19 尾行
「意外でした……。レナルド様とコレットさんって、デートをするくらいの仲ではあるんですね」
「レナルドはアルエット座に資金援助をしているそうだからな。貴族としては珍しいことじゃない。デートというよりはパトロンとの面会義務のようなものだろう」
「わぁ……」
ロマンチックな想像をこれでもかと打ち壊すアシルの言葉に、ミュゼは遠い目になった。
現在、ミュゼとアシルはコレットと会うというレナルドの尾行中だ。
もちろん、バレないように変装はしている。
「アシルと出かける」とマリエットに告げたら、何故か大興奮で全身コーディネートをしてくれたのだ。
今のミュゼは「オーレリスの町娘風」とでもいった、雑踏に紛れ込んでも違和感のないようないつもとは違う格好をしている。
アシルの方は眼鏡をかけただけの雑な変装だが、レナルドは隣を歩くコレットに夢中なのかこちらに気づくそぶりもない。
これなら案外変装しなくてもばれないかもしれない。
そんなことを考えながら、二人の後を少し離れてついていく。
「なんていうかコレットさんって……案外普通な方なんですね」
初めてコレットを目にしたミュゼは驚いた。
歌劇場の人気歌姫と聞いていたからどんなに華やかな人物かと思いきや、彼女は案外どこにでもいそうな普通の女性だったのだ。
今もこうして人通りの多い通りを歩いているが、誰もそこにいるのが人気歌姫だとは気づいていないようだった。
「ステージ上では衣装と化粧で化けるからな。遠目に見るのであれば元の素材がどうであろうがあまり関係はないのだろう」
「アシル様って結構毒舌ですよね……」
「別に当然のことを言っているまでだ。それに、歌姫として重要なのは容姿よりも歌唱力だ」
「そういうものなんですか……。あまり、オペラを見たことがないので知りませんでした」
「ならばじっくり見てみるといい。この後コレットが出演するアルエット座の公演を押さえてある」
「ありがとうございます、アシル様」
尾行という手段はともかく、レナルドとコレットの様子、それに彼女の公演を見て、何か良いイメージが湧くといいのだが。
前方のレナルドとコレットはまさか尾行されているとは露知らず、何やらなごやかに言葉を交わしているようだ。
「あ、カフェに入るみたいです!」
「俺たちも少し離れた場所に席を取るか」
レナルドとコレットが席に着いたのを確認し、ミュゼとアシルも少し離れた場所に腰を下ろす。
「わぁっ……!」
メニュー表に記された美味しそうなデザートの数々に、ミュゼは目を輝かせる。
だが次の瞬間、自身の懐具合を思い出しぐっと我慢した。
(いつお金が入用になるかわからないんだし、我慢我慢……)
マルセルの下で働いていた時は、「いずれ結婚するのだから」と言いくるめられほとんど給金を貰っていなかった。
彼の下から独立した今となっては、いざという時に備えてより節約するべきだろう。
一番安いメニューは……と探し始めたミュゼを見て、アシルは小さくため息をつく。
「金は俺が払う。君は遠慮なく好きな物を頼め」
「え、でも……」
「俺は君のパトロンだぞ。レナルドの依頼に行き詰っているのだろう。たまには好きな物でも食べて気分を変えるといい。そうすることで新たな発想が浮かぶこともあるだろう」
「それもそうですね……」
ミュゼはなるほど、と頷いた。
今まではマルセルに言われるとおりに香水を作っていた。
だがこれからは自分の発想を頼りにやっていかなくてはならないのだ。
(私にはまだ、知らないことがたくさんある)
こんなお洒落なカフェで美味しそうなデザートを食べるのも、オペラを見るのも初めての経験なのだ。
調香師に求められるのは香水に関しての知識だけではなく、柔軟な発想力だ。
そのためには、世の中の様々な刺激を受けることが必要になる。
だから……これも調香のための経験の一つなのだ。
「『ほっぺが落ちちゃう♡プレミアムストロベリータルト』にします!」
「強気でいったな。それでいい」
豪勢なメニューを頼んだミュゼに、アシルは満足げに笑った。




