18 意外な突破口
「……本当にこの依頼を受けるつもりなのか?」
レナルドの元から変える最中、馬車の中でアシルが問いかけてきた。
その顔からは「馬鹿馬鹿しい。さっさと降りるべきだ」という彼の考えがひしひしと伝わってくる。
「そうですね……。確かに話を聞いただけだと無謀だと思います」
あの後、ミュゼはレナルドに詳しい話を聞いてみた。
彼はコレット良さを熱弁するばかりでプロポーズがうまくいきそうな材料は皆無だったが、それでもミュゼは簡単にこの依頼を降りるべきではないと感じたのだ。
「内容はどうであれ、レナルド様は悩んだ末に私たちを頼ってくださったんです。少しでも力になれれば……」
「相手は人気の歌姫だ。レナルドよりもっと上位の貴族、その気になれば王の愛人の座だって狙える。放っておいて痛い目を見た方があの馬鹿にはいい薬になるだろうが……それとも、君は相手を確実に頷かせることのできるような香水が作れるのか?」
アシルは探るような目でミュゼを見つめた。
まったく脈がない相手に唐突にプロポーズをしても受け入れられるような、そんな香水があったら――。
「アシル様はどうされますか?」
ミュゼの問いかけに、アシルは少し考えた後に口を開く。
「そんな危険極まりないものを放置しておくわけにはいかない。即刻、該当品の製造、所持を禁ずるような法整備を進めるだろうな。場合によっては君を逮捕する必要性があるかもしれない」
「ふふっ、アシル様ならそうおっしゃると思ってました」
自身の想像通りだったことに、ミュゼは胸をなでおろした。
これ幸いとばかりに危険な香水を利用するアシル……あまりに解釈違いだ。
「もちろん、他人の意志を捻じ曲げるような香水は作れません。もし作れたとしても、私は作りません」
ミュゼははっきりとそう宣言した。
「香水が変えるのは他人ではなく自分。私はそう思っています」
ミュゼの言葉に、アシルは満足げに口角を上げた。
「そうだな……。どうせならあの馬鹿が考え直すような香水を作ってくれ」
「うーん……とにかく、この依頼をやってみます」
「まぁ、君がそうしたいのなら協力しよう。俺はそのコレットという女性がどんな人物なのかは知らないが、レナルドは伯爵家の跡取りだ。地位と金目当てで妥協して求婚を受ける可能性がないわけではない」
「わぁ、辛辣……」
何はともあれ、ミュゼはこの依頼を続けることにした。
レナルドの求めるような「脈がない相手にプロポーズを承諾させる」香水は作れそうにはないが、それでも何か力になりたかったのだ。
◇◇◇
「うーん、どうだろう……」
レナルドの依頼を受けてから、ミュゼは少しでも彼の魅力を引き出すような香水作りに励んでいた。
男性用の香水といえば、巷ではシダーウッドやベチバーなどの落ち着きのあるウッディ系、シナモンやナツメグなどの温かみと色気を感じさせるスパイス系などが人気だ。
マルセルの工房にいた時に、ミュゼもよく男性用の香水を作っていた。
その時の経験をもとに、新たな香水を何種類か作ってみたのだが……。
「いまいちしっくりこない……」
項垂れるミュゼに、様子を見守っていたブリスが声をかけてくる。
「私には素晴らしい香水に思えますが……ミュゼさんにはご不満が?」
「出来栄えは悪くないと思うんですけど、なんというか……レナルド様の今の状況にはあっていない気がするんですよね」
もちろん、ミュゼは全力を注いで新たな香水を作り出している。
「『アトリエ・ミュゼット』の新商品にはできると思います。でも……」
これでレナルドのプロポーズが成功するイメージが全く湧かないのだ。
「うまくいかなかったらどうしよう……」
宮廷調香師を選ぶコンテストは数か月後。
エントリー締め切りまでの時間は更に短い。
それまでに推薦状を集められなければ、コンテストに参加する資格すら得られないのだ。
(確実に宮廷調香師になるためなら、アシル様の言う通りこの依頼を放棄してその時間を別の依頼に充てた方がいいのかもしれない)
そう考えないでもなかったが、それでもミュゼはこの依頼を降りたくはなかった。
だが、行き詰まっている。確実に行き詰まっている。
「せめてもう少しレナルド様とコレットさんについての情報があれば……」
「それならいい案がある」
「わぁぁ!!」
いきなり傍らで声がして、ミュゼは素っ頓狂な声をあげてしまった。
声の主――アシルは、呆れたような目をしてそんなミュゼを見ている。
「アシル様、いつの間に!?」
「一分ほど前からだ。声をかけたが君はぶつぶつと何かをつぶやくだけで反応がなかった」
「それは申し訳ございませんでした……」
集中すると周りが見えなくなるのはミュゼの悪い癖だ。
しょぼん、と落ち込むミュゼに、アシルは気にすることなく声をかける。
「レナルドと相手のことを知りたいのだろう」
「はい。レナルド様に話を聞いただけではいまいちイメージが浮かばなくて……」
「ならばもっと情報を得ればいい。もちろん、レナルドに話を聞く以外の方法で」
「それってどういう……」
アシルはにやりと笑うと、意外なことを口にした。
「尾行だ」




