる」


 話しているうちに、馬車は歩みを止めた。目的地へ着いたのだ。

 アシルはさっと馬車を降りた、

 商業街である桜果通りに位置する、リヴェレット侯爵家が所有する不動産の一つ。

 一階に入っている花屋――「ミミ・フルール」のベルを鳴らすと、すぐに女主人が姿を見せた。


「まぁ、アシル様。いらっしゃいませ。……ひょっとして、ミュゼさんに会いに来られましたの?」

「様子を見に来ただけだ。彼女はどうしている?」

「ふふ、毎日頑張っていらっしゃいますわ。私も気になって食事に呼んでいるのですけど、そうでもしないと寝食を忘れる勢いで没頭していて……」

「そうか」


 どうやら彼女は真面目に調香師としての仕事に取り組んでいるようだ。

 ここで気を抜いてサボるようなら援助を取り下げることも考えていたので、アシルは少しだけ安堵した。

 ずかずかと建物の中へ足を踏み入れ、屋根裏へと続く階段を上る。

 ミュゼは今も調香に精を出しているのだろうか。

 屋根裏部屋の前へとたどり着いたアシルは、コンコンと軽く部屋の扉をノックした。


「…………?」


 だが返答はない。

 花屋の女主人――マリエットの様子だとミュゼは出かけていないようだったが……。

 アシルは扉に耳をつけ、中の物音を窺う。

 カリカリとペンで何かを書き綴るような……アシルにもなじみ深い音が聞こえてくる。

 どうやらミュゼは室内にいるようだ。

 アシルは辛抱強く何度かノックを繰り返した後……アシルはついに扉を開いた。

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マルセルェ…労働者を搾取するヤツはスネで股間を蹴り潰したい…
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