2 思わぬ再会
公園で屋台料理を食べ、忙しそうに行き交う王都の人々を眺めているうちに、だいぶ心も落ち着いてきた。
マルセルのしたことは許せない。
だが今は彼をどうにかするよりも、己の身の振り方を考えなくては。
ここはクローネル王国の首都――栄華の都オーレリス。
幸いにもこの街には『アトリエ・クレルブラン』以外にもいくつもの香水工房が存在する。
頼み込んで働かせてもらい、まだ一からやり直すのがいいだろう。
コンテストには間に合わないだろうが、それが一番堅実な方法だ。
「よし!」
そうと決まったら行動あるのみだ。
ミュゼは口元に付いたソースを拭い、立ち上がって歩き出した。
「悪いがあんたを雇うことはできない」
「うちに居場所はないよ。他を当たりな」
「帰れ」
通算十件目に訪れた工房でぴしゃりと扉を閉められ、ミュゼは呆然とその場に立ち尽くした。
(どういうこと……?)
働き口を探そうと訪れた工房は、どこもミュゼを門前払いしたのだ。
通常、こういった職人工房は広く門戸を開かれているはずなのだが……。
「あのっ、待ってください! 話だけでも!!」
縋りつくようにもう一度ドアをノックすると、面倒くさそうな顔をした男が再び顔を見せる。
その目に宿るのは、疑心と敵意だ。
「既に数年、調香師として修業を積んでいます。決して足手まといにはならないので――」
「あぁ、知っている。『アトリエ・クレルブラン』から来たんだろう」
男はそう言うと、一枚の紙をミュゼに見せた。
「『アトリエ・クレルブラン』の主から注意喚起が回ってきた。『ミュゼ』という若い女が盗難騒ぎを起こしたので破門にした。ぐれぐれも騙されないように……だとさ」
「そんな……」
マルセルは既に、ミュゼが別の工房で再就職できないように手を回していたのだ。
ここまで回ってきた十軒の様子を見るに、例の注意喚起は王都中の香水工房に回っていることだろう。
いくらミュゼが冤罪だと訴えたところで、誰も相手にするはずがない。
片や次期宮廷調香師の有力候補と名高い伯爵令息。
片や対外的には何の実績もない小貴族の娘。
事情を知らない者がどちらを信じるかなど、火を見るよりも明らかだ。
呆然とするミュゼを置いて、再び扉が閉じられる。
もうノックをする気力はなかった。
ミュゼはふらふらと工房を後にし、あてもなく歩き始める。
あの様子だと、他の工房を回っても無駄だろう。
既に辺りは夕暮れに染まっている。
そろそろ今夜の宿を探した方がいいだろう。
(でも、それからどうするというの)
既に王都で調香師として生きる道は閉ざされたも同然だ。
故郷に帰れば生きてはいけるだろうが、皆があくせくと働く田舎では香水の需要はあまりなく、調香師としての仕事は望めない。
ましてや宮廷調香師など、夢のまた夢だ。
ミュゼはじわじわと、自分が切れるカードがないことに気づき始めていた。
(私の夢は、こんな形で終わるのか……)
まるで魂が抜けてしまったかのようだ。
もうどうにでもなれ、と投げやりな気分のまま、どこへ行くでもなく歩き続ける。
そんな風にぼんやりしていたからだろうか。
気が付けば、すぐ傍まで馬車が迫っていた。
「危ない!」
「っ!?」
御者がそう叫ばなければ、ミュゼは無惨に踏みつけられていたことだろう。
寸でのところで踏みとどまれたが、不格好に尻もちをついてしまった。
「大丈夫ですか!?」
御者が慌てた様子で降りてこようとする。
だがそれよりも早く、馬車の扉が開き中の人物が顔を見せた。
「自殺志願者か? 御者にトラウマを植え付けるような方法はご遠慮願いたい」
ある意味冷たいともいえる言葉を言い放ったのは、まだ若い青年だった。
一目見て上流階級の者だとわかる、上等な衣装を身に着けている。
だがその青年自体も、衣装に負けないほど人目を引く整った顔立ちをしていた。
通りを歩けばさぞや年頃の乙女に熱い視線を送られることだろう。
(というか、この人……)
ミュゼがうっかり彼に視線が釘付けになったのは、なにも見目麗しい青年に見惚れていたからではない。
落ち着いたアッシュグレーの髪に、こちらを眺めるスカイブルーの理知的な瞳――その顔には、見覚えがあった。
「アシル・リヴェレット様……?」
「君は……ミュゼ・オレオールか?」
うっかりミュゼを轢きかけた馬車に乗っていたその青年は、貴族学園時代の同級生だったのだ。




