34 デートっていったい何をすればいいんだろう
アシルに連れられて最初にやって来たのは、王都オーレリスの中心部に広がる中央庭園だった。
栄華の都と呼ばれるオーレリスには、王宮や大聖堂、歌劇場に王立美術館など、見るべき場所が多くある。
その中でも中央庭園は、貴族にも平民にも広く親しまれている場所だ。
かつては王家の離宮に付属する庭園だったらしいが、今では一部が開放され、身分を問わず誰でも自由に散策できるようになっているのだという。
広大な敷地には白い砂利道がまっすぐに伸び、その両側には手入れの行き届いた花壇と、すらりと背の高い並木が整然と続いていた。
遠くには大理石の彫像がいくつも佇み、噴水の水しぶきが宝石の粒のようにきらきらと輝いている。
どこを見ても絵画の中に迷い込んだような美しさで、ミュゼは思わず足を止めてしまった。
「……すごい」
王都に住んで数年が経つというのに、ミュゼはこうしてゆっくり中央庭園を歩いたことがなかった。
学園時代は勉強と調香に追われ、卒業後はマルセルの工房にこもりきりだったため、王都の名所を楽しむ余裕などなかったのだ。
「ここは季節ごとに花壇の意匠が変わる。王都の者にとっては、散歩や休憩の定番の場所だな」
隣に立つアシルが、落ち着いた声でそう説明してくれる。
今日の彼はいつものように隙なく整った身なりをしているものの、少しだけ柔らかい雰囲気をまとっているように見えた。
(さて……デートっていったい何をすればいいんだろう)
そう考え周囲を見回したミュゼは、興味深いものを発見した。
「……あっ」
視線の先にあったのは、白い砂利道の脇に広がる花壇だ。
淡い紫や白、柔らかな黄色の花々が幾何学模様のように植え込まれており、その間に低木が規則正しく配置されている。
ミュゼは吸い寄せられるように花壇へ近づくと、思わずその場にしゃがみ込んだ。
「この配置……すごく面白いです。なるほど、この組み合わせだとこういう香りになって……。近づいた時にふわっと香ることで印象が変わって……」
ぶつぶつ呟きながら、ミュゼは鞄からノートとペンを取り出す。
さらさらと紙の上に文字を書きつけていくと、頭の中で次々と香りの組み合わせが浮かんでくる。
「この花は香水に使うには相性が難しそうだけど、石鹸なら……あ、この植物ってこんな使い方もできるのね……」
しばらく自分の世界に没頭した後、ミュゼははっとして振り返った。
アシルは少し離れた場所に立ち、腕を組んだままこちらを見ている。
呆れられたのかと思い、ミュゼは慌てて頭を下げる。
「す、すみません! つい……!」
「いや、構わない。君ならそうなるだろうと思っていた」
「思ってたんですか……!?」
「庭園に来て、まず植物を見ない方が不自然だろう。君の場合は」
「うっ」
淡々と言われ、ミュゼは返す言葉を失った。
確かにその通りかもしれない。むしろ否定できる要素が一つもなかった。
「申し訳ございません……」
「何故謝る必要がある? 好きなようにするといい。ほら、あちらの区画では自然に近い形態の植生が見られるぞ」
アシルが指さした木立の区画は、観賞用というよりも自然に近い形になるように草花が生い茂っているようだった。
「その……少し見て行ってもいいですか?」
「あぁ、構わない」
アシルの許可を得て、ミュゼは意気揚々とそちらの区画へ近づく。
そこからはもう、調香師の習性が全開になってしまった。
植物の種類、状態、周囲の環境、そしてそれらが織りなす香りのハーモニー。
ミュゼは移動するたびに植物をつぶさに観察し、気づいたことをノートに書き留めていく。
そんなミュゼの少し後ろを、アシルは静かについて歩いていた。
周囲では恋人らしき男女が腕を組んで歩いたり、噴水のそばで語らったりしている。
その中で、ミュゼとアシルだけは明らかに異質だった。
可憐に着飾った女性は植物の傍らにしゃがみこみ真剣に観察を続け、その後ろに立つ美貌の青年は、何を言うでもなくそれを見守っている。
デートというには行動が奇妙で、仕事というには着飾りすぎている。
実際に、通りがかったカップルが困惑したように囁き合っていた。
「あの人たち、何をしているのかしら……?」
「デート……じゃないか? たぶん」
「でも女性の方、ずっと草むらを見ているわ」
「喧嘩中……ではなさそうだけど。何か新しい流行なのか……?」
だがミュゼはそんな囁きにも気づくことなく、夢中になって中央庭園の植物の調査を続けている。
もちろん、アシルは他者のことなど気にしない。
ただミュゼのノートに文字が増えていく様を、興味深そうに眺めていた。




